49回目 雨の日に王都にて



 クレインは少数の供回りを連れて屋敷を飛び出し、王都までやって来た。


 側近たちを集めて事情を話したところ、この調査が今後の行く末を決める、重要なことだという理解は得られたのだが。


 しかし戦後処理を放り捨てて。この時期に、領主本人が。

 敵が潜んでいる王都に行くなど正気の沙汰ではない。


『だからこそ、俺が乗り込むなどとは思わないだろう』


 そう家臣を説得すること半日ほど。

 不安気な顔をしている者は多かったが、最終的にはクレインの判断が尊重された。




「は? 分からない?」

「え、ええ。一切、何も」


 そして王都に到着したクレインはまず、部下を訪ねている。


 目の前の青年は東伯との裁判手続きのために送り出していた、アースガルド領に出向している役人の一人で。小貴族たちに引導を渡した者でもある。


 しかし主君が殺害されたというのに、彼の回答は「分からない」の一言に尽きた。

 何も情報が出てこないと言うので、これにはクレインも困惑している。


「殿下が暗殺されたのに、下手人が分からない?」

「はい。それとなく聞いても、誰も、調査状況すら知らないようです」


 一大事件だと言うのに、噂にすらなっていない。

 新聞にも書かれていないので、緘口令が敷かれた可能性は高いとしても。調査の進捗すら不明のままだった。


「で、どこで襲われたかも分からない」

「はい。ここ最近の殿下のご予定は秘匿されていたらしく……一切不明です」


 第一王子の予定を知る者がおらず、犯行現場はおろか行方すら不明の状態だ。


「どうして襲われたのかも、分からないか」

「下手人が分かれば判明するとは思いますが、今のところは」


 犯人の大本命は北候、ラグナ侯爵家だが。王子が進めていた対北侯の味方集めは難航していたとクレインも知っている。


 味方から見てもそう思うのだから、侯爵家からすれば全く脅威ではないだろう。


 むしろ今の時期に手を出せば、王族と北侯の全面戦争に発展する。

 西方の領地がようやく安定し始めただろう、この時期にだ。

 それはどう見ても悪手でしかない。


「亡くなられたこと、それ自体に間違いはないんだな?」

「ええ、それは。陛下も心労で、全ての謁見を中断しております」


 一番動機がありそうなラグナ侯爵家は、王子を泳がせておいた方が得な状況だろうと思いつつ。クレインは重ねて聞く。


「……なるほど。では、いつ襲われたのかは」

「……それも、分かりません」


 いつ殺されたのかも。

 どこで殺されたのかも。

 誰が殺したのかも。

 どう殺されたのかも。

 何故殺されたのかも。


 一切が不明だと言う。


 一国の王子。それも国王の最後の子だ。

 それが暗殺されたにも関わらず、状況は不気味なほど静かだった。


「聞いて回ったのは役人のつながりか?」

「ええ。実家や親しい家の者、同僚にも尋ねました」

「それでダメなら、もっと上だな」


 クレインにもツテは無い。

 顔見知りと言っていいのかは分からないが、王都の高位貴族で言葉を交わしたことがあるとすれば――


「よし、宰相に渡りをつけてみよう」


 国政の長である宰相。

 第一王子との縁が切れた以上、面識があるのは彼しかいない。


 クレインがそう言えば役人も頷き、彼は早速手紙を書き始めた。


「それであればお力になれると思います。上役から紹介を頼みますので、暫しお待ちを」

「済まない、助かる」


 この時期に一子爵が面会を申し込んで通るのかは分からないとしても。詳しいことを調べるには、そこに賭けるしかない状態だった。





    ◇





 役人たちのネットワークを使い、宰相の元に面会希望の手紙を出せば。

 その日のうちに返事は返ってきたし、翌日には都合がついた。


 あまりの早さに驚くクレインだが、早くて困ることは無い。


 昼と夕方の間という半端な時間での待ち合わせになったのは、それだけ宰相の予定が山積みなのだろうと推測はつく。

 むしろ早めに捻じ込めたのが幸運なくらいだと、彼は思っている。


 泊まった宿を出れば、外では雨が降っていた。

 時期は二月の頭。

 季節外れの雷も鳴っており、雨脚は徐々に強くなっているようだ。


「アースガルド子爵。お迎えに上がりました」

「ああ。護衛たちの分まで済まないな」

「いえいえ、お気になさらず」


 そんな中で、宰相が出した迎えの馬車が二台。クレインの出発を待ち、宿の前に乗り付けて待機していた。


 ランドルフとマリウスはクレインと同席。他のメンバーは続く馬車にと割り当てが決まったところで、ピーターは動く。


「では、某はまた別行動ですな」


 護衛として付いてきたピーターだが、彼は王都の名門道場で師範をしていた。

 貴族との繋がりもそれなりにあるということで、この先は別れて聞き込みを行う手筈となっている。


「ええ、こちらはお任せを」

「うむ。守り通して見せよう」


 マリウスと、その配下が五名。

 そしてランドルフがクレインの護衛に付く。

 役割分担は予め、そのように決まっていた。


「王宮貴族の旗色が分からない以上、誰が相手でも用心するに越したことは無い。気を付けていこう」

「全霊でお守りする所存ッ! クレイン様、拙者にお任せあれ!!」

「ああ、頼りにしているぞ」


 護衛は少数であり、襲われてしまえば終わりだ。


 それでもマリウスは、不穏な動きを最大限に警戒をしているし。仮に刺客が送られたとしても、ランドルフが大暴れすれば脱出できるかもしれない。


 だからというわけではないが、クレインは平然としていた。


「……ま、王都の道には不慣れなんだ。本格的に襲われたら逃げ切ることもできないだろうし。死んだら死んだ、だな」


 クレインは妙なところで肝が据わっているというか、無常観がある。


 いざとなれば予想以上に果断な手段を取る人物ではあるが、効率的であれば危険を度外視するところは、護衛からすれば怖い。


「クレイン様、滅多なことを仰らないでください」

「ああ、すまない。宰相と面会するなんて思っていなかったからな。これで少しは緊張しているのかもしれない」


 発展してきているとはいえ、まだまだ大勢力とは言えないアースガルド家。

 歴代の祖先を辿っても、宰相と面会するような当主は彼が初だ。


 しかし、王族暗殺の陰謀渦巻く王都で。まだ見ぬ敵よりも、面会先の格式を気にしている辺りはまだまだ余裕が見える。


「それでは、馬車を出します」

「ああ。頼む」


 そんな話もそこそこに。

 先方が用意した馬車に揺られて、彼らは宰相の邸宅までの道を行く。


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