26回目 裁定
「このようなことは、陛下が許さんぞ!」
「そうだ! 早く我々を解放しろ!」
捕らえられてからも、小貴族たちは居丈高な態度のままだった。
最初は穏便に済まそうと思ったクレインだが、しかし両者の主張は平行線のままだ。
「次に戦えばこちらが勝つ!」
「まぐれでいい気にならないことだ!」
今回の敗北は油断していたのでノーカウント。
という斜め上の理論を展開する当主たちを前にして、クレインは困り顔で言う。
「だから身代金は無し。むしろ不当な扱いに対して謝罪と賠償を要求すると?」
「当然の権利だ!」
「我々は貴族なのだからな!」
閉鎖的な土地柄のせいか、彼らは自分がこの世で一番偉いと思っている人間の集まりだった。
それは「誰が地域で一番か」の争いも終わらないはずだと、クレインは溜め息を吐く。
「そもそもの発端がアースガルド家にあるので、戦争に負けたことは無かったことにして、むしろ賠償金を上乗せして支払え、か……」
領内の平民相手。又はいつでも争っている互角の相手にならば、その主張が通じたかもしれない。
しかし身分で言えば、準男爵など三世代までしか世襲できず、何の功績も無ければ領地を没収されて平民に戻る存在だ。
彼らの家はどこも地頭や開拓団長のような存在であり、未開発地域の開拓責任者を引き受ける代わりに、統治の特権を貰ったという興りでもある。
9代続いた子爵家の当主であるクレインは、彼らからすれば格上もいいところではあるが、そんなことにはお構いなしだった。
「むしろ俺を、見下してる節すらあるよな」
「運だけで成り上がったとか、まあ、酷い言いようでしたね」
急に権力を手にしたという意味でなら、成り上がり者と言えそうだ。だがアースガルド家は200年続いており、家格そのものは現状維持を続けている。
要はご先祖が功績を立てて貴族になり、子孫のクレインが地盤固めに努力しただけの話なのだ。
見下される
さりとてこの期に及んでも、上から主張してくる当主たちを目の当たりにして、
「はぁ……本当に、どうにもなりませんよ」
この滅茶苦茶な論理に数日付き合わされた挙句、今日の話し合いにも同席しているのだから、ハンスが疲れた顔をしているのも当たり前と言えば当たり前だった。
ともあれ両者の主張は交わらないままだ。
クレインは、意味の分からない戦争を吹っかけてきた責任を取らせたい。
小貴族たちは、自分たちを酷い目に遭わせたクレインから賠償金を取りたい。
本来であればクレインも穏便に済ませようとしていたが、そんな話が延々と続けば、次第に気力も失せてきていた。
「ではもう、法務官を呼ぼう」
「法務官だと?」
「領地間の争いに、裁定を下す機関は知っているな? もう中央の役人に、どちらが正しいか判断してもらおう」
「望むところだ!」
生き残った5家の当主たちは強気な態度を崩さなかったが、王宮からアースガルド領に出向してきた役人の一人が判事となり、略式の裁判を開くと――すぐさま決着がついた。
「今回の件は重大な貴族法違反です。よって彼らの領地は没収、一部はアースガルド領に編入させて処理を致します。賠償金の金額は……全財産没収で足りるでしょう」
審理開始から2分、出てきた結論がこれだ。
特に言うべきことも無く、これで結審となった。
「な、ほ、法務官殿! それはあまりにも無体!」
「この男は本物なのか!? アースガルドが用意した偽物に決まっている!」
「そうだ! 何故王都にいるはずの法務官が、アースガルド領にいるのだ!」
領地と、ほぼ全財産の没収。あまりにも厳しい裁定だ。
抗議は飛んできたが、これには法務官の青年も半笑いだった。
「これは私が陛下から与えられた権限を示す勲章です。権限の詐称は一族郎党が死刑になる大罪であり、加工技術が特殊なため勲章の偽造は不可能。ここにいるのは出向しているからです」
青年は胸元のバッジを指してから、突き放すような言い方をした。小貴族たちのことは野盗程度にしか見ておらず、そこに一切の遠慮はない。
彼は淡々と正当な裁きだとアピールしたが、しかし当然の如く野次は止まらなかった。
「そのような話、聞いたこともないわ!」
「控えよ、下賤な詐欺師が!」
「……はぁ」
貧乏くじを引いた青年役人はしかめっ面をしたが、ここまで来ては引くに引けない。
非常に嫌そうな顔を真顔に戻しつつ、彼は淡々と続けていく。
「王国貴族なら誰でも知っているはずの身分証なのですが、むしろ何故、貴殿らはご存じないのか」
「法螺を吹くな!」
「見たことも聞いたこともないと言っておるだろうが!」
自分が知らないものは存在してはいけない。という理論にシフトしかけたが、付き合えば泥沼だ。
だから青年役人も、あくまで事務処理のつもりで続ける。
「では簡潔に説明しましょう。まず論点の整理ですが、貴殿らの言い分では……アースガルド家からの侵略があったとのことですね」
「その通りだ」
「何度も言わせるな、たわけが!」
怒りに耐える文官は、指先を少し震るわせつつ、眼鏡の位置を調整してから問う。
質問内容は、ごく当たり前のルールについてだ。
「であれば、まずは抗議の使者を送るのが決まりです。事前の交渉もなく、開戦の通知を送り付けた理由をお聞かせいただけますか?」
「……そういう習わしなのだ」
「王宮は私闘を禁じているのですが、その習わしとは陛下のご下命に優先されるものでしょうか」
「そ、それは、だな」
仮にアースガルド家の兵が狼藉を働いたならば、それこそ証拠を突き付けて賠償金を取ればいい。
しかし攻められた証拠は一切無く、各自の証言ですら一致していないのが現状だ。
「そも侵略されたとのことですが、占領された村はどちらですか?」
「え、いや……」
「侵略の定義をご存じありませんか? 占有や占領された村が存在していなければ、訴えの内容もまた無効となりますが」
戦前の手続きから始まり、戦後処理のやり方も主張も滅茶苦茶だ。
そんな事実を一つずつ淡々と指摘していき、正論をぶつけられる度に小貴族たちはトーンダウンしていく。
王宮から派遣されてきた役人たちは、クレインとアースガルド領を密かに監視してきたので、侵略戦争などしていないことは分かりきっていた。
だから堂々とアースガルド側に付いて論破していき、彼は私見を述べる。
「王国貴族の法を何一つ知らないのなら、貴族と呼ぶべきではないですね。法を守らず手勢に略奪をさせるような者が、ただの盗賊とどう違うのでしょうか」
「ぶ、無礼であろうが!」
「黙って聞いていれば貴様、何様のつもりだ!」
成年文官は大声で恫喝する小貴族たちを相手に、念仏の如く法律論を展開し続けた。
根負けするまで正論で、理詰めで、淡々とルールを語り続けること数十分。
「諸君らを捕らえるなど陛下が許さないと言ったが! たかだか男爵や準男爵如きが陛下のお考えを代弁するなど――ええい、恥を知れ!」
「レ、レスター殿、落ち着いて!」
判事が興奮して声を荒げる瞬間もあったが、何にせよ論点に対してまともな反論が行われなかったのだから、最終的に領地の全没収という裁定は通った。
通常ならば反省の意を
細かい賠償金は規定に基づいて計算されるが、あとは彼が報告書を中央に上げて、承認が下りた段階で話は終わりだ。
これもアースガルド家に出向しているからと、身内贔屓をしたわけではない。味方が勝手に争うのは国が禁止している。
よほど酷い事件でもあれば王宮も許すが、今回はもちろん例外に当たらない。
当然のルールに則り、当然の判決が出て沙汰は終わった。
「こんなことのために、役人を呼んだわけじゃないんだけどな……」
領地を発展させる人材が欲しいという名目で集めた役人たちだが、元々は「王宮の人間が領内に駐留すれば、ラグナ侯爵家の横暴を止められるのでは」という狙いで借り出している。
領内に裁判権を持っている役人がいれば、ダイレクトにラグナ侯爵家を非難できるのもそうだが、そもそも出向してくるのは名家や貴族の人間ばかりだ。
ラグナ侯爵家がアースガルド領を滅ぼそうとすれば、戦火に巻き込まれた彼らの実家とも敵対関係になるぞと、脅しの材料が欲しかっただけなのだ。
「予想を遥かに超えてきたな……悪い方に」
「……はい、閣下」
厄介ごとを避けるために、侯爵家が穏便な手を取ってくれないかという願いもあった。
だからこそ駐留期間を4年と決めたのであり、クレインとしては2年後に、北侯が攻めてきた時だけ働いてもらえれば良かったのだが、そうでなくともこの使い方は予想外だった。
「流石のブリュンヒルデにも、予期できなかったか」
「厄介な者たちがいるとは聞き及んでおりましたが……ここまでとは」
衛兵隊に連れて行かれる小貴族たちを前にして、一同は気まずい顔をしている。
しかし何にせよクレインが死ぬことなく、無事に戦争は終わりを告げたのだ。
「それにしても、領地が急に増えると問題が起きるよな。……色々と」
かくして「ここでは俺が法律だ」を地で行く、お山の大将たちは失脚することになり、彼らの領地を吸収したため、アースガルド領の版図は広がった。
領民の数は更に、爆発的に増える見込みが立ったのだ。
ただし現状では新たな民の大部分が飢えているため、ガタガタになった北部再建の仕事がセットで付いてくることになる。
「はぁ……これからまた、忙しそうだな」
戦後処理と事務処理に追われる毎日を想像したクレインは、しかめっ面をしながら、どんよりした気分になっていた。
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