彼女の両親とはすっかり打ち解けていると思う。
──放課後。
教室のドアを開けると一気に冬の冷気を一身に浴びる。
(教室だけじゃなくて廊下も暖房完備してくれねえかな……)
寒いのが苦手なので防寒具を身につけているが、マフラーを家に忘れてきたので首元から体温が奪われる。二宮先生に後ろ襟を引っ張られたせいで首元が広がったのかもしれない。
(ん? 二宮先生?……あ。)
呼び出されていたのをすっかり忘れていた。
(……まあいいか。今度適当に謝ればなんとかなるだろ)
「それにしても今日の朝、何故かいつものマフラー見つからなかったんだよな……」
と、ぼやきながら玄関に向かう階段を下りていると、突然肩をガシッと掴まれる。
(え? まさか……?)
嫌な予感しかしない。
ゆっくり振り向くとそこには二宮先生…………の弟が立っていた。
「なんだお前かよ。心臓に悪いぞ」
「俺の顔は別に心臓に悪くないだろ!?」
「さすが美形。たいそうな自信がおありのようで」
「誰だってそうだろ!……それより」
と、一拍置く。
「お前、姉貴に呼び出されたの忘れてないか?」
「ああ。俺もさっき思い出したんだけどな。まあでも、めんどいからいいやと思ってな」
と、玄関を向かおうとするものの、また肩を掴まれる。
「何だよ。別に大したことじゃ──」
「お前、俺を見殺しにする気か?」
「は?」
「俺は今日姉貴の部屋に出頭を命じられている。機嫌を損ねるような行動は慎んでくれ。俺の生死が懸かってるんだ」
「お、おう、わ、わかった」
◇
二宮先生の所へ行く、と言って職員室の方へ行くと見せかけてしれっと学校を出ると、ふわふわと宙に雪が舞っていた。
これが初雪か、もう12月だしな、多分あいつ死んだな、でも俺に関係ないしな、と色々考えながら学校前のバス停へ向かう。
普段であれば学校前のバス停は部活に所属していない生徒でごった返すのだが、故、二宮氏に捕まっていたおかげで上手く時間をずらすごとができたのか、バス停前にほとんど人がいない。
(これは僥倖というべきか……ん、あれは……)
バス停にはシックな黒いコートに身を包んだ鷺宮が立っていた。
さっきまでは雪が大振りだったのか、彼女の肩は雪で白く染まっている。まるでずっとバス停にいたように。
地方の路線バスあるあるの一つ、時刻表よりも全然違う時刻にバスが到着する、という都会育ちはびっくりな状況に慌てずバスに乗り込む。いつから時刻表通りに運行すると錯覚していた?
俺が住んでいる家には一本では帰れず、バスを乗り換えないと帰れない。
いつものように途中の小さなベンチ一つしかない無人のバス停に降りる。
バス停に降りて一息つくと、吐いた息が白く染まる。暖房の効いた車内から外に出たのでより一層寒い。
ベンチに小さく縮こまって座って寒さをしのごうとしているその時。
バスから鷺宮も降りてきたのが見えた。
「……」
「……」
ベンチに座る俺と目の前に立つ鷺宮。
気が付けば雪は止んで、雲間から日光が差し込んでいた。
束の間の静寂の後、
ブーー!
バスの閉扉を告げるブザーが二人の静寂を破るように鳴り響いた。
そして轟音と共にバスは二人を残して去っていく。
「……」
「……」
鷺宮は何も言わず俺の隣に座る。そして──
「今日、マフラー忘れていったでしょう?」
「……あ、そっか、ごめん」
「もう。しっかりしてくださいね──兄さん」
◇
俺──山市
同じ家に住んでいるのは今年の春からである。別に俺の親が死去して引き取ってもらったとかそういう悲劇の主人公っぽい背景があるわけもなく、ただ単に海外出張に際して、息子の生活を不安に思った俺の両親が鷺宮家に面倒をお願いしたというだけだ。
鷺宮凛とは幼い頃から交流があり、いつ頃からか兄さんという呼ばれるようになっていた。
幼い頃からそう呼ばれていたせいか、そこまで違和感はない。
さすがに今では昔ほど仲が良いわけではなく、よくある兄と妹のような関係だ。
逆に、鷺宮父と鷺宮母とはかなり打ち解けているので、鷺宮家で居心地が悪いことは全くない。
◇
夕食後、鷺宮凛が風呂に入っているすきにリビングでいつもの定時報告が始まる。
「凛空、今日も凛は学校でしっかりやっていただろうか?」
「おじさん、もちろんっすよ」
「そうかそれは良かった。うちの子に手を出す輩がいるかもしれないからね」
「……」
まあ、おじさんの気持ちは分からなくはない。親としてあんな出来過ぎた娘を持ったらそれは心配にでもなるだろう。
とはいえ、少々愛が行き過ぎている。これ以上は控えてもらいたい。
「しかし困ったな……」
「どしたんすか?」
「明日から僕はしばらく出張で家を空けるんだよ。つまりこのミーティングができない」
「そうなんですか。残念っすね!」
よし! これでしばらく解放される!
「というわけで、はいこれ」
紙切れを渡される。
そこに書かれたのは11桁の数字……
「これ僕の電話番号。毎日この時間に電話でミーティングを行うからよろしく。おっと、仕事の電話だ、じゃあ今日の会議は終了だね」
おじさんが席を外す。
おじさんの電話番号を手に入れた!
おじさんに連絡を取れるようになりました!
おじさんの好感度が──
「やめろぉぉ! そのルートは止めてくれぇぇ!」
「どうしたの凛空、そんなに叫んで」
不安げに鷺宮の母がこちらを見ている。おじさんとすれ違いでリビングに入ってきたようだ。
「聞いてくださいよおばさん、おじさんが出張中毎日、娘の動向を報告しろって言うんすよ!?」
「……今なんて言ったかしら?」
「だから! おじさんが出張中──」
「その前。」
「え? 確か……聞いてください──」
「その後。」
「……あ。」
「幻聴かしら、私のことをおばさんって言ったように聞こえたのよね」
おばさ──ビックマムがにっこりを笑いながら俺に視線を浴びせる。
全く目が笑っていない。
「……(ガタガタガタガタ)」
体中が震えだして冷や汗が噴き出す。
「私、凜を生んだのは21で、今は39なのよ……これっておばさんかしら?」
「いえ! まだまだ現役です!」
光の速さで即答する。
鷺宮凛はこの人に似たんだなと分かるぐらいには、鷺宮母は美人だ。しっかり化粧をすればおそらく20代半ばにも見えるだろう。
しかしどんな名選手においても、寄る年波には勝てぬというもの。つまり何が言いたいかというと(以下略)。
「そうよね。いやいいのよ。おそらく聞き間違いだったと思うから。それで?」
「いえ、めぐさんのお手を煩わせることは何も。」
鷺宮母の下の名前は
機嫌を損ねたエマージェンシーの際には、めぐ姉様、と呼べばvery goodというデータが長年の研究成果として提示されている。
「めぐ姉様、肩が凝っていませんか。不肖、この私めが肩凝りに効くマッサージなるものをやらせていただきたく……」
「あら、ありがたいわね。お願いしようかしら」
素早くめぐさんの後ろに回り全集中でマッサージを行う。
「お加減はいかがでしょうか?」
「ちょうどいいわね」
「それは何よりです」
「ただ、一ついいかしら?」
「何でしょうか? 何でもお申し付けください!」
「一つ簡単な質問に答えてほしいのよ」
「何でしょう?」
と、めぐさんは肩に置いていた俺の手をぐっと掴む。
そして俺に向き直り、微笑を浮かべて──
「どうして私が肩を凝っていると思ったのか知りたいのよね」
「──っ!?」
大失態を演じてしまったことに今さら気付いたが後の祭り。
年相応、という言葉を口にしなかっただけましだっただろう。
「この時期の野宿は冷えるでしょうね……」
「そう、ですね……」
このように、鷺宮父と鷺宮母とはすっかり打ち解けている。
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