29 弱き者に資格なし



『弱き者に資格なし。先頭を駆ける強さを持てぬなら、早急に返上して頭を垂れよ』


 これはずっと昔に女王候補の一人が言った言葉だった。


 弱い奴に女王になる資格なんかないよ、先陣を切るのが怖いならさっさと候補を辞退して私に従うと良い、という意味の言葉である。


 それを聞けばわかると思うが、女王候補にとっては挑発の言葉以外の何物でもなかった。


 とはいえ、ディーアモーネやマリーアネットのような自信家に言っても、何の効果もなかっただろう。

 サフィアローザやヘレンアティスのような頭脳派の場合は、ムッとはしても行動の実を取って聞き流すだろう。

 未熟で、弱い自覚がある者にこそ、この言葉は突き刺さるのだ。


 成人したばかりで経験に乏しく、領主代理としてまだ何も成し得ていないエリザベリィには、避けることのできない挑発だったというわけだ。


 だからこそ、こちらの思惑の通りに、孤児院の院長室でエリザベリィは俺の前に立っていた。


「王子! ファリスヒルテさんはどこ!?」


 激おこである。

 まぁ、1対1の形にするには怒らせるしかないと思っていたのでしかたないのだけど。


「ファリスヒルテならアルトファザンに帰ったが? それよりも座ったらどうだ? 余裕がなさ過ぎてみっともないぞ?」

「帰ったですって? そんな嘘を信じると思ってるの!?」

「やれやれ。それならどう答えれば本当なんだ? この孤児院のどこかに軟禁しているとでも言えば本当になるか?」

「それは……けど、ファリスヒルテさんが私たちに何も言わず領地へ帰ったなんて、そんな話があるはずがない。信じられるわけがないでしょう!?」

「お前が信じられるかどうかなんて関係ないな。本当が何かって話だ。そしてファリスヒルテは領地へ帰った。それが本当だ」

「っ……。メルフィアさんは? メルフィアさんも帰ったと言うの?」

「察しが良いな。メルフィアも帰ったぞ」

「っ……何をしたの? 二人が理由もなく私たちに何も言わずに帰るわけがないでしょう!」

「そうかもしれないな。ならば何をしたと思う? 何をしたら二人が何も言わずに帰るんだ?」

「………」


 質問に質問を返すと、エリザベリィは黙って答えを探し始めた。


 女王候補と言ってもやはり人それぞれだな。

 エリザベリィの性格などもあるだろうが、他の女王候補の相手にするとき感じるような強さやしたたかさがほとんど感じられない。

 成人したてということもあるだろうが、マリーアネットなどの昔と比べてみると、この弱さは育ちや性格による違いのような気もする。

 まぁこれから経験や実績を重ねて、他の女王候補みたいになっていくのかもしれない。ならないのかもしれない。

 人間、何をきっかけに化けるかわからないものだからな。


 そういう意味では、今のエリザベリィを落とすチャンスが目の前に転がってきたのは俺にとっての幸運だ。

 女王候補との対決はほぼすべてが綱渡りだからな。

 安全で楽な道があるならば、俺だってそっちを歩きたいのである。

 エリザベリィはここできっちりと落とす。

 こんなチャンスはそうそう来ないだろうし、領地に籠られたらかなり困ったことになる。

 敵意が育って彼女までクラウディア化したら、もう帰領する時にノースペアー領は通れないわ。


「どれだけ考えても答えなんか出ないだろうよ。まぁたとえ答えが出ても言えないだろうがな」

「……どういうこと?」

「お前が、お前たちがこの街に来た理由を言ってみろ。それが答えだろう」

「そ、それは……誘拐事件の犯人と攫われた子供を探すために……」

「お前たちの一番の間違いはそれだよ。子供も犯人も見つかるわけがない。誘拐事件など実際には起きていないのだからな」

「何を言っているの!? 誘拐はあったわ! 証言だっていくつも得ているのよ!?」

「証言って誰のだ?」

「誰って、子供が連れ去られるのを見たっていう……」


 エリザベリィが途中で言葉を止めたので、俺が続きを言ってやった。


「子供だろ?」

「………」

「仲間が連れて行かれたって騒いだ孤児の子供がいたそうだな? いちおう調べてみたら実際に子供を連れて行く者がいて、そいつらはゴールドフィール領へ子供を連れて行った。誘拐事件の出来上がりだ」

「誘拐でしょう! 子供を連れ去っているのだから!」

「子供当人が了承しているなら誘拐ではないだろう。当人が納得して馬車に乗っているのだから、領地を越境しても街に入っても咎められることはない。誘拐ではなかったのだからな」

「………」

「さてどうする? お前たちがこの街に来た理由は解決したな?」

「していないわ! 王子が言っていることが本当のこととは限らないのだから!」

「私の言葉が信じられないか? ならば聞いて来ればいいだろう? この部屋に来る前にたくさんいただろう?」

「な……ぁ……」

「お前も一度はここに誘拐された子供がいるんじゃないかと考えたんじゃないか? 今それを思い出して驚いているのはどうしてだ?」

「それは……」

「誘拐されてきた子供には見えなかった、か? それが答えなんだよ」

「………」

「さてもう一度聞こうか? どうする? お前たちがこの街に来た理由は解決した。この街にいる理由はないな?」

「っ……」


 エリザベリィはぎゅっと全身を固くする。

 そんな反応をする理由がわかっているので、なんかイジメているような感じがしなくもない。

 けれど、こっちは少し間違えれば領地がヤバいことになっていたのだ。なぁなぁで済ます気にはならない。

 このまま答えを待っていてもエリザベリィに答えられないのがわかっているので、ここで俺は決定的な情報を突きつけることにした。


「領地の状況が良くないらしいじゃないか?」

「!!?」


 エリザベリィは驚愕して俺を見たが、こちらからするとそう驚かれることでもない。

 何と言ってもこちらにはセイラーズ商会がいるのである。


 セイラーズ商会は支店を出店する場所を探すため、常に領地や街の情報を集めている。

 インバーテラ、ノースペアー、アルトファザン、フィルドネイト。うちの領地に最も近いこの四つの領地が暗黒時代以降ずっと苦しい領営を強いられていることも知っていた。

 アリシアが言うには今の四つの領地の状態は想定していたよりも悪いということだった。


 領地というのは領主にとって顔で体であり内臓でもある。そういう意味では領民は領主にとって血液のようなものである。

 領地を回復できず、領民に安定した日常と幸福を与えられないという事実は、領主にとっては耐えがたい苦痛の日々だっただろう。

 藁にも縋りたくなるだろうし、目も曇っただろう。

 子供の言うことを真に受けて、誘拐事件と決めつけてしまうこともあるかもしれない。


 とにかく四つの領地の領主たちは誘拐事件という仮初の武器を得て、領地を回復する一計を案じることにした。

 そして領地回復のロールモデルはすぐそばのゴールドフィール領という場所にあった。


「最初から狙いはセイラーズ商会だったわけだ。わざわざ領主自ら足を運ぶわけだな」


 最初は誘拐事件が明らかになることで俺やオリビアが更迭されて混乱が起きる、という情報を土産に商会の誘致を提案しようとしたらしい。

 街を見てその情報では弱いと感じて別の案を出そうとしていたらしいが、メルフィアのことがあって棚上げになっていた。

 そもそもの話、誘拐事件が無いのだから最初からうまく行くはずがなかったのである。


「さて、エリザベリィ、最後の質問だ。これからどうする?」

「……どうする?」


 俺が質問すると、エリザベリィは俺を見てオウム返しに繰り返した。

 こちらを見るその目はどうにも頼りない。

 おそらく正式な領主代行になる前から手伝いなどをしていて、だいぶ苦労してきたのだろう。

 迷子になった子供のような顔をしていた。


 俺はこの部屋にある入り口とは別のドアを指差した。


「そのドアの中を見てみろ。お前を助けてくれる物がある」


 エリザベリィは指先のドアを見て、俺の顔に戻す。

 俺が黙ってエリザベリィの顔を見ていると、やがてエリザベリィは警戒した様子のままドアに近づいて行った。


 ドアの前に立ち、ひどくゆっくりとノブを握る。

 ドアをゆっくり慎重に開いていくが、部屋の中を見た瞬間に目を開いたまま硬直していた。


 部屋の中に溢れていたのは金貨や宝石など、見ただけで目が潰れそうなほどの金銀財宝だった。

 これだけあれば、どれほど領地経済を回せるか。領地経営に関わっている者なら考えずにはいられないだろう。


 笑ってしまいそうなほど想定通りであり、普通に寝ている時よりも今のエリザベリィは隙だらけだった。


「エリザベリィ」


 彼女のそばに立ち、名前を呼ぶ。

 エリザベリィはぼんやりとした顔を緩慢な動作でこちらに向け、俺は隙だらけの唇を奪った。


「んんっ!?」


 禁呪発動!


(ソウルスティール!)


 続けて、ハートバインドディマスターを掛けようと、なだらかな双丘に手を伸ばす。

 しかし、体勢が悪かった。顔だけ振り返っていたので胸に触れるには体を回さなければならず、そのわずかな時間でエリザベリィは我に返ってしまった。

 腕を振り回され、俺は吹き飛ばされた。


「な、なんのつもり!? いきなりこんなことをするなんて……」


 口を押さえてわたわたするエリザベリィ。

 シールドが間に合わなかったせいでちょお痛い。

 やはり誰が相手でも油断しちゃダメだな。良い勉強になった。

 俺は反省をしつつ立ち上がり、エリザベリィに命じる。


「『動くな』」

「何を……えっ! なんで……?」


 体が動かないことにエリザベリィは戸惑いを露にする。

 ソウルスティールは意思を捕らえる禁呪だ。強い意志があれば命令を弾かれてしまう可能性もあった。

 ソウルスティールだけで拘束できるかは賭けになってしまったが、どうやら運は俺の方が勝ったらしい。


「エリザベリィ、あの金があればノースペアーは持ち直せるぞ?」

「ふざけないで! 何をしたの!? 拘束を解きなさい!」


 だよな。金で揺れるような女に女王候補の資格はない。

 これでこそ仲間にする意味もあるというものだ。


 俺はエリザベリィの反応に満足すると、彼女の小さな胸を両手で包んだ。

 禁呪発動!


「ハートバインドディマスター!」




 

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