20 舞台の裏で



『領主館・応接室/オリビア』



 午後の2時頃、私は領主館の応接室に二人の領主を迎えていた。


 今日やって来たのはディアフローテ・ナイトレイク様とファリスヒルテ・アルトファザン卿の二人だ。

 エリザベリィは未熟と判断され、フィルドネイト卿は攻めには向いていない性格ゆえの人選でしょう。

 4人で押しかけられても大変だが、ディアフローテ様一人でも正直言うと面倒な相手だった。


 二人とも若く、美しい。クリスくんなんて、少し迫られたらあっさり篭絡されてしまいそうだ。

 ……大丈夫かしら?

 まぁ、二人はクリスくんに迫ったりしないわよね。ないない。

 ……ないわよね?



「オリビア様、調査の方はどうなっておりますか?」


 挨拶とちょっとした雑談をした後、ディアフローテ様がずばりと切り込んできた。

 私はこほんと咳を一つして頭を切り替えると、ディアフローテ様に答えた。


「もちろん進めていますわ。けれど、こちらにとっては雲を掴むようなお話。もう少し時間を頂きたいわね」


 誘拐の話なんて確証のない話なのだから調査も簡単にはいかないよ、という意味である。

 それを聞いたアルトファザン卿が不快そうに眉をひそめた。


「オリビア様はこちらが嘘を吐いているとおっしゃっているのかしら?」

「ファリスヒルテ、挑発に乗らないで。オリビア様も私たちは争いに来たわけではないのですから、お止めください」

「挑発したつもりはないのですけどね。嘘を吐いている、などと頭から否定をするつもりはないけれど、確証もなく領地に不安の種を蒔くようなことをできるはずもない。貴女方も領地を任されているのですからご理解いただけるのではありませんか?」

「それは……」

「ご理解いただけたようで嬉しいわ。調査はきちんといたしますので、ご自分の領地で報告をお待ちください」

「そうはいきませんわ。子供が攫われているのです。何もせずにただ連絡を待つだけなど認められません」


 やはりアルトファザン卿だけなら言いくるめるのは簡単そうだが、ディアフローテ様に認めさせるのは難しそうね。

 こちらは子供のことを出されると、介入を拒否し続けるのが難しくなる。

 頑なに拒否し続けると、何かを隠しているのではと痛くもない腹を探られることになりかねないのだ。

 まったく。犯人なんかがいるのならさっさと出てきなさいよっ。


「今後もきちんとした調査をお願いしますわ。けれど、こちらはこちらで、できることをさせていただきます」

「勝手なことをされるのは困ります。不安の種を蒔かれるのは困ると、先ほども言ったはずですが?」

「そこはもちろん配慮いたしますわ。先ほども言いましたが、こちらには争うつもりはありませんから」

「「………」」


 ああ言えばこう言うし、言い回しも面倒くさい。

 つもりはないが、やるなら相手になる、という話である。

 返答を間違えば、ゴールドフィール領と他四領は完全に敵対することになってしまう。


 こちらとしては目立つようなことは厳禁だ。

 肉を切らして骨を断つ、というような覚悟までされると、相手にはできない。

 傷を付けあうほど敵対してしまうと、簡単には収まらなくなってしまうからだ。


 できるだけ小さく収めたいこちらとしては、避けなければいけない事態の一つである。


 これはこちらも譲歩が必要かしらね。

 けれど、程度を間違えると付け込まれることになってしまう。どうしたものかしら。


「わかりました。ですが、勝手に動き回られて、こちらの邪魔になるようなことになっては困ります。行動予定をきちんと提出をしてください。問題なければ許可いたしますわ」

「ありがとうございます。……ファリスヒルテ、お渡しして」

「はい。どうぞこちらを、オリビア様」


 ディアフローテ様に言われて、アルトファザン卿は鞄からファイルケースを取り出してこちらへ差し出した。


 渡されたそれが、当然話の流れと全く関係ないものであるはずがない。

 ケースから数枚の書類を取り出して見ると、それは彼女たちの行動予定を記したものだった。


「――! ずいぶんと用意が良いのですね?」

「同じ領地を預かる者として、必要かと思いましたので。それにあまり時間をムダにするわけにはいきませんでしょう?」


 ディアフローテ様は微笑を浮かべた澄まし顔で言っているが、ひとのセリフを引用しての言葉である。完全にマウントを取りに来ていた。


「拝見いたしますわ」


 こちらから要求しておいて、きちんと提出されて。

 その上で時間をムダにできないと言われては、さすがにすぐに目を通さないわけにいかなかった。






 二人の領主が帰った後、応接室に残っていた私は、ただお茶を飲んでいた。


 正直に言って、さっきまでの私はディアフローテ様のことを少し甘く見ていた。


 女王候補であり、領主であるとはいえ、成人してまだ五年ほどの若輩である。

 クリスくんが生まれてからの十数年、暗黒時代のゴールドフィール領の回復に尽力してきた私から見れば、経験不足は否めない。……と、思っていたのだが、さっきのあれだ。


 やはり女王候補の相手は一筋縄ではいかない、というのが、今回得た教訓である。

 同時に、年若い女王候補にやりこめられたような結果は少しだけ腹立たしかった。


 とはいえ、さすがにやり返そうなんて大人げないことを考えたりはしない。

 女王候補が有能であることは国にとって心強いし、その国で暮らす国民にとっては明るい未来だ。

 私もアクアレイク王国の一国民として、有能な女王候補の存在は歓迎である。


 それにもし彼女が女王になれば、王都とインバーテラを結ぶ街道上にあるこのゴールドフィール領にも、大きな恩恵がもたらされることは確実なのだ。

 女王になるだけの才能を有しているのならば、隣の領地の領主代理として支持を表明しても良いくらいである。


 まぁ、そうは言っても、立った腹は簡単に座ってくれたりはしないのだけど。


 この後予定がなければ家の訓練室でムチを振り回……体を動かして発散したいところなのだが、ディアフローテ様が言った通り、ムダにできる時間はあまりない。

 できることがあるならば、後に回さず、すぐに動く必要があった。


「はぁ。こんな気持ちのまま仕事をするなんて肌にも良くないのに……」


 せっかく先日セイラーズ商会の美容部門から美容師を派遣してもらって肌を整えたのに、意味がなくなってしまう。

 また頼めば済む話ではあるが、マッサージの数時間でも今は貴重なのである。


 だからと言って仕事をしないわけにもいかず、私は重い腰を気力で持ち上げようとした。

 朗報が飛び込んできたのはその時だった。


「オリビア様、クリスティアーノ様がお戻りになりましたよ?」


 ああ、クリスくんったらなんて良い子なんでしょう。とっても素敵なタイミングね。

 せっかくですし、ぜひ発散……じゃなくてかわいがってあげましょう♪


 羽のように軽くなった体で、私はクリスくんを迎えに行くのだった。



 ■□

 □■



『セイラーズ商会のある一室』



 セイラーズ商会の中にある窓のない部屋で、その女性は報告を受けていた。


 数枚の書類をサッと流し見て、情報を頭に入れてしまう。


 最後の一枚に目を通すと、その書類をテーブルに置く。報告者は前もって準備していたお茶をカップに注ぎ、女性の前に置いた。


「ありがとう」


 女性は言って、お茶を一口飲む。静かにカップを置くと、換わりに扇子を手にして黙って考え事を始めた。

 閉じた扇子の先っぽのふさふさしたところで、鼻をポンポンと叩いている。

 こうして彼女のそばにいることが増えたことで知った、彼女の癖だった。

 考え事をしている時など、何かに集中している時に無意識にしてしまっているらしい。

 彼女にしてはかわいらしいところがあるものだと、面と向かっては言えないことを最初の頃は思ったものだった。


 そうして数分ほどが過ぎて、扇子の動きが止まった。考え事が終わったということだ。


「やはり色々と大変なようですわね。わかってはいましたけど、ここまでとは思っていませんでしたわ。少し油断をしすぎていたかもしれませんわね」

「油断……ですか? 何かまずい報告がありましたか?」


 内容は見ていないので知らないが、預かった時に定例の報告書と聞いていたのだ。

 定例の報告書ということは、月毎の各店舗の売り上げや流行り廃りなどの基本情報、次に店舗展開を考えている地域の情報などで、女性が油断などと言ってまで反省をするほどの情報があるとは思っていなかった。


 報告者が少々不安を感じていると、彼女はいつものようにおかしそうに小さく笑った。


「そんな心配そうなお顔をする必要はありませんわ。商会は何の問題もありません。問題どころか今月出したウォーターウェアーの利益が昨年の三ヶ月分を越えて、まだ伸びているそうですわ」

「それは……おめでとうございます。ですが、それでは、油断、とは?」

「油断は油断ですわ。わたくしもまだまだ、ということです」

「………」


 彼女の評価がまだまだ・・・・なら、その評価を越えられる者がこの世にいったいどれほどいるというか。

 彼女の考えは本当にわからない。そう再認識する報告者だった。


 すると、そんなことを思っていた報告者に、彼女はまた唐突に不思議な指示をするのだった。


「近日中に領主の方がわたくしに面会を求めてくるはずですので、すぐに本店こちらへお招きするように手配をお願いしますわ。その際のわたくしへの確認は不要ですわ」


 ~はずですので。確認不要。

 つまりこれは約束をしているわけではない未定の話ということである。


 未定の話なのに、なぜ領主が訪ねてくるという話を当然起こることのように言うのだろうか。


 報告者にとって意味不明な指示でしかないのだけど、こういうことはよくあることだったので、私は、わかりました、と答えるだけだった。



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