10 領地トラブル大問題



 俺とオリビアは執務室から隣の小部屋へと場所を移した。

 この部屋は窓もなく、執務室の中にあるドアからしか入れない密談用の部屋だった。


 魔道具の明かりを点けると、二人用のソファが二つとテーブルが一つ、部屋の隅にはティーカップなどが収められたキャビネットが照らし出される。

 俺は部屋に入ると、まっすぐキャビネットに向かった。自然にお茶の準備を始める自分がいた。

 違うよ! 俺が飲みたいだけだからな! ……いや、まぁ誰が準備したって良いんだけど。


 お茶の準備が終わり、向かい合って座ると、俺はオリビアに尋ねた。


「それで何が起きたんだ?」

「ちょうど二週間前のことよ。四人の領主がうちの領主館に怒鳴り込んできたの」

「え、四人? ってことは……」

「そうよ。うちを囲む四つの領地全部の領主が文句を言いに来たのよ」

「うぇぇ……」


 我がゴールドフィール領を中心に考えると、南にノースペアー領、東にフィルドネイト領、西にアルトファザン領、北にインバーテラ領がある。

 そのうち二つ、ノースペアーとインバーテラは女王候補のいる領地であり、ノースペアーはあのクラウディアの家の領地だった。


 ……二週間前ってことはクラウディアは城にいた頃だな。とりあえず一安心だ。


「というか、領主自ら文句を言いに来たのか?」

「ええ。どうやら四人で示し合わせていたようね。四人同時に来たわ」


 その場にいなくて良かった……なんて思うと目の前の人が怖いので思わないよ? ホントホント。


「つまりかなり本気ってことか。それで文句の内容は?」

「誘拐してるんだそうよ」

「は?」

「うちの領地の誰かが、他の領地から子供を誘拐して、連れ込んでるんですって」

「………」


 子供を誘拐して、連れ込んでいる? うちの領地の誰かが?


「誰かって誰が?」


 半ば独り言気味に口から零れた質問に、オリビアは重々しい調子で答えた。


「セイラーズ商会」


「………………………………………………はぁ?」


 いや、そりゃそんな反応になるわ。

 セイラーズ商会なんて、放っておいても人が集まってくるのだ。それがどうして誘拐をしているなんて話が出てくるのか。さっぱり意味がわからなかった。


「そこまできっぱり言うってことは何か証拠があるのか?」

「いいえ」


 おいおい。

 心の中で思いっきりズッコケたわ。


「領主たちの言い分が正しくて、実際にうちの領地の誰かが誘拐をしていた場合、それができるのが誰かって考えた時に出た答えが、セイラーズ商会だったってだけよ」

「どういうことだ?」

「他の領地から子供をさらってきて気づかないわけがないでしょう? 街を移動すれば馬車はチェックされるし、チェックを避けようとして街道から外れればどうしたって目立つわ。しかも四つの領地に手を出すほど大胆にやっているのならなおさらよ。うちの領地でそんなことができるとしたらセイラーズ商会だけだわ」

「なるほど、そういうことか。たしかにセイラーズ商会なら可能だろうが……セイラーズ商会がやるか?」

「普通に考えたらやらないわね。セイラーズ商会ほどの大商会がそんな危ない橋を渡ってまでそれをする理由なんて想像もつかないもの」


「そもそもうちの誰かが誘拐しているって情報は正しいのか?」

「それはわからないわよ。調査するにも誘拐されたっていう子供を見つけないことには話の裏も取れないわ」

「子供が誘拐されたのなら、その子の親がいるだろう? 親に聞けば誘拐が事実かどうかくらいはすぐにわかるんじゃないのか?」

「残念ながら誘拐されているのは親のいない子、つまり孤児らしいわね。領主様方が言うには」

「孤児……それじゃ領主たちはどこから誘拐の情報を手に入れたんだ?」

「さぁ? けれど領主直々に乗り込んで来たのだから、まったく根拠のない言いがかりとは思えないわ。少なくとも、知らない関係ないで何もせずに済ませるのは無理でしょうね」


「……領主たちの言い分は?」

「早急に犯人を見つけて子供を返せ、できないのならこちらから調査に人を入れる、その際の経費は全部こっち持ち、誘拐の事実が確実のものとなったら責任を追及する、というところね」

「私たちで解決できなければ、私たちは破滅だな。仮に想像通りセイラーズ商会が犯人だったとしたらゴールドフィール領は暗黒時代に逆戻りか」

「そうなったらもう復興も難しいかもしれないわね」


「「………」」


 俺とオリビアは黙って数秒ほど、ただ視線を交わした。


「最良の結末は?」

「誘拐なんてなかった。領主たちから慰謝料を取って手打ち、ね」


「最悪の結末は?」

「誘拐が事実でセイラーズ商会が犯人。それを他の領主の調査で判明して公にされてしまう、ね」


 最悪の結末ではセイラーズ商会の信頼は地に落ちて破滅。

 犯行を見逃し、商会の破滅を止められなかった俺とオリビアも破滅。

 セイラーズ商会を失い、税収と信頼を大暴落させたゴールドフィール領は、周囲の領地を巻き込んで荒れに荒れることだろう。

 そうなったら女王である母もどうなるかわからない。

 マジの最悪だわ。


「とりあえずまずは誘拐の有無の確認と、いるかもわからない犯人捜しか。セイラーズ商会に協力を頼めないのが痛すぎる」


 今一番欲しいのはセイラーズ商会の情報網と人手だというのに、容疑者に頼めるはずもない。

 考えただけで気が滅入るなぁ。



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