9 下手な考え休むに似たり2



 俺は風呂に入る前と同じように、ベッドに顔から倒れた。


「……結局まったく考え事ができなかった」


 せっかくのお風呂タイムがまるで拷問でもされているような時間になってしまった。

 女王様はこちらの気分とは正反対にご機嫌にまたね~と嫌なセリフを残して、とっくに部屋を出て行っている。


 美人ママのましゅまろボディを堪能しておいて贅沢言うなって?

 ちっとも贅沢なんかじゃない。


 クレアアーリアの時も言ったが、自由にならないエロは拷問になるのである。

 いやよいやよも好きのうちとかって言葉があるが、真に受けちゃいけない。嫌は嫌だから。

 おっきしちゃうのはただの生理反応なんだからね!


 ……はぁ、とりあえず入る前と違って体だけでもさっぱりできたのは救いだ。

 気分が乗らなくても頭は働かせなきゃならない。

 鉄は熱いうちに打て。ヘレンアティスの攻略について、せめて今日中に方針くらい決めないと。


「とはいえなぁ」


 簡単に決められるくらいならやはり苦労はない。


 ディーアモーネのように決闘で勝って認めさせられれば良いのだが、その方法ではおそらくヘレンアティスにはハマらない。

 ヘレンアティスは武闘派ではないので決闘で『OS』を奪っても、心の底では納得しない可能性が高いのである。


 これが例えば女王候補同士であったら、不満があっても敗北という純然たる結果を受け入れるだろう。


 だが、男の俺に決闘で負けた場合、ヘレンアティスは屈辱を覚えるだけで、河原で殴り合って友情が育まれる、みたいな結果には繋がらない。

 俺の場合は負けを認めさせるのと同時に俺自身を認めさせなければ、裏切る可能性という芽が生まれてしまうのだ。

 そんなのは背中に銃口を付きつけられたまま隠密行動をしようとしてるようなものである。


 いつか撃たれるかもしれないし、撃たれないかもしれない。

 撃たれないかもしれないが、そんな背中を気にした状態で綱渡りみたいな計画をやりたくない。


 頭を悩ませて苦労してヘレンアティスを落とした結果がそれではやってられないし、その状態になったらおそらく計画は死ぬだろう。


 いちおうそうなっても禁呪で厳しめに縛ってしまうという方法がないこともないが、そうした場合ヘレンアティスに不信を覚える者が出てくるだろうし、理想を言えば女たちに純粋に認めさせたいという願望がなくもないので、できればやりたくなかった。


「『戦娘戯』で……って、漫画じゃないんだからムリだろ」


 戦娘戯せんじょうぎというのは、いわゆる将棋とかチェスに近い、1対1で王や陣地を取り合うボードゲームである。


 実際の戦場で作戦を立てるときに使われる作戦盤をほとんどそのまま使うようなゲームで、最初の駒選び駒配置から知恵と知識と経験を要求され、サイコロも使うので運も必要になってくる。


 ヘレンアティスはこのゲームに絶対の自信を持っており、勝てればプライドを揺さぶれることができるだろうが、結局は遊びでしかなく、これで負けたからと言って認めるとはならないだろう。


「他になぁ……」


 他に……

 ………

 ……



 ■□

 □■



 ハッ――

 、と気づくと、部屋が真っ暗になっていた。

 考え事をしてるうちに寝落ちしてしまったらしい。


「やばい、何時だ?」


 慌てて時間を確かめると、もう数分で日にちが変わるくらいの時間になっていた。


「……ご飯食べ損ねた」


 普通の王子だったらどんな時間でも命令一つで食事を作らせられるだろうが、当然のことながら俺にできることではない。

 決まった時間に頼まなければパン一つもらえない王子様、それが俺☆

 王子ってなんだろう? こんな悲しい身分だったっけ?


 ぐー


 腹が文句を言うので俺はしかたなく起き上がってベッドから出た。

 誰にも作ってもらえないのなら自分で作るしかないのである。



 ■□

 □■



 火の消えた調理場に入り、食糧庫からいくつか食材を頂戴して準備をする。


 いまいちなお米、普通の油、普通のネギ、普通の卵、おいしい鶏肉、塩胡椒。

 メニューはチャーハンである。まぁ鶏がらスープとかしょうゆとかないのでチャーハン風焼き飯というのが正確だが。


 なんにせよ米がある世界なのは良かった。なんだかんだで食べたくなるよな、米って。


 とはいえこの国の米は品種改良はしておらずほぼ野生の植物で、高級米にあるような甘みというか美味しさがなく、米単体では箸で三口食べればもう十分といった代物である。


 まぁ一言でいえば、おいしくないのである。まずいとまでは言わないが。


 ただ、それは米単体で食べた場合の話だ。強めの味付けをすれば十分おいしいし、食感は義明の覚えているお米そのままなので満足感は得られるのである。


 米を鍋で炊いておき、大雑把に食材を細かくする。

 お米が炊けたら後はスピードが命。油でコーティングしたお米を宙に舞わせ、パラリと仕上げる。


 ふとここで俺は客観的に今の自分を見てしまう。

 薄暗い厨房で鍋を振ってチャーハンを作る王子様。

 王子ってなんだろう?


 いや! 俺のおうじんせいは半年後、一年後に始まるのだ!


 ぐ~~


 とりあえず食べよう。

 美味い。うまい、けど、なんというせつなさ。


 独り、ひんやりとした暗い厨房で、自分で作ったチャーハンを食っている。


 心が凍死しそうだ。

 これに耐えられなくなった男どもは結婚してぇ、なんて言い始めるのだが、今の俺の場合はその道は地獄への一本道だ。耐えねば。


「こんな時間にどこの誰かと思えば、かわいいかわいいクリスティアーノじゃない」


 唐突に声が聞こえて、思わずびくりとして背筋が伸びてしまった。

 振り返ると入り口のところに満面の笑みを浮かべた美女が立っていた。


 声で分かっていたが、その美女はレイリア・アレクサンドレシア。第28位の女王候補だ。


 見た目の印象を述べれば年上の綺麗なお姉さんといった容姿をしている。背が高く、ほっそりとした体躯。まっすぐ背筋が伸びていて、こちらに向かって歩いてくる様はしっかりとしていてブレがない。

 ディーアモーネをして、まともにやれば分が悪いと言わしめる戦闘能力を持つ女性。それが彼女である。


 レイリアは俺のそばまで歩いてくると、背中からもたれかかるように抱き着いてきた。

 彼女はほっそりとした体形をしているが、出ているところはちゃんと出ている。いや、だからどうしたという話だけどね。うん☆


「聞いたわよ、クリス。またクラウディアに虐められたそうね?」


 猫を撫でるように顎の下をすりすりと撫でてくる。

 猫を、と表現したが、この手はファラアーリアのそれとは違い、俺をちゃんと人扱いをしている手である。


 まぁ、言うまでもないかもしれないが、俺の感情的には素直に受け取れるものでもないのだが。


「早く私の物になればいいのよ。そうすれば私が全てから守ってあげるわ」


 俺の腕を無理やり動かしてスプーンでチャーハンを掬い、勝手に自分の口元に運んでぱくりと食べる。


「見慣れない料理だけど、味はおいしいわね」


 嬉しそうに感想を言い、ぺろりと唇を舐めると、そのまま唇を俺の頬に押し付けた。


「ちゅっ。ごちそうさま」


 レイリアは俺から離れると、そのまま調理場を出て行ってしまった。


 なんか一人で喋って人のご飯をつまみ食いして勝手にチュウして去っていった。

 まぁわりといつもあんな感じなのだが。


 レイリアは性格的にはサバサバした女性なのだ。

 それでなぜか俺のことが好きらしい。

 さっきもそれらしいことを言っていたが、求婚もされていた。断ったが。


 美人で、年もあまり離れておらず、虐めのようなこともしない。

 彼女のどこに不満があるのかと思うかもしれないが、残念なことに、ひじょ~~に残念なことに、彼女が求めている俺というのは義明世界でいうところの良妻なのである。


 かわいい妻。甲斐甲斐しい妻。夫を喜ばせる妻。


 この世界では女性がパートナーに求める一般的な条件のようだが、そんなの俺に求められても……という話だ。


 というかこんな夜遅くまでご苦労なことだ。


 女が男の役割をしていて男が女の役割をしていて、って感じでこんがらがってしまうが、この世界では女性が騎士をするのが一般的なのである。

 レイリアは一部隊を預かる隊長であり、彼女の部隊が今月の警備を担当しているので、ここに現れたのは見回りの途中だったのだろう。


 一人でうろついてるのはどうかと思わなくもないが、そう思うのは義明の感覚があるからだ。

 レイリア・アレクサンドレシアは強い。そして、ディーアモーネのように油断しない。


 彼女と戦う時が来たら、俺はどんな卑怯な手を使うことも辞さないだろう。

 クズと呼ばれようと。ゲスと呼ばれようと。悪魔と呼ばれようと。ロクデナシと呼ばれようと。ゴミ野郎と呼ばれようと。


 ………


 呼ばれたくないなぁ……





 

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