第45話 ハリーハリーハリー!!
体が動かない、意識をうっすら取り戻した彼女が最初に感じた事がそれだった。
腹部が痛む、喉が、首が痛む。
――こんなに呼吸出来ることが嬉しいとは思わなかった。
だが、そんな事より。
「ああああああああああああああッ、根性おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
うるさい、敦盛が叫んでいるのだ。
(とっさに気絶するフリして正解、だったわね……いや半分ぐらいマジで落ちてたワケだけど)
そう最後に倒れたのは演技、そこから更に首を締められたのは咄嗟に予想出来なかった事だけども。
今は、それどころではない。
(甘く見てた、アタシを傷つけるのを躊躇わなかったばかりか、自分の体でさえ厭わないなんて――)
彼の叫び声は続く、力付くで手枷を外そうとしているのだ。
爪が割れても、骨が折れても、決死の覚悟で拘束を外そうとしている。
(不味いわ……)
逃げられる、体の復帰にはまだ時間がかかりそうで止めることは出来ない。
捨て身の彼が、どんどん自由になっていく。
瑠璃姫の復讐の終わりが、破滅が近づいていく。
(悔しい、悔しい悔しい悔しいっ)
また負けた、彼女はまた負けたのだ。
だが、――まだ終わっていない。
敦盛はまだ逃げ出していない、そして逃走が可能になっても、それは彼が大きなダメージを負った事でもあり。
(…………まだ、終わってない)
そうだ、彼は彼女に勝つために諦めなかった。
それなのに、どうして彼女が諦めようか。
(待つのよ、例えあっくんが逃走に成功して誰かに助けを求めても。――――絶対にひっくり返してみせる)
どんな手を使ってでも、敦盛を手元に引き戻す。
何故ならば、早乙女敦盛という存在は溝隠瑠璃姫の全てであるからだ。
彼女は、彼の叫びを聞きながら憎悪を燃やす。
――敦盛はそれに気づかずに。
「――――はぁ、はぁ、はぁ。痛ぇ、すっげぇ痛ぇ……ははッ、でも外れたッ!! 外れたぜコンチクショウッ!!」
右手首の拘束は外れ、代償に親指の付け根の間接から大きな異音と泣いてしまいそうな痛み。
だがそんな暇は無い、瑠璃姫が復帰する前に全ての拘束を外さなければならない。
「急げ、急げよ……」
手が自由になったのならば、足は簡単だ。
というより今まで外さなかったのは、眠気や瑠璃姫を警戒しての事である。
「手首のを無理矢理外しても電流は流れなかった、となるとフェイクかスイッチをコイツが握ってるかだな。…………この変な箱も、一応全部壊しておくか? GPSとか仕掛けられてても……いや今は止めておく」
時間が許すならば己のスマホを探すつもりだ、そしてスマホを使ったのならば彼女は絶対に位置を把握するだろう。
「コイツのスマホは無理って考えた方がいいな、俺にロックを外せる訳がねぇ。……その前に、これ外れるか?」
首輪には鍵が、そもそも首輪に関しては金属製である。
とても力付くで外せるようには思えない、可能性があるとすれば鎖。
首輪から延びて、壁に繋がっている鎖である。
「…………多分、行ける筈なんだ」
監禁生活の中で気づいた事がある、彼女は何処かに移動した様にほのめかしていたが。
恐らく、何処にも移動していない。
十中八九、同じマンションの一室。
なんなら、瑠璃姫の家の一室である可能性が高い。
(白い壁で上手く隠してるが、部屋の形といい大きさといい見覚えがあるんだよな)
つまりそれは、壁の材質も同じという事。
この白い壁が金属で出来ている可能性もあるが、同じマンションの一室である事を考慮すると。
(何枚かの板として運んで組み立てるしかない)
それを四六時中一緒にいた敦盛に気づかれず、施工する事が出来たとして。
男の力で取り外せない程に、頑強に固定出来るのだろうか?
「ファイト一発ううううううううううううううううううッ!!」
背負い投げの要領で鎖と肩に、そのまま力任せに引っ張ると。
ガコン、バリッ、という音と共に根本から抜ける。
「何とかなったか……、引っ張ると電流が流れるやつだったら詰んでたぜ」
ならばもう後やる事は、たったひとつ。
「俺は自由だああああああああああああ!!」
敦盛は脱兎の如く走り出した、正直、首や手足からぶら下がる鎖が邪魔であったが。
そこは無視するべき所だ。
彼は喜び勇んで扉を開けて、外に出ると。
「うっしやっぱ瑠璃姫んチじゃねぇかッ!! ……まだ気絶してるみたいだな、せめてパンツだけでも回収して――ひッ!?」
「ドコ、に、いこうって、の、よ……あっくん?」
「瑠璃姫テメェ復活早いんだよッ! でも立ち上がれも出来ずに何が出来るッ!! 俺は逃げさせて貰――――ああもう足を放せッ!!」
そう、パンツを拾おうとした瞬間。
彼の足首ににゅっと手が伸びて、見下ろすと激怒した瑠璃姫が。
まだ自由に体を動かせていない事が救いであったが、彼の足首を掴むその握力は尋常じゃなく強く。
彼女の、憎悪の強さを示していた。
「ほら、どうしたの蹴ってでも振り払いなさいよ」
「ほざいたなテメェ……」
「言っておくけど、全部撮ってるわよ。これを編集しマンションや学校に配れば……果たして悪いのはドッチかしら?」
「今更そんな脅しが効くかよッ、オラッ!!」
「い゛だっ゛!! あ、アンタ少しは容赦しなさいよッ!! 腕折れるかと思ったじゃないっ!?」
「そんだけ喋れれば余裕だろ、じゃあな俺は逃げさせて貰うッ!!」
瑠璃姫の腕を強く踏みつけ怯ませると、敦盛は彼女から逃げ出す。
こうなったら余分な事をしている暇は無い、スマホどころかパンツすら履いていないがマンションから逃げるしかない。
(警察か? ――いや、学校へ……チッ、念を入れすぎだバカオンナッ! 内側にも変な鍵があるッ!!)
短い廊下を疾走し、玄関にたどり着くも何重にも鍵が存在している。
ならばベランダから敦盛の部屋のベランダへ、そこから窓をぶち破るか非常階段を使って逃げるしかない。
だが、ぺた、ぺたという足音が背後に迫って。
「あっくんんんんんんんんんんんんんんんん!!」
「のわあああああああああああああああっ!? もう歩けるのかテメェ!!」
「あっくんあっくんあっくんあっくんあっくんあっくんあっくん――――絶対に逃がさないいいいいいいいいいいいいい!!」
血走った目で全裸の瑠璃姫が襲いかかり、敦盛は彼女を殴り倒す為に拳を握りしめるのであった。
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