第41話 溺れていく
ふと敦盛は目を覚ました、あれから何時間、監禁されてから何日経っているのだろうか。
鏡を見ずとも分かる己の憔悴、そして違和感に気づく。
「ベッド……? 椅子から解放されてるッ! 俺は自由――――、じゃないな。何だこれSMグッズか? ご丁寧に鎖で繋ぎやがって」
両足首には歩幅を制限する皮の枷と鎖、両手首にも同じく。
首にも同じく首輪と鎖、その延びる先はベッドで。
「…………一応飲み物は置いてんのか、なら問題は」
上半身を起こした敦盛は、視線を股間に。
そこには鉄のパンツ、つまりは貞操帯である。
意図は不明だが、以前と変わらず排泄の自由が無いのは確定で。
「体、重いなァ……」
これは果たして改善されたのか悪化したのか、ため息共に立ち上がると水が置いてあるテーブルへ。
そこには。
「あんだァ? …………おい、おいッ、嫌がらせかッ!! マジで何考えてんだッ!?」
薄い本、前に円が学校に持ち込んでいた同人誌と同じ部類かと思ったが。
両面カラー印刷を、ホッチキスで止めただけの代物。
そこまでは良い、問題は中身だ。
「……………………………………俺にこれをどうしろと?」
本当に彼女の考えている事が分からない、良からぬ企みである事は間違いないだろうが。
「どこの世界にッ、憎い相手へッ、無修正の自撮りヌード写真集を置いていく奴がいるんだよッ!!」
思わず、ぺしーん、と床に叩きつける。
「嫌がらせかッ! 嫌がらせだなッ!! わざわざご丁寧にカッターで傷つける前と後を比較させる写真を入れやがってッ!! もおおおおおおおおおおッ、俺の心が壊れるってぇーーーーのッ!!」
劣情を煽る為の仕掛け、だけではない。
これは敦盛の罪悪感を刺激する、引いては。
「見てんだろ瑠璃姫ッ!! ちょっとコッチ来て説明しやがれッ!! お前は俺の性癖まで歪めさせる気だろ絶対ッ!!」
危うい、この状況はとても危うい。
今はまだ良い、だが時間が経てば経つ程にアブノーマルな快楽を覚えてしまう。
そんな、嫌な確信が敦盛にはあった。
「もっと食い入るように見て興奮して良いのよ?」
「誰が見るかこんなもんッ!! ブン殴ってやろうかコンチクショウ!!」
「どうぞ」
「あ゛あ゛ん゛ッ!?」
「だから、――どうぞ? アタシはアンタを傷つけた、だからアンタもアタシを殴る権利があるわ」
部屋に入ってきた途端、さあどうぞと微笑む瑠璃姫。
だからといって、本当に殴る訳にはいかない。
それは先のカッターナイフの二の舞、敦盛の心をトコトンまで歪める策略だ。
「…………今日の所は勘弁してやる、その本モドキ回収して出てけ」
「イヤよ、それはあっくんへのプレゼントだもの。断ったら今のアタシの体の床にも壁にも天井にも張り出すわ」
「俺をノイローゼにさせる気かテメェッ!? ………………分かった、分かったからもう出ていってくれよ。疲れてるんだ」
元気に言い返して居たとはいえ、所詮は空元気。
全力で何時間も走った後のように、全身が気怠い。
それに彼女が現れてから、呼吸が荒くなったようにも思える。
(――また妙なモン持ってきたな、今度はそれでどんな責め苦を与えるつもりだっての)
彼女が手に持つは、水の入った洗面器。
そして腕には、タオルが二枚引っかけられて。
いつもの様に胸元が大きく開いたゴスロリだが、包帯まみれなのが痛々しくて。
「………………けッ」
「そんなに怯えなくても大丈夫、今日はそんなに激しい事はしないわ」
「激しいことはしないって、つまり激しくなけりゃ何かするんだな? はッ、大方それでお前の体を拭けってか? ついでに傷薬でも塗んのかよ」
「逆よ逆、気づいてないの? アンタ、アタシとセックスしてから一度もお風呂に入ってないでしょ。いい加減臭うわよ」
「誰が監禁したと思ってるんだッ!!」
「だから責任もってアンタの体を拭いたげようってんじゃん、さ、大人しくしなさいな」
「ち、近づくんじゃ――――」
「はいはい、落ち着いてあっくん」
慌ててベッドに逃げようとした瞬間、敦盛は足の鎖を忘れていた所為でバランスを崩し。
ぽす、と先回りした瑠璃姫の胸の中へ収まる。
彼女はそのまま彼を優しく抱きしめると、ぽんぽんと背中を叩き。
「よしよし、よしよし。……ね、落ち着いてあっくん。アンタは自分で思った以上に疲れてるのよ? かなり酷い顔してるもの」
「…………放せ」
「知ってる? 今のアンタは睡眠不足でもあるの、眠ったと思ったらすぐに魘されて起きて、まともに熟睡出来てないのよ」
「…………優しい台詞で俺を籠絡するつもりか? 騙されないぞ洗脳のやり口じゃねぇか」
「でも体は正直よ? だって今なら力付くで振り払えるのに、素直に抱きしめられたままじゃない」
「ここで抵抗して、体力が奪われるのが嫌なだけだ」
「ふふっ、そういう事にしておいてあげる。さ、座って」
気持ち悪いぐらいに瑠璃姫は優しく、それが嫌だと思えないのが、辛い。
敦盛は未だ彼女への気持ちを捨てきれないのに、むしろ想いは高まっているというのに。
(隣に居るのに、なんでこんなに遠いんだよ……ッ)
敦盛の気持ちは届かない、だというのに、この優しさが偽りだと確信出来るのに。
背中を拭く手つきに、彼女の慈しみを感じてしまう。
勘違いしてしまう、――まだ、手遅れじゃないと。
「ごめんね、あっくん。……可哀想にトラウマになったのね、アタシの包帯が視界に入る度に顔を反らしてる」
「…………」
「ねぇ覚えてる? アンタのこの体が、アタシを愛したのよ? がむしゃらに腰を振って、手の痕が残る程強くおっぱいもお尻も掴んで」
「…………」
「嬉しかった、嬉しかったのあっくん、信じて……」
ぎり、と敦盛は歯ぎしりした。
彼女は本心から言っている、敢えてその前にある「復讐という主語」を抜かして。
彼がそれを理解しているのを知って、思い出さそうとしているのだ、一番幸せだった瞬間を。
(こんな、こんな言葉でッ、俺は……畜生、何でこんなに…………)
優しい言葉が心に染み渡る、彼女の体温が、変わらぬ匂いが。
柔らかな体が、敦盛を癒していく。
全てが、偽りだというのに。
(……早く、終わってくれ)
そうでなければ、彼女を抱きしめて愛を囁いてしまう。
ただの悪夢だったのだと、勘違いしてしまう。
飴と鞭に、飼い慣らされてしまう。
永遠の様な、数分が終わり。
「そうだ、記念撮影するわよ。外向けのアリバイは残しておかなきゃいけないもの。――断らないわよね?」
「…………好きにしろよ」
拒否したら、何が飛び出てくるか分からない。
遅蒔きながら、その為に体を拭いたのだと理解した敦盛は。
ルンルンと服を取りに行った瑠璃姫の後ろ姿を、溜息と共に見送ったのであった。
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