第16話 秘密を暴け/隠せ



 そして次の日、瑠璃姫はまともに登校した。

 これには彼女の父もニッコリであったし、賑やかだが大きな波乱も無く放課後からの帰宅へ。


「あ? 何で今日も俺の家に居んだよテメー」


「は? アタシが何処にいようと勝手でしょ、だいたい今月の家賃はアタシが払っといたし、そもそもアンタの役目は何? ペットでしょ。なら飼い主であるアタシが居る権利があるってもんよ駄犬盛」


「牛丼みたいな罵倒してくるんじゃねェ!!」


「はいはい、あっちゃんは吠えるのが得意なわんちゃんでちゅねぇ~~っ。――ほれ、とっととメシ作りなさいよ。アタシは仕事あんだから」


「メシ出来たら呼ぶから自分の部屋でやれよ隣だろ……」


「なんか言った?」


「…………ハラ空かせて待ってろ」


 そうしてキッチンに行った敦盛であったが、そもそも昨日の今日である。

 まだ料理は残ってるので新しく作る理由は無い、単に彼女の真正面から向き合うのが気まずいだけである。


(恨むぜ奏さぁああああんッ!! 目を合わせて話すだけでも何か緊張するじゃねぇかッ!!)


(はっ、魂胆は分かってるし。もう校舎裏での会話は知ってるのよ、――さぁて、どう弄んでやろうかしら?)


(嫌な予感がする、だいたい仕事すんなら自分の部屋の方が機材そろってんじゃねぇか。つかほらァ、なんもしてねーし)


(ふふふっ、あっくんの不幸はアタシの幸せ~~。晩ごはんも美味しくなるってもんよっ! 問題は出方ね、失恋とアタシへの恋心…………いやその前にアタシを本当に好きなのかを確かめないとねっ)


 くしし、という笑い声に敦盛は背筋を震わせ。

 瑠璃姫はニヤニヤと台所に立ち尽くす彼の背中を見つめる、彼女だって把握しているのだ今晩の為に料理する必要なんて無い事を。

 その事に遅蒔きながら気づいた彼は、故に直感する、己が相手の罠にかかっているという事実を。


(まさか――バレてるのかッ!? どこから? 奏さんッ!? い、いや落ち着け、確かに二人の仲は良いがあの奏さんがわざわざ話す――…………あ)


 敦盛は思い出した、あの時、フられた後から教室に入る前の間。

 果たして彼女は何と言っていたか?


(応援するって、俺との仲を応援するってッ!? 何処まで話した? クソッ、瑠璃姫はポンコツだが察しの悪いヤツじゃないッ!! むしろ昔から妙に鋭いッ、まるで側で見てたか聞いてたかしてた様な鋭さを持つ女だッ!! ――――気づかれている、そう考えるべきだ)


 無意識におたまを握りしめながら、敦盛の頭脳は冷え切って回り始める。

 ならば、ならば、ならば、それを前提に動くべきだ。

 失恋と好意、この先を考えると。


(俺が奏さんにフられたのは遅かれ早かれ竜胆や円にも伝わる筈だ、それによってペット業務に支障は出ない、……だが)


 好意、それだけは不味い。


(まさか――アイツはこの事態を見越して最初にルールを変えた? 何故だ? 決まってる俺を弄ぶ為だ、何の為に、アイツは…………俺と恋人になるのを望んでいない?)


 浮かんだ考えは、敦盛に妙な冷や汗をかかせた。

 なんだかんだ言って、彼女とは普通の幼馴染みより親密な関係にあると言えよう。

 そして今、ペットと主人という新たな関係になった。


(関係を維持するという観点から見ると、アイツも俺にそれないの好意を持っていると言える)


 もしかして、もしかすると。


(――――アイツは俺に好きだと言わせてマウントを取ろうとしている、か?)


 自然と心が跳ねる、これはもしや甘酸っぱいアレコレな関係で青春なソレなのではと。

 となれば、絶対に瑠璃姫は失恋と好意の両方でからかって来る、そうからかってくるだけである。


(………………おっぱいかケツ)


 おたまをそっと置き、指をわきわきさせる。

 おっぱいだ、ケツだ、何か理由をでっち上げて――揉む。

 そうすれば瑠璃姫は慌てるだろう、彼女への好意も追求するのを忘れる筈だ。


 ――彼の空気が変わった事を、彼女は敏感に察知していて。

 振り返った敦盛と瑠璃姫の視線が交わる、ソファーに座る彼女とキッチンの彼と彼我の距離が縮まる。

 そして彼は彼女の隣に座ると、その白いたおやかな手を取って。


「聞いてくれ瑠璃姫、話したいことがあるんだ」


「へぇ、改まってなんの話? 告白でもする?」


「――気づいてんだろう。俺が奏さんにフられた事」


「ええ勿論知ってるわ、それで? アタシにアンタを慰めろって?」


「そうだ、……俺は今深く深く悲しみに包まれている、だから」


「おっぱい揉む? それともお尻がいいの?」


「ああ、だから――――……………………はい?」


「さ、揉んでアンタが癒されるなら揉みなさいよ。幼馴染みのよしみで今日だけは許してあげる」


 予想だにしない台詞に、敦盛は雷に打たれた如く盛大に固まった。

 大口を開ける様を見て、瑠璃姫はそっと彼の手を己の胸に触れるかどうかの寸前まで誘導する。


(ば、バカなァアアアアアアアアアアアッ!? これは罠ッ、罠だ分かってるッ、だが言葉が出てこないッ!!)


「ふふっ、なんてマヌケな顔してるのよ。言ったでしょう飼い主としての責任があるって」


「い、言ったかそんな事ぉ!?」


「声裏返ってる、まぁアタシの気まぐれに感謝しなさいよ大サービスなんだから。普段あれだけ揉む揉む言ってるんだから嬉しいでしょ? ね? ね?」


「――誰だテメェッ!! 瑠璃姫を何処にやった偽物だなッ!! 俺の瑠璃姫を返せッ!! 瑠璃姫はそんな事言わないッ!!」


「言っておくけど、揉んだらアンタを金輪際性的な接触しないから。だって契約違反じゃない。さ、揉みなさいよ、何なら一時間でも二時間でも丸一日でも好きなだけ揉みなさい、でもこれっきり、アンタとアタシはこれっきりで――幼馴染みじゃない、只のペットと飼い主」


「~~~~~ッ!? ばッ!? お、おまッ!? ~~~~~~ド畜生オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 やられた、先手を打ったつもりが完璧に遅れを取った。

 そして何より。


(分かんねぇッ!! コイツ何考えてるんだよッ!! 俺を慰めたいのか弄びたいのか誘惑してんのか全然理解出来ねぇッ!!)


 敦盛は歯を食いしばって血の涙を流しながら手を魅惑のおっぱいから離して。

 そして、男らしく言い切った。


「――――ご主人様、この哀れな失恋ペットに膝枕のサービスとか如何でしょう、かッ!! おっぱいとかケツとかエッチな接触じゃなくてッ、なんか青春の一ページな感じの思い出でペットとして癒して貰えませんでしょうかねぇッ!!」


「どうしてそうなるのッ!? そこは性欲に負けて揉んで一生後悔して生きるとか、我慢して無様を晒して玩具になるとかしなさいよッ!!」


「は? お前が言ったんだが? 飼い主としての責任があるって、ペットのメンタルケアも飼い主の責任だろ? それに俺は今、失恋してエッチな事で癒されないから、エッチとは程遠い青春的行為で癒されたいだけだから」


「だからって何でアタシが膝枕しなきゃいけないのよッ!! そもそも勝手に失恋したのはアンタじゃないッ!!」


「そこを何とか――頼む、お前を美少女として、幼馴染みとして、そして何事も経験豊富な天才として頼んでいるんだ。はよ膝枕しろお腹ぷにぷに女、テメーのそのお腹を枕にしても良いんだぞ?」


「バカでしょアンタッ!? それが頼む態度なのディスってるだけじゃないっ!! だれが絶対そんなコトするかっ!!」


「成程、俺が膝枕でエッチな目で見る事を心配してるんだな?」


「誰がそんなコト言ったのよっ!? つか話を聞きなさいっ!!」


「その疑念は理解できる、なら――全裸になろう、そして証明してみせるッ、俺は膝枕で勃起する男じゃねぇと!!」


「おわああああああああああああああっ!? 服を脱ぎ出すなブラブラさせないでっ、分かったかっ、分かったからナニを回すなぁああああああああああ!!」


「おし、膝枕ゲットー」


「せめて服を着てからにしなさいよっ!?」


 かくして、敦盛は全裸で恋人でもない美少女に膝枕してもらうという偉業を成し遂げた。

 その偉業による安寧は夕食時まで続くと思われたのだが、あわれチン長を計りだした瑠璃姫によって第二次チン長ウェストサイズ戦争が始まりによって、終わりと告げたのであった。


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