第12話 ラブイズオーバー/芽生えた感情
「ちょっと場所を変えないか?」
「ええ、校舎裏で良い?」
「屋上の方が(告白が成功しそうな)雰囲気出て良いんだが」
「そう校舎裏の方が(告白をフる)雰囲気が出て良いと思うのだけれど」
「奏さんがそう言うなら喜んでッ!!」
という訳で二人は無言で昼食の残りを急いで食べると、妙な緊張感の中で校舎裏へ。
途中、何かに感づいた者達が敦盛を哀れな犠牲者を見るように敬礼していたが大きなお世話だ。
(俺は奏さんと恋人になってみせるってーのッ!! いや実は欠片も可能性感じてないけどさッ!! でも好きじゃん、先に封殺される前に言うしかないじゃんッ!!)
福寿奏と初めて会ったのは、高校の入学式のその日だった。
桜が舞い散る中、新入生の誰かを見つめる切ない瞳が気になって。
(一目惚れだったんだ……)
同じクラスになって、隣の席になって運命を感じた。
最初は見ているだけだった、だから彼女の視線の先も直ぐ理解してしまって。
でも分からないフリをしていた、だってその先には友人となった竜胆の姿があって。
(アイツは良い奴だ、けど奏さんの思いに答えないならさ……俺にもチャンスがあると思うじゃん)
女子達の噂を立ち聞きした事がある、中学の時に彼女が竜胆にフられている事。
そして、竜胆のカノジョが奏の双子の姉だった事も。
(俺は、その痛みを癒してあげられたのかな)
少しぐらいは、そうだったかもしれない。
でもきっと、彼女の心の支えになっていたのは竜胆で。
(いやいやいやッ、なに告白する前に負けた気分になってるんだ俺ッ! 大切なのは当たって砕けろの精神ッ! 本当に砕けるつもりは無いけどッ!!)
一歩一歩、校舎裏に近づいていく。
彼女との二人っきりの時間が、関係が変わる決定的な時間が来る前のこの時間が、永遠に続いて欲しいとさえ思える。
けれど、それは直ぐに終わりが来て。
「二人だけね早乙女君、それでこんな場所で改めて話す事って何かしら?」
「分かってる癖に、俺が思ったより意地悪なんだな奏さんは」
「幻滅したでしょう」
「いいや、惚れ直した。だから――正式に言わせて欲しい事がある」
「……」
神妙な表情の敦盛に、奏も先手を打って断るなどと無粋な事をせず。
これは儀式なのだ。
彼にとって、彼女としても、どうにもならない感情に区切りをつけて前に進む儀式。
「福寿奏さん、貴女が好きです。入学式の前に見かけて一目惚れしてからずっと、貴女の事が好きです。竜胆を見つめる奏さんの目、とても綺麗だったけど辛そうだった。俺はそれを癒したいって思ったんだ――誰よりも幸せにします、俺と恋人になってください」
普段の彼らしくない率直で真摯な言葉、それに虚を突かれ奏は目を丸くした。
彼女の心に、少しの嬉しさと罪悪感が入り込む。
(――――そう、早乙女君は私の事を本当に好きだったのね)
反省する、彼の好意はもっと軽い気の迷いの様なものだと勝手に思っていた。
普段の態度から、てっきり顔や体だけが好みだから。
もっと言えば瑠璃姫と、白と黒、正反対の容姿だから当てつけの様に好意を寄せられていたのだと。
「…………答えを、貰えないか?」
だからこそ、ちゃんと答えないといけない。
だからこそ、覚悟しないといけない。
己の大切な、でも浅ましい思いを貫く為に。
――敦盛は顔を真っ赤にして、心臓が飛び出そうな程緊張して彼女の答えを待った。
そして。
「ごめんなさい。早乙女敦盛君、私は竜胆が好きなの。愛しているの。だから貴男の事は友人でクラスメイトで、竜胆の親友以上には見れないの」
「…………やっぱりかァ。あー、クるなこれ……、なんだコレ、死んじまいたいぜ」
「本当にごめんさい」
「もう一度考え直して貰えるチャンスとかって、ある?」
「…………いえ早乙女君? 貴男意外と引き際悪くない?」
「いやでも好きだし、はいそうですかって引き下がるのも違くない?」
「普通はそれで良いと思うわよっ!?」
「まぁ、奏さんも迷惑だと思うからさ…………おっぱい揉ませて貰えれば、思い出にして振り切る」
「晴れやかな笑顔で言わないでッ!! ちょっと見なした私がバカみたいじゃないッ!!」
「うるへェ!! 男子高校生の性欲舐めんなよッ!! フられた以上ッ!! そもそも学食で俺の好意を利用して竜胆をくっつこうてるじゃねぇか!! テメーの扱いは瑠璃姫レベルだ容赦はしねェ!! おっぱい揉ませろォ!!」
豹変した敦盛に、奏は思い至った。
彼は確かにセクハラ男だが、料理と奏への思いには真摯であった。
そしてクラスのムードメーカーでもある、だからこの言動は。
「…………もしかして、私を気遣ってセクハラを?」
「見抜いても言うんじゃねぇよッ!? 俺がピエロじゃんかッ!! ――だがな、覚えておけよ。男子高校生の脳味噌は性欲で出来ているという事をッ!! おっぱいさえ揉めれば解決出来るって事をよォ!!」
「瑠璃姫と竜胆と樹野君に言いつけるわよ」
「はッ、それがどうしたッ!! ビビると思ってんのかマジでやめてください、ごめんなさいッ!! ああ見えて竜胆はお前の事となればガチギレするし円は問答無用で殴ってくるし、瑠璃姫には生命線握られてるからもはや家を喪うレベルでヤバイんだってッ!!」
「ふふっ、ありがとう早乙女君。これからもお友達でいてね、お詫びと言っちゃなんだけど、瑠璃ちゃんにおっぱい揉ませてあげる様にさりげなく言っておいてあげるわ」
「あ、それは断る。アイツのセクハラするのはマウント取る一貫であって、確かに欲情はできるが精神的にダメだ」
「…………成程ねぇ」
「え? その何もかも分かってます素直じゃないんだからって顔は何ッ!? 違うぞッ!? マジで違うからなッ!?」
慌てた敦盛に、奏はくすくすと可憐に笑って。
それは彼にとって、見惚れてしまう程に美しく。
(駄目、駄目ね……、覚悟が出来てると思ったけど。私には駄目ね、早乙女君を利用は出来ない。こんな顔で見てくれる純粋な人を利用したら、竜胆に顔向け出来ないわ)
「…………おーう」
「ふふっ、どうしたの変な顔して、――そうそう、食堂で言った事は取り消すわ。優しい早乙女君を利用したら、きっと私は駄目になる、……思いとどまらせてくれてありがとう」
「俺は何もしてねぇぜ、テメーが勝手に思い直しただけだ」
「それでも、よ」
告白する前よりさっぱりした彼女の表情に、敦盛はため息を一つ。
自分でも愚かしい申し出だとは思うが、フられても彼女の事はまだ好きだし、親友の事も大切だ。
「なぁ、別に撤回しなくても良いぞ」
「え?」
「デートは要らん、俺は瑠璃姫のお守りで手一杯だ。その代わり貸し一つだ後で利子つけて返せ」
「良いの? 私の事を好きなのに竜胆との仲を応援してくれるの?」
「好きな人、だからな」
胸を張って告げる敦盛に、奏は女として直感した。
確かに彼の己への好意は本物だった、だが――この切り替え方、虚勢混じりとはいえ立ち直りの早さは多分。
「さ、教室に帰りましょう早乙女君」
「一緒に帰ったら竜胆に誤解されるかもしれないぜ!」
「それは無いわね、あのヒトは私の好意を受け入れない癖に、自分を愛してるままだと確信してるクソ男だもの」
「ああ、そんな節あるわ竜胆には」
そして教室の前、彼女は足を止めると振り向く。
何事かと敦盛が思った瞬間。
「気づいてない様だから言うけど、早乙女君って実は私より瑠璃ちゃんの方を大切に思ってるわよね」
「え? はぁッ!?」
「早乙女君はセクハラ多いけど、体に直接触れるのは瑠璃ちゃんだけよ」
「ご、誤解だッ!?」
「そこで誤解って言えるあたり本当に気づいていないのね、じゃあオマケで言うけど……午前の授業中、私より多く瑠璃ちゃんの事を見てたし、瑠璃ちゃんも貴男の事を見てたわよ」
「ふわッ!? え、あ? ああああんッ!? どういうこったよッ!?」
「ふふっ、早乙女君の言ったとおり協力してもらうわ。でも私も応援する、協力しあいましょ」
「ななな、な、な、なッ!?」
動揺する敦盛を置いて彼女は教室に入る、残された彼は愕然と口を大きく開けて。
「なああああああああああんでだああああああああああああああああああああああッ!?」
瑠璃姫を見て、頬を赤らめて叫ぶ事しか出来なかった。
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