第7話 終わりの時間の隣の話
あれは去年の秋、一週間後に文化祭を控えた日の事だ。
珊瑚がとある事情から遊園地のチケットを入手し、彼女と俺と宗佐、月見、そして木戸と桐生先輩の六人で遊園地に遊びに行くことになった。
その際、最後に乗った観覧車で桐生先輩は宗佐に告白した。……のだと思う。
二人がどんな会話を交わしたかは俺には分からない。だが『桐生先輩は芝浦と二人きりになりたがっていた』という木戸の話と彼女の性格を考えるに、告白し、そして気持ちは叶わず終わったのだろう。
そうして観覧車を降りた後、桐生先輩は違うエリアを見に行くと木戸を連れて別行動をとった。
「俺もやっぱり普段通りとはいかなくてさ。なんか当たり障りない話しかできなくて空回って……。しばらくは殆ど喋らずにベンチに座ってたんだ」
眩いイルミネーションに反して、なんとも言い難い空気が続く。
そんな中、桐生先輩がおもむろに立ち上がった。
『せっかくだし見て回りましょう』
促す声や口調は普段通りのものだったらしいが、それが取り繕ったものだというのはその場に居なかった俺だって分かる。
それでも木戸は言及する事はせず、桐生先輩が望むのならばと同意して立ち上がったという。
そうしてイルミネーションの中を歩く。
桐生先輩と木戸が行ったエリアは海を模しており、周辺一帯が青で統一されていた。
俺も後から写真を見せて貰ったが、オブジェもイルカやペンギンといった海の生き物が多く、それが青い光の中で輝く様はまさに海だった。
「その中で、桐生先輩が一か所で立ち止まってたんだ。イルカのイルミネーションをじっと見ててさ……。『芝浦と二人でこれを眺めたかったんだろうな』なんて考えたら、俺も声が掛けられなくて」
声を掛ける事も躊躇われ、かといって置いていく気も無い。桐生先輩の胸中を思えば先に進むように促す事も出来ない。
さぞやもどかしく歯痒い思いだったろう。
好きな人が、自分ではない誰かを想い胸を痛め、それを自分は何も出来ずにいるのだ。想像するだけで俺さえも息苦しさに似た痛みを覚える。
そんな木戸に対し、桐生先輩はゆっくりと振り返り……、
『ねぇ、これ家のコンセントで点くと思う?』
と、真顔で尋ねてきたという。
「購入を検討してる……。で、お前はなんて答えたんだ?」
「『コンセントで対応できると思いますけど、購入の際は絶対に一度ご家族と相談してください』って言っておいた」
「よくやった」
ナイス判断、と褒めれば木戸が頷いた。
もっとも、頷きつつも微妙な表情を浮かべているのだが。
「その後もしばらくイルミネーション眺めてたんだ。基本的には普通に正面から眺めるだけなんだけど、たまに立ち止まってイルミネーションの裏側見ようと覗き込むんだよな……」
「コンセントの確認か」
「あぁ、しかも裏側見ながら『これなら……』とか呟くんだよ。そのたびに家族と相談するよう念を押した」
そんなやりとりを幾度か繰り返し、頃合いを見てエリアを離れたという。
その後は遊園地を出て、近くにあるカフェスタンドで俺達を待ち、合流して帰宅した。
まさか俺達と別行動をしている時にそんなやりとりがあったとは……と、なんとも言えない気持ちを抱けば、木戸も俺の胸中を察したのか肩を竦めた。
『言われずとも分かる』とでも言いたげな表情だ。
「まぁ、ずっと悲しんでいられるよりは良かったけどさ。あの状況で泣かれて、そのうえ『芝浦君を諦められない』なんて言われたら、さすがの俺でも心が折れ……、はしないだろうけど、辛いもんは辛いし」
さり気なく不屈さを漂わせつつも、木戸が歯痒そうに苦笑する。
だが次の瞬間、「それで」と話を改めると、一転して表情を緩めた。先程の間の抜けたにやけた表情だ。
いったいどうしてこの流れでにやけた笑みを浮かべるのか、と怪訝に見ていると、木戸がソファの間にあるローテーブルに置いた携帯電話へと視線をやった。つられて俺も視線を落とす。
そういえば、そもそもの話題は木戸と桐生先輩の会話についてだった。
卒業旅行で水族館へ行くという木戸に、桐生先輩は『高校生のくせに生意気』と返事をした。携帯電話に視線を落とすあたり会話ではなくメッセージでのやりとりなのだろう、
そんなやりとりから、木戸が『桐生先輩は羨ましいのでは』と話したのだ。
なるほど、確かに遊園地での一連のやりとりを聞いた後だと、木戸の考えにも頷ける。
イルミネーションのイルカを本気で欲しがって購入を検討するような人ならば、リニューアルしたての水族館は羨ましいに違いない。
その果てに木戸への『生意気』発言があるのだと考えれば納得がいく。……納得がいくと同時に単なる八つ当たりだとも判明するのだが、木戸の場合、桐生先輩の八つ当たりならば喜んで受けるだろう。
そんな事を考えつつ、俺は視線を上げて木戸を見ることで話の先を促した。
相変わらずにやけた表情だ。話の先は気になるが、そのためにはこの顔と向かい合わなければならないのか……。
「それで、桐生先輩が水族館を羨ましがってるって分かってどうしたんだ?」
「そこでお土産の話だ。普通に買っていっても受け取ってもらえるかは微妙なところだろ」
「あぁ、そういえばクリスマスプレゼントも全面受け取り拒否って言ってたもんな」
去年のクリスマス、桐生先輩は男達からのプレゼントを先手を打って拒否していた。
釘を刺された木戸曰く、『一方的に貰うのも嫌だし、かといって返すのも面倒だからいらない』とのこと。桐生先輩らしく、そして男からしたら酷な話でもある。
もっとも、桐生先輩がここまできっぱりと断るのは木戸だけなようだ。彼女を慕う他の男達は『負担になると悪いから』だの『その気持ちが何より嬉しい』だのと断られたらしく、そんな気遣いもまた魅力だとーー聞いてもいないのにーー語っていた。
「確かにクリスマスの事を考えれば、お土産も受け取ら無さそうだよな」
「そうだな。うん。クリスマスなぁ……」
どういうわけか、木戸の表情が更に緩んだ。
より気色悪さが増す。だがいったいクリスマスがどうしたのかと問えば、わざとらしく「いや何でもない」と誤魔化してきた。
わけが分からない。聞いているこちらは疑問が募る一方で、まったくもってすっきりしない。
それが顔に出ていたのか、緩んだ表情で何かを思い出していた木戸がはたと我に返り、再び話を改めて本筋に戻した。
「桐生先輩が水族館を羨ましがってるなら、これはチャンスだと思ったんだ。だから『水族館で何か買ってきます』って。あえて水族館を強調した」
「なるほど。確かに効果があるかもな。で、返事は?」
「『いらない』のたった一言……。ただし!」
木戸の声が弾む。
「文の末尾でイルカの絵文字が跳ねてた!」
高らかな宣言に、俺は思わず一度瞬きをしてしまった。
『いらない』というそっけない言葉。その末尾で跳ねるイルカ……。
なんとも言えない温度差ではないか。桐生先輩らしくない、と思えども、反面、桐生先輩らしいとも思えてしまう。
そのうえ、それ以降文面こそ変わらず冷たいが必ず末尾にはイルカが跳ねているらしい。
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