第5話 桜まんじゅうはより怖い
「男子ってどこの店でも食べてるね」
とは、苦笑を浮かべる西園。その後ろでは月見と委員長がパンフレットを片手に店内を眺めている。
聞けばこの店は有名な和菓子屋で、観光ガイドにも頻繁に取り上げられている程らしい。
「知らないで食べてたんだ」と西園が呆れの色を強めた溜息を吐くが、勘と嗅覚でこの店に辿り着いた俺達にはフォローのしようがない。
そうして彼女達は隣のテーブルに鞄を置き、なにを食べようかと話し合いながらレジへと向かっていった。
誰一人として荷物番に残らないのは、きっと俺達に見張っていろということなのだろう。
「このお店、桜のお菓子が有名なんだよ」
会計を終えて月見がテーブルへと戻ってくる。彼女が手にしているトレーには、桜の花びらが乗った桜色のまんじゅうとサービスのお茶。
この店の一番人気の商品らしく、全員が同じものを買い、可愛い綺麗と黄色い声をあげながら写真を撮りだした。
その情報を聞いて改めて店内を見回せば、なるほど確かに桜まんじゅうの売り場は一際目立っている。
テレビ番組で紹介されたというポップは一つや二つではなく、更には実際に芸能人が訪れもしているようで、写真やサイン色紙も飾られている。見ている最中にも新たな客が訪れ桜まんじゅうを買っていくのだから人気は相当だ。
桜色をしたまんじゅうの上には塩漬けされた桜の花が乗せられ、なんとも春らしい。見ているだけで華やかだ。
中には桜餡が詰められており、試食した際には桜の香りと甘さが絶妙だった。確かに一番人気なのが納得の一品である。
その話を聞いていた宗佐がくるりとこちらを向いた。
「健吾、さっきあれ試食して買ってたよな。どうだった?」
「うまかった」
「……そうか。お前には生涯グルメリポートの仕事はこないだろうな。中の餡子が桜らしいけど、それはどうだった?」
「あぁ、うまかった」
「……うん、そうか。でも買ってるってことは本当に美味しかったんだな」
宗佐が俺の手元にある紙袋に視線を向けてくる。
先程買った桜まんじゅう。紙袋にも桜が描かれており土産物らしい。見れば月見や西園達も買ったようで同じ紙袋を手にしている。
それを見て宗佐が立ち上がった。
「俺も家のお土産に買おうかな。桜餡なら珊瑚が喜びそうだし」
宗佐がポスターを眺めつつ独り言のように呟けば、誰もが平然とそれを聞く。
だが俺だけは待ったを掛けた。
「宗佐、これ妹に買ったんだ」
テーブルに置いていた紙袋を軽く掲げて見せる。
「なんだ、それ珊瑚にか」
「あぁ、老人会はこっちの方には来ないって言うから。何が欲しいか聞いたら『まんじゅう怖い』って返ってきてさ」
「落語かぁ、高校生には難しいよな。寝てなきゃいいけど」
「さすがにお前じゃないからちゃんと聞いてるだろ。落語家のトレードカードがあったらお土産にするって言うから、それは宗佐に買ってやれって伝えておいた」
「なんだよ、二人で買ってもらってトレードしようぜ」
そんな会話を交わし、宗佐が「他になにか無いかちょっと見てくる」と商品棚へと向かう。
対して俺は席についたままそれを見送り、お茶を一口飲み……、向けられる視線に気付いた。
同じテーブルについている友人達が、隣のテーブルにつく女子達が、じっとこちらを見つめている。
「うっ……」
思わず呻けば、俺に注がれていた視線が揃えたように俺の手元にある紙袋へと向かい、次いで再び俺へと向けられた。
なんて物言いたげな視線だろうか。そのうえ改めるようにもう二巡しだすではないか。しかも妙に息が合っている。
だが文句を言えば逆に言及されるのは火を見るよりも明らか。
普通なら友達の妹には土産は買わないだろう。
それも、珊瑚達の老人会もまた概ね近い地域を観光しているのだ。家族想いの宗佐ならばまだしも、『兄の友達』がその状況でわざわざ土産を買うのはおかしな話だ。
……特別に想っていない限り。
そして俺は珊瑚のことを特別に想っており、それは多分、クラスメイト達に悟られているのだろう……。
「お、俺も何か家族に買ってこうかな! うん、そうだな! 宗佐、一緒に見ようぜ!!」
慌てて立ち上がって宗佐を追いかける。
なんだか背中にやたらと暖かな視線を感じた気がしたが、今は振り返るまいと心に誓い、並ぶ和菓子だけを見つめ続けた。
元より自由な校風ゆえ、この卒業旅行もまた制限は緩い。
さすがにホテルに戻る最終時刻や消灯時間は定められてはいるものの、その間ならば好きに過ごして良いという放任スタイルである。
ゆえに時間いっぱいまで外で遊び倒そうという者もいれば、早めにホテルに戻ってゆっくりしようと考える者もいる。
それどころか、観光地にも関わらずホテルの部屋に集まってゲーム三昧な者達もいるという。旅行に行く意味はあるのかと問いたいところだが、遠方の地まで来てゲームに興じるのもそれはそれで楽しいものなのだろう。
さすがに遊び倒したりゲーム三昧のような極端なことはせず、俺達は適当な頃合いでホテルに戻ることにした。
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