幕間1(3)
時計を見れば、日付が変わるまであと僅か。テレビ画面では鮮やかに彩られた数字が残りの時間を刻んでいる。
番組の司会者がいよいよだと話せば、それとほぼ同時に出演者達がカウントダウンを始めた。
あぁ、いつの間にかこんな時間になってたのか。気付かなかった。
どうにもテレビの中の賑やかさに現実味を持てず、珊瑚に言われなければ秒読みだって実感なく見送っていただろう。
そんなことを考えていれば、残り二十秒をきったところで電話口からも秒読みが聞こえてきた。
宗佐と珊瑚と、それと母親の声。出張中の父親は結局帰ってこれなかったと以前に聞いたし、祖母は既に寝ているのだろう。
電話口の穏やかな秒読みがなんだかおかしく、俺も宗佐と珊瑚に乗せられるままにそれに加わることにした。
きっと俺の家族も今頃こうやって秒読みしているのだろう。
もっとも、父さんや母さん達は酔っぱらって寝てる可能性が高いし、双子もこの時間まで起きていられるか微妙なところだ。起きているのは兄貴と健弥とぐらいだろうか。
そんな光景を思い浮かべていると、いよいよ秒読みが佳境に入った。
五・四・三・二・一……。
そうして零と同時にテレビから一際賑やかな音があがり、画面ではどこかの地域で打ちあがっている花火の映像が流れ始めた。冬の空に鮮やかな花火が広がり、わぁと歓声があがると共に、現地に集まったのだろうダウンジャケットにマフラーという厚着姿の客達の姿が映る。
いかにも年明けの空気だ。
電話口でも芝浦家が挨拶を交わすのが聞こえてきた。
『健吾、あけましておめでとー』
「今年もそこそこよろしく」
『そこそこ!? もっとグっとこいよ! 受け止められるから! 新年を迎えた俺は万全の受け入れ体制だから!!』
「宗佐、新年早々なんだが鬱陶しいからやめろ」
冗談交じりの宗佐に返せば、場所を変わったのか、宗佐の声が小さくなり、変わるように珊瑚の『健吾先輩』という声が聞こえてきた。
僅かに緊張し、誰もいない部屋なのに背筋を正してしまう。
『健吾先輩、あけましておめでとうございます』
「あぁ、おめでとう」
『今年もよろしくお願いします』
珊瑚の声は穏やかで、きっと電話口で柔らかく微笑んでいるのだろう。
見えない事が惜しいが、それでも、こうやって年が明けてすぐに会話できることが嬉しい。
それだけで置いていかれて正解だったと思える。夜更かしして寝過ごした自分と、俺に気付かず出かけた騒々しい家族に感謝だ。
そんな会話の最中、メッセージを受信したのか携帯電話がぶるりと震えて着信音が響いた。宗佐の携帯電話も同様にメッセージが来ているようで、電話口から宗佐の声が聞こえてきた。
きっと新年の挨拶だろう。それも一人や二人ではなく立て続けに連絡が入る。
『健吾、メールきてるから電話切るな」
「あぁ、俺のほうも来てるな」
『そうだ、明日も宿題やるくらい暇なら昼にでも初詣行こうぜ』
「だからお前、宿題は暇潰しじゃなくてだな……。まぁいいや、それじゃ起きたら連絡する」
新年の挨拶こそ交わしたものの、通話を終えるときの会話はお座なりだ。
適当に「またな」だの「じゃあな」だのと交わして、通話終了のボタンを押した。
……。
再び部屋が静まり、テレビの音だけが賑やかに響く。
だが不思議と先ほどのような空虚感は無く、新年早々ふざけたことをする芸人達のやりとりが面白く思えた。
それと同時に再び携帯電話が鳴り響き、見れば着信画面には弟である健弥の名前。
『兄貴、あけましておめでとう』
「なんだ、わざわざ電話してくれたのか」
『父さん達みんな酔っぱらって寝ちまうし、兄貴達も酔っててまともに話せる人がいなくてさ』
「そりゃなんとも、置いてかれて良かったと心の底から思うよ」
『兄貴は何してんの? 寝てた?』
「いや、テレビ見てて……」
ふと、机の上に置きっぱなしにしてあったインスタントの蕎麦が目に入った。
年越し蕎麦の食い時は逃してしまったが、もとよりそこまで文化を重んじる性格ではない。いつ食べようが蕎麦は蕎麦だし、十分程度遅くても誤差の範囲だ。以前に年越し蕎麦は元旦に食べる地域もあるとテレビで取り上げられていたし、今はその風習にあやかろう。
そう考え、俺はインスタントの蕎麦を手にとって立ち上がった。
お湯は沸かしてあったし、すぐに食べられる。
「俺はこれから蕎麦を食うところだ」
『今から? ちょっと遅くね?』
電話口で健弥の笑う声がする。
それを聞きながら、俺は蕎麦の蓋を開けてお湯を注ぎ込んだ。
「良いんだよ、今食べる方が美味しいんだから」
そう言ってやれば、電話口で健弥が「意味がわからねぇ」とまた笑う。
普段より饒舌で陽気だが、新年を迎えたテンションか、もしくは酔っ払い達の宴会ムードに当てられたのか。
『それじゃ、俺もう寝るわ。兄貴、あんまりカップラーメンばっか食べるなよ』
「残念だが、カップラーメンのソムリエに会って色々と買わされたんだ」
『ソムリエ?』
「あぁ、でもソムリエの妹がサラダも買い込んでたな」
『なんだそれ、まぁ兄貴が楽しそうにしてるなら良いか』
上機嫌で話しながら健弥が就寝の挨拶を告げる。それに返せば、プツと音を立てて通話が切れた。
画面を見れば一月一日の表示。今更ながら年が明けたのだと実感が湧いてくる。
「しかし、十二月三十二日ってなんだったんだ?」
何かの謎かけか、それとも珊瑚の冗談か。
初詣に彼女も付いてきたら聞いてみようか。いや、いっそ俺から声を掛けても好いかもしれない。
スーパーで会い、更に新年の挨拶が出来て欲が出てきたようで――除夜の鐘が鳴っている真っ只中なのにこれである――、初詣も共にと期待を抱く。
明日朝一に連絡をしてみよう、そう決意を新たに、俺はお湯を注ぐと三分を計るために時計に視線を向けた。
さっきまでは食欲もなく食べる気にならなかったのに、不思議と今は出来上がるまでの僅かな時間が待ち遠しかった。
了
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