幕間1(1)

 


 毎年、年末は家族総出で父方の実家に帰る。

 電車を乗り継ぎ新幹線に乗り……と、結構な大移動だ。今年は父さんの仕事の事情で出発日が延びに延び、結局三十一日の出発になってしまった。

 大晦日なのに慌ただしいとは思いつつ、俺としてはどこにいようと子守りから逃れられないので同じことだ。




「健吾、起きなさい健吾!」


 怒鳴るような母さんの声に、布団の中で数回抗議の声をあげた。

 なんだよ、冬休みなんだから寝かせてくれよ……と文句を言いつつ、枕元の携帯電話を手繰り寄せて時間を確認する。なるほど、これは確かに怒鳴って起こす時間だ。

 今は朝の八時、出発まであと三十分。むしろもう少し早めに起こしてほしかったかもしれない……。


「ほら、さっさとご飯食べて準備して」

「はいはい」

「それと、浩介と浩司が子供部屋で持ってく玩具選んでるから、あんた監視しといて」

「げぇ……、一番面倒な役だな」


 文句を言いながらも布団から這い出て、のろのろと台所へと向かった。




 そうして食パンをかじりながら、玩具を選ぶ双子を眺める。

 後々持たされる身としては鞄に入れられるサイズが好ましく、かといって小さすぎると無くす。遊んでいても周囲の邪魔にならない大きさや、それに騒音なども考慮しなければならない。

 だが子供はお構いなしだ。移動に疲れて持てなくなることも周囲の邪魔になることも考えない。その時の感覚と遊びへの欲求だけで選ぶ。

 というわけで、監視役が必要になるのだ。


「兄ちゃん、俺これ!」

「お前、この真冬に何の虫を捕まえるんだ。却下」

「俺はこれ!」

「人生ゲーム!? 持たせられる俺の身になれ!」


 次から次へと玩具を引っ張り出してくるものの、こういう時に限ってろくなものを出してこない。


「さっさと手頃なサイズの選んでくれよ……。ふぁ……」


 思わず欠伸が出てしまう。

 そういえば昨日は冬休みだからと遅くまで起きていたな。今日のことを考えて早く寝ておけばよかった。

 どうせ新幹線の中じゃ興奮した双子を押さえつけるのに必死で一睡もできないんだろうし……。


 そんなことを考えつつ、タクシーは何台手配しただの、どうやって乗るだのと話し合う声を聞きながら、俺はゆっくりと意識を手放していった。





 携帯電話の着信音がする……。

 随分と長く鳴ってるな、電話か?


 その音で意識を戻して、俺はズボンの腰元を探って携帯電話を取り出した。

 いつのまに眠ってたのか、気付けば双子の姿はなく、散乱していた玩具も箱に戻されている。結局どの玩具を持って行くか決まったのだろうか。

 やたらと静かになった周囲を見回しながら携帯電話の画面を見れば、そこに表示されている着信相手は……。


「母さん?」


 なんで母さんから電話が?

 そんな疑問を抱いて着信ボタンを押せば、電話口から焦ったような声が聞こえてきた。


『もしもし? 健吾、あんたどこに居るの』

「どこって……」


 なんだろう、母さんの声に混ざって家の中とは思えない雑音が聞こえてくる。

 そりゃ、確かに俺の家は万年うるさくて電話し辛い状況ではあるが、流石に電車のアナウンスなんて流れてないぞ。


 ……待てよ、電車のアナウンスだと?


「え、待って母さん今どこにいるんだ!?」

『こっちが聞きたいわよ。あんたどこに居るのよ?』

「どこって……」


 そこでふと、俺の視界に壁掛け時計が目に入った。

 起きたのが八時、家を出る予定が八時半。そこから九時発の特急電車に乗って、新幹線に乗り継いで……。


 ちなみに、今時計の短針は九の数字を指している。

 九時だ……。


「母さん、俺は……」

『どこなの? さっさとホームに戻ってきなさいよ、もう電車きてるわよ』

「俺は今……」



 家にいます。


 ……これは終わった。






「それで置いていかれたんですか!? リアルホームアローンじゃないですか!」


 笑いながら話してくる珊瑚を無視しつつ、俺は買い物かごにカップラーメンを放り込んだ。蕎麦はどうするか……せっかくだから買っておくか。

 どれにするかと悩んでいると、視界の隅から腕が伸び、棚のカップラーメンを掴むと俺の買い物かごに入れてきた。


「おい宗佐、勝手に入れるな」

「安心しろ、これは本当に美味い。お墨付きだ!」


 自信満面な宗佐と、いまだに楽しそうに笑う珊瑚。

 二人に挟まれながら、俺はこのスーパーに来たことを心の底から後悔していた。




 話は一時間ほど前に遡る。


 母さんとの電話で自分が一人置いて行かれたことに気付いた俺は、家族を追いかけるか一人で家に残るかのニ択に悩み……はしなかった。

 即決で後者である。

 なにせ家に一人で居れば好きに過ごせるのだ。

 親戚に囲まれやたらと子沢山な家系の子守係を押しつけられることを考えれば、お節料理を食い逃すことなど天秤にかけるまでもない。

 家に残れば好きにテレビを見て、適当に食べて、空いた時間は本を読むなりなんなりできるのだ。手伝いも子守も強制されない、正真正銘、自由な時間だ。


 そう考え、俺はひとまず近所のスーパーへと向かった。

 家族が戻ってくるのは三日、その間の食料はない。ちなみに金はといえば、母さんが電話口でこっそりとへそくりの隠し場所を教えてくれた。――ちなみに、意外すぎる隠し場所に「良いことを聞いた」と脅しをかけてみたのだが、逆に「今回の件以外でそのお金を使おうとしたら、あんたの机の引き出しを開けるわよ」と言われて平謝りする羽目になった。引き出しは絶対に死守しなければ……――


 そんなわけで、臨時金を得た俺は近所のスーパーに食糧調達に向かったわけだ。

 といっても別に正月だからといってご馳走を食べたいとも思わないし、片付けを考えると手軽に弁当やインスタント食品の方が良い。

 そう考えていくつか漁り、たまたま買い出しに来ていた芝浦兄弟に出くわした。

 宗佐には大晦日に出発することを話してあるので当然彼等は不思議に思うわけで、それに対して俺がバカ正直に朝からの一連を話し、珊瑚が笑いだして今に至る。



「健吾先輩、くれぐれも泥棒には気をつけてくださいね。あ、でも家に玩具がいっぱいあるから撃退できますね。ふふ、くっ……ふふふ」

「妹、笑いたいならいっそ笑え」

「あ、健吾これも買え! これに生卵入れると絶品だから!」


 片や分かりやすいほどに笑いを堪えながら、片や人の買い物かごにあれこれ突っ込みながら、それでも芝浦兄弟は俺の後を付いてくる。

 というか、付いてくるどころか律儀に俺を挟んで隣を歩いている。


「というか、お前ら自分たちの買い物はいいのか? さっさと買って帰れよ」

「俺達の買い物はもう終わったもんな。なぁ珊瑚」

「そうですよ。だから仕方なく、寂しい健吾先輩に付き合ってあげてるんです。ねぇ宗にぃ」


 芝浦兄弟が仲良く顔を見合わせる。

 本当に血が繋がっていないのか調べたくなるほどの息の合ったやりとりではないか。悪戯っぽく笑む顔までそっくりである。

 なんて居心地が悪いのか……。


 だが今の己が面白い状況下にあることは自覚している。

 俺だって、仮に友人がこの状況にあったとしたらきっと笑っていただろう。もしも宗佐だったなら大爆笑して、写真を撮って、友達に言い触らしていたに違いない。……と、携帯電話で俺を撮って「皆に知らせよう」と話す宗佐を睨みながら思う。


 となれば、ここは下手に文句を言うより、早急に買い物を済ませるべきか。

 そう考えた矢先、また一つ俺の買い物カゴに商品が追加された。今度はパックに入った総菜だ。買い物カゴを覗いた珊瑚がふむと考え込み、「野菜も食べましょう」とサラダを取りに行った。




 そのまま芝浦兄弟はご丁寧に最後まで俺の買い物に付き纏い、会計に並べば離れるかと思いきや、袋詰めまで手伝う始末。悉く同行するつもりのようだ。

 だが袋を買おうとしたところ、珊瑚がエコバッグを貸してくれたのは助かった。もちろん猫の柄で、猫の顔のポーチから得意げに袋を広げる彼女は相変わらず猫愛に溢れている。

 そうして、結局互いの家への分かれ道までなんだかんだと喋りながら帰り、俺達はそれぞれの帰路についた。

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