第13話 クリスマスがもたらすもの
恥ずかしさで唸りながらも贈る相手を伝えれば、西園が満足そうに笑った。
だが次第に彼女の表情から楽しそうな色が消え、ゆっくりと視線を落とす。深く息を吐くと辛うじて程度に微かな作り笑いのみを残した。
彼女の手元では煌びやかな髪飾りが店の明かりを受けて輝いている。だがそれを見つめる西園の瞳は切なげで、ポツリと小さく「珊瑚ちゃんかぁ」と呟いた。消え入りそうな声だ。
「……クリスマス?」
「あぁ、当たったから誘った」
「そっか、珊瑚ちゃんは敷島と行くんだ。……ちゃんと誘ったんだね」
「そりゃあクリスマスだからな」
さすがに一連の流れを説明する気はおきないが、それでも直接珊瑚を誘ったのだと話せば、西園が「そっかぁ」と明るい声を出した。
その声は普段通りのものだ。気風の良い彼女らしくあっさりとしていて、そのうえ「頑張ったじゃん」とまで言ってくる。……だがその声はどこか空元気な色を含み、俺に対してというより、自分を納得させるかのような色合いを含んで聞こえた。
髪飾りに落とされる視線は切なげだ。気丈に振る舞うのに疲れたか、溜息交じりに呟かれた「あたしさ」という言葉は小さく、俺はただ頷いて先を促した。
「敷島と芝浦が先生からハガキ貰った時、あたしも教室に居たの。それで……、あたし、芝浦は珊瑚ちゃんを誘うんじゃないかって期待したんだ。むしろ、そうであって欲しいって願ってた」
「宗佐が妹を……」
「芝浦には誘われないって分かってたから。それならいっそ兄妹で行ってくれれば良いのにって。でもあの日……」
俺と宗佐が先生から当選ハガキを渡されたあの日。俺が教室を出ていった直後の事。
俺達の当選はクラス中に一気に知れ渡り、宗佐に想いを寄せる女子生徒達は宗佐が誰を誘うかを気にし、互いの様子を窺うような空気を纏っていたという。
そんな彼女達の視線を一身に受けながらそれでも宗佐は気付くことなく、男達の囲いから逃れるとハガキを手に教室を出ていった。
その背を誰もが不安と困惑を胸に見つめ、それでいて声を掛ける事も出来ず、ただ見送った。
誰かを誘いに行くんじゃないか。
誰かが声を掛けてしまうんじゃないか。
皆一様に同じ不安を抱き、それを誤魔化しながら互いの様子を窺う。
妙な緊張感と言いようのない空気が漂う中……、
月見だけが席を立ち、宗佐の後を追って教室を出ていった。
そこから先の展開を俺は知っている。月見は宗佐を追いかけ、自分を誘ってくれと正面から伝えたのだ。
その結果、宗佐と月見はクリスマスを共に過ごすことになった。
俺と珊瑚が去った後に二人の間にどんな会話があったかは知らないが、あれ以降、間抜けなほどに表情を緩め時折はクリスマスソングを鼻歌で奏でる宗佐を見れば、どうだったかなど聞かずとも分かる。
「あの時、芝浦のこと追いかける月見ちゃんを見てさ……。敵わないなって思ったんだ」
ポツリと呟く西園に、俺は気の利いた事も言えず「そうか」とだけ返した。お互いに視線を手元の髪飾りに落としたまま。
それでもチラと横目で様子を窺えば、普段は凛々しさすら感じられる西園の瞳が今は切なげな色を宿している。小さく開かれた唇から漏れる溜息は深い。
溌剌とした王子様然とした姿が嘘のようで、普段の彼女の気風の良さを知っているからこそギャップがより痛々しい。
西園は宗佐が誰とクリスマスを過ごすかを察し、同時にここが己の引き際と知ったのだ。
なんて切ない話だろうか。それがクリスマスというイベントゆえだと考えれば、今だけは浮かれ切った雰囲気と流れるクリスマスソングが残酷に思える。
だけどそんな西園を前に俺が何を言ってやれる?
彼女が望んでいるのは宗佐で、そしてその宗佐は月見を選んだ。西園の気持ちはもちろん、宗佐と月見の気持ちも知っている俺に「大丈夫」だの「まだ次がある」だのと無責任な慰めは出来ない。
だからこそ、
「あたし、大学行ったら髪伸ばそうかな」
最後にポツリと漏らされた西園の言葉に、俺は繕うように苦笑を浮かべ、「きっと似合うよ」とだけ返した。
◆◆◆
西園のアドバイスのもと、並ぶ髪飾りから珊瑚へのプレゼントを選ぶ。
珊瑚はいつも黒髪を肩口で綺麗に揃えており、ショートヘアというわけでもないが、さりとて髪が長いというわけでもない。着けられる飾りも制限があるかも……と考えていたのだが、これが俺の予想に反して多い。
「ここらへんのなら珊瑚ちゃんの長さでも着けられるよ。あとこっちも。このタイプでも平気」
あれこれと西園が挙げていく。
当人はショートカットだが髪飾りに詳しいあたり、やはり見た目が爽やか王子様でも女の子だ。
大まかな髪飾りの仕組みとタイプ、そしてどれが該当するか、西園の説明は分かりやすく、更に店側も種類ごとに並べてくれている。
とりわけ店側の陳列は細かく気が利いており、髪の長さに合わせた着用例や使用方法、着用時のイメージ、それらが写真やイラストで描かれあちこちに飾られている。
もしかしてこの時期は俺のような男の客が多いのだろうか。
それらのおかげで、俺でもどういったものを選べば良いのか理解できた。
……そして女性達がいかに器用かも理解した。
「こんなに飾りを使いこなして髪型を変えるって女性って凄いな。俺なんか三つ編みの仕組みだって今一つ理解してないのに」
「編み込んだりするのは大変だけど、結ぶ程度なら誰でも出来るでしょ」
「いや、俺には無理だな。……と思ったけど、妹か姪っ子が居れば俺も結べるようになってたかも。下手すりゃ三つ編みどころかプロ顔負けの編み込み技術を取得してたかもしれないな」
敷島家にもしも姪が居たら、俺もきっと髪を結んだり編んだりと世話をさせられていただろう。
となれば今の俺の育児スキルを考えるに、三つ編みなんて余裕、もっと細かなアレンジだって楽々にこなす……、というレベルまで磨き上げられていたかもしれない。これもまた男子高校生が誇るものでもなさそうだけど。
そんな話をすれば西園が楽しそうに笑い、役目は終えたと言いたげな表情で「それじゃあね」と去ろうとする。
彼女を引き留める理由もないので感謝の言葉と共に見送る。
だが歩き出した直後、西園は何かを思い出したのか足を止めてくるりと振り返った。先程までの爽やかな笑みが意地の悪いものに変わっている。
「髪飾りは他のお店にもあるからね、頑張って選びなよ」
にんまりと笑みを浮かべて告げてくる。
それに対して俺は一瞬目を丸くさせ、次いで並ぶ髪飾りに視線を向け、再び西園に向き直った。
彼女の言う通り、髪飾りは様々な店で取り扱っている。
この店のような雑貨屋の一角や、女性用の洋服を扱う店にも置いてある。――さすがにそこに入るのは難しい……――
それどころかショッピングモール内には女性用の髪飾りだけを扱った店もあるのだ。
どういったものを選べば良いかは西園のおかげで分かったが、どれを贈るかは決まっていない。
そしてそこまでは西園に頼れない。頼ってはいけない。
俺が一人で決めるべきものだ。……珊瑚に似合うものを、一番だと思うものを。
「そうだな……。うん、ちゃんと選ぶ」
「冬休み明けに珊瑚ちゃんに会えば、敷島がどんなのを選んだか分かるかな。楽しみにしてるからね」
楽しそうで意地の悪くそれでも麗しい笑みを浮かべ、西園が片手を軽く振りながら去っていく。
今度は振り返ることなく、少し進んだ先にあるエスカレーターに乗り、彼女の後ろ姿は見えなくなった。
それを感謝と共に見送り、俺は改めてキラキラと輝かしく華やかな店内へと戻っていった。
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