川口直人 27
友人達との飲み会から、1月が経過しようとしていた。あれから何回も加藤さんの幼馴染の男に容態を聞く為に連絡を入れたが、いまだに加藤さんは目覚めないと言う事で、あいつもかなりイライラしている様子だった。しまいに連絡を入れて来るなと怒鳴られる有様で…俺はついに断念して連絡を入れる事をやめてしまった。
それからは仕事に没頭し、残業も進んで手を上げてシフトに入れてもらった。何故なら身体を動かしていなければ不安でたまらなかったからだ。毎日ヘトヘトになるまで働き、疲れ切った身体でマンションに帰り、泥のように眠りに着いた。
もう限界だった。だが…俺以上に限界に達していたのは、多分加藤さんの幼馴染の男…亮平の方だっただろう―。
****
6月に入ったある日の事だった。
いつものように残業をし、疲れ切った身体で職場を出た俺はスマホをチェックした。すると着信の知らせが入っている。
「誰からだ…?まさかまたすみれからか…?」
溜息をつき、スマホをタップすると、メールの着信相手はあいつからだった。
「ま、まさか…加藤さんの身に…っ!」
心臓が激しく波打っている。俺は震える手でメッセージを開いた。
【今日、鈴音の目が覚めた】
短く、それだけが残されていた。
「加藤さんの…目が覚めた…」
俺は何度もそのメッセージを読み返し…。
「ふ…」
気付けばここは町中だと言うのに、目に涙が浮かんでいた。
良かった…。
神様、加藤さんを助けてくれて…どうもありがとうございます…。
俺は顔を腕で隠し…町の片隅で1人、涙を流した―。
****
それからの俺は見違える程、世界が明るく見える様になっていた。その変貌ぶりは会社でも驚かれるほどだった。皆からは恋人でも出来たのかとからかわれたが、笑ってごまかした。
友人の林と工藤にも加藤さんの目が覚めたことを報告し、「良かったな」と祝福の言葉を貰えた。
もう、加藤さんの幼馴染に連絡を入れようとは思わなかった。きっと加藤さんは今頃退院に向けて頑張っているはずだ。俺は…ここで彼女が退院して来るのを待ち続けよう。そう、心に決めていた―。
そして、ついにその日がやって来る。
****
季節は9月に入っていた。毎晩、加藤さんの部屋の窓を見てから帰宅する日がすっかり日常化していたある日の事。
「え…?」
俺は目を見張った。加藤さんの部屋の窓が全開され…そして夜なのに布団が干してあるのだ。一体…どういうことだ?けれど、考えるよりも先に身体が勝手に動いていた。加藤さんが住むマンションの階段を駆け上り、彼女の部屋を目指す。
間違いない…!加藤さんは退院してきたんだ…っ!!
部屋の前に着くとインターホンを鳴らした。
ピンポーン
ピンポーン
けれど、出てくる気配はない。加藤さん…っ!
ドンドンドンドン‥ッ!
俺は乱暴にドアを叩いた。すると…。
カチャ…
扉が開かれ、加藤さんが姿を現した。
「あ…か、加藤さん…」
駄目だ、声が震えてしまう。
「ど、どうしたんですか…?突然…」
大きな目を見開いて俺を見つめる加藤さん。以前にもまして痩せてしまったけれど…それでも7カ月ぶりに見る彼女は…とても綺麗だった。
「加藤…さん…」
「え…?」
気付けば、俺は強く加藤さんを抱きしめていた。
「加藤…さん…」
華奢な加藤さんを強く抱きしめながら胸に熱いものが込み上げ、目に涙が浮かぶ。
加藤さん―。
「ケ…ケホ…ッ…」
加藤さんが咳き込み、その時になって俺は我に返った。
「ご、ごめんっ!加藤さんっ!つ、つい…」
慌てて身体を離すと、加藤さんが言った。
「あ、あの…どうして急にこんな事を…?それに何故突然…え?川口さん…泣いていたんですか…?」
加藤さんに俺の泣き顔を見られてしまった。
「ずっと…留守だったはずの加藤さんの部屋の窓が…全開になっていて、布団まで干しっぱなしだったから…驚いて…また何かあったんじゃないかと思って心配になって来てしまったんだ…。ごめん…いきなり抱きしめたりして…驚かせてしまったよね…?」
俺は自分の気持ちを正直に語った。
「た、確かに驚きはしたけど…」
しかし加藤さんはそれ以上は言わない。
「加藤さん」
「な、何?」
「どうしても…今夜話がしたいんだ…。布団とか取り入れなくちゃいけないだろう?マンションの外で待ってるから、用事が済んだら…時間作って貰えないかな…?」
「う、うん…。10分以内には行くから…」
加藤さんがOKしてくれた。
「良かった…それじゃ、外で待ってる…」
俺は加藤さんに背を向け、先に下へ降りて行った。
再会の喜びを噛みしめながら―。
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