川口直人 25

 加藤さんの幼馴染の男が帰った後…俺は1人、何もする気力もなく床にうずくまっていた。


「加藤さん…」


ぽつりとその名を呟き…気付けば頬に涙が伝っていた。


聞かされた話は衝撃的なものだった。まさか同窓会の日に…加藤さんが通事故に遭って今も意識不明の重体だったなんて…。それにしても、あいつは何て気丈な男なんだ。自分の目の前で加藤さんが交通事故に遭ったって言うのに、冷静でいられるのだから。俺だったら…多分パニックを起こしていただろう。救急車を呼ぶことすらできなかったかもしれない。


「あいつは…凄い男なんだな…」


それにしても加藤さんは今も生死の境をさまよっていると言うのに、ICUに入院している為に、面会すら許されないなんて。唯一の身内である加藤さんの姉だって精神を病んでしまって、とても面会できる余裕はないのだ。


「加藤さん…」


彼女は誰一人面会する人が来ることも無く…1人で死と戦っている。傍に行って手を握りしめてあげたい。負けるなと励ましてあげたい。なのに、俺には一切そんな資格は無いのだ。


「頼む…どうか…死なないでくれ…」


俺は膝に頭を埋める様に…泣き崩れた―。



****


 翌朝―



「酷い顔だ…」


今朝、鏡に映る俺の顔は酷いものだった。一睡も出来ずに目の下にはクマが出来ている。


「恐らく出勤したら、絶対に何か言われるだろうな…」


溜息をつくと、朝の支度を始めた―。




「おはようございます」


「どうした?川口!お前…瞼が腫れてるぞ?!」


案の定、出勤すると早番で既に会社に着いていた先輩に驚かれた。


「ええ。昨夜少しネット配信で悲しい映画を観たものですから…」


何か聞かれた時の為にと考えていた言い訳をした。


「へぇ~…何て題名だ?」


「え?忘れましたよ」


「内容はどんなのだったんだよ?」


…妙に突っ込んで聞いて来る先輩だ。


「えっと…恋人と別れ別れになる映画ですよ…それじゃ俺、着替えてきますんで」


これ以上尋ねられてはたまらない。俺は急ぎ足でロッカールームへと向かった―。




 幸い?な事に今日は単身者の引っ越しの依頼が2件入っていて、非常に忙しい1日だった。身体を動かしていると何より余計な事を考えなくて済んだ。




20時―



「お疲れ様でした」


勤務を終えて職場を出ると俺は溜息をついた。昨夜あの男から聞いた話によると交通事故にあって3カ月間意識を取り戻せなかった場合…最悪、一生目を覚ます事が無いとも言われているらしい。そしてあの男の話では毎日ICUに連絡を入れて加藤さんの様子を聞いているそうだ。そこで俺も、もし何かあった場合は連絡を入れてくれと頼みこみ、返事をする前に勝手に俺の連絡先を押し付けたのだ。


「…連絡は入って来ないか…」


ポケットからスマホを取り出し、着信が入っていないことに軽く失望する。


「いいや、でもきっと…加藤さんは目を覚ましてくれるはずだ…!」


無理矢理自分にそ言う言い聞かせた。そうでなければ俺の頭がおかしくなりそうだったから。


そして、ひたすら加藤さんが目覚めるのを待つ、俺の長く苦しい日々が始まった―。


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