川口直人 7
それはイブの出会いから二日後の朝の出来事だった。その日は仕事が休みでコンビニへ行った帰りだった。
「ん…?誰かいるな…?」
マンションの出入り口で女性がうずくまっている姿が目に入った。え?あんなところで何をしているのだろう…?近付いてみて驚いた。
「あれ?加藤さん…?」
すると女性は顔を上げた。やはり加藤さんだった。
「あ…貴方はお隣の引っ越し屋さん…」
加藤さんはかなり具合が悪そでうで顔色が真っ青だった。それに俺の名前すら言わない。
「俺の名前は川口って言うんですよ。忘れちゃいましたか?いや、それよりどうしたんですか?顔色が悪いですよ?」
「あの…実は昨日から熱を出してしまって…今日は仕事お休みしたんです。それで今から内科のクリニックに行こうとしていたんですけど、突然眩暈がして…」
何だって?そんなに具合が悪いのか?
「ええ?大丈夫ですか?」
加藤さんの側にしゃがみこむと尋ねた。
「多分、少し休めば大丈夫だと思います。すみません、ご心配おかけしてしまって…」
そんな、これくらいのことで心配掛けてと言うなんて…。とてもではないけど放っておけない。
「何言ってるんですか?謝る必要なんか全然無いですよ。それよりどこのクリニックに行こうとしていたんですか?俺が付き添いしますよ」
それなのに加藤さんは拒否してくる。
「な、何言ってるんですか。そんなご迷惑をおかけするわけにはいかないですよ。それに川口さんはお仕事どうされるんですか?」
「俺は今日は仕事休みなんですよ。今コンビニへ行こうとしていただけなので全然迷惑なんかじゃないですよ。ほら、つかまって下さい」
俺は加藤さんの身体を引き上げた。
軽い…。加藤さんは本当に軽かった。ちゃんと食事は取れているのだろうか…?具合もさることながら、栄養面でも心配になってしまった。その証拠に彼女はフラフラしている。
「う~ん…こんなにふらついているんじゃ到底1人でなんて行けるはず無いじゃないですか。それでクリニックはどちらへ?」
「それが…まだ決まっていなくて。川口さんも当然ご存知のように…引っ越して来たばかりでこの辺の事、まだほとんど何も分らなくて…」
まさか、そんな身体でクリニックを探そうとしていたのだろうか?
「なら俺のかかりつけ医のクリニックへ連れて行ってあげますよ。ここから一番近いし、歩いて10分もかからないんで」
よし、あのクリニックへ連れて行ってあげよう。
「すみません、ありがとうございます…。でもあまり私の傍にいると風邪をうつしてしまいそうで…」
「大丈夫ですよ、俺もマスク持ってるんで」
仕事柄、いつもマスクは持ち歩くようにしていたのだ。
「さ、行きましょう」
そして俺は思った。車くらい用意しておくべきかもしれない―と。
****
加藤さんがクリニックを受診している間、俺はずっと待合室で待っていた。何度も帰っていいと言われたけど、あんなに具合の悪そうな彼女を残して帰れるはずなど無かった。
そして加藤さんが診察室から出て来ると、早速彼女の元へ向かった。
「加藤さん、診察終わりましたね。それじゃお薬を貰って帰りましょう。薬局はお隣にありますから」
「はい…」
「本当にどうもありがとうございました」
並んで歩きながら加藤さんはお礼を言ってきた。
「いえ、いいんですよ。良かった…少しはお役に立てて」
俺は笑顔で返事をした。
「すみません…今度何かお詫びさせて下さい。川口さんの貴重な時間を奪ってしまったので…」
「だから、そんな事気にしなくていいですって」
「でも…」
そうだ…ならその気持に今は付け入らせてもらおう。
「あ、なら…今度買い物付き合って貰えませんか?」
「え…?買い物…?」
「ええ。実は来月彼女と付き合って1年目の記念日で何かサプライズ的なプレゼントをしてあげたくて…」
本当はもう別れて彼女なんかいないのに嘘をついた。
「ああ、そう言う事ですね。いいですよ。お付き合いします」
「本当ですか?ありがとうございます」
笑いながら、心で詫びる。ごめん…本当は加藤さんと会う口実が欲しかったからなんだ…。
少しの間歩き…やがてマンションに辿り着いた。
「それじゃ、お大事にしてください」
「はい、ありがとうございます」
そして俺は加藤さんが建物の中へ消えていくまで見守っていた―。
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