亮平 68

 季節は2月に入っていた。そして今日は2月14日…本来であれば川口が常盤商事の令嬢と結婚する日だったが、その話はとっくに流れていた。川口とは最近殆ど連絡を取り合っていない。社長に就任した為に、かなり忙しい日々を送っているようだった。そして、俺と鈴音の関係は…相変わらずだった―。



****


「7時か…もう鈴音の奴、駅についているだろうな?」


電車を降りた俺は構内に表示された時刻を見た。今夜は鈴音と待ち合わせをしていたのだ。手作りのバレンタインチョコを貰う為に…。

このチョコが義理チョコだと言うのは分り切っていた。それでも俺は嬉しく、顔のにやけが止らなかった。でもまずい。こんなにやけ面で鈴音の前に現れる訳にはいかない。


「よし、行くか」


気を引き締めると、俺は鈴音が待っているであろう改札へと向かった―。



****


 ベージュのダウンコートを着た鈴音が小さな紙バックを手に改札の近くで待っていた。何か考え事をしているのだろうか?俺が近付いても気付きもしない。


「お待たせ、鈴音」


改札越しに声を掛けると鈴音は顔を上げた。


「あ、亮平。はい、これバレンタインのチョコだよ」


鈴音がチョコを手渡して来た。


「悪いな。それで今年はどんなチョコなんだ?」


だけど、鈴音が作ったチョコならどんなもので俺は構わなかった。


「ふふん、よくぞ聞いてくれました。今年はガトー・ショコラにしてみたのよ?お姉ちゃんと2人で食べてね」


へぇ~…そんな凝った物を作ってくれたのか。だけど…忍と2人で食べるって言うのは何だかおかしくないだろうか?だけど、俺はその言葉を口にしない。何故なら今の鈴音は忍の事を大切に思っていることを知っているから。


「おお、それは旨そうだな。よし、それじゃ行くか」


改札を通り抜けると鈴音が意外そうな顔を見せた。


「え?行くって何所へ?」


何だよ…ひょっとして鈴音は俺がチョコだけ受け取りに来たと思っているのか?そこで俺はまたしても忍の事を持ちだして、強引に鈴音を誘う事にした。すまん、忍。


「いや、忍が言ったんだよ。鈴音からチョコ貰うんだから、食事でもしてくればいいって」


「え…?」


鈴音が目を見開いたのを見て、俺は追い打ちをかける。


「それにさ、今日…予定通りだったなら川口の結婚式だったかもしれないんだろう?」


「!そ、それは…」


鈴音の顔色が変わった。…そうか、やはり…意識していたのか。本当に鈴音の幸せを願うなら、ここで俺は川口は結婚を取りやめたと教えてやるべきなのだろうが…今の俺は鈴音に対する恋心の方が勝っていた。出来れば、川口では無く…この俺を選んで貰いたいと強く願っていた。本当は今ここで鈴音に自分の気持ちを打ち明けたい。けれど、こんなのはフェアじゃない。俺は正々堂々と川口と勝負して…鈴音を手に入れるんだ。


「落ち込む鈴音を慰めるのも、幼馴染の俺の役目さ。よし、行くぞ!」


俺は自分の気持ちを押し殺し、鈴音を誘った。


よし、連れて行く店は…あそこにしてやるか―。




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