亮平 23

『加藤さんがICUを出て一般個室に部屋を移動しました』


その連絡を貰ったのは6月4日の金曜日の夜の事だった。俺はすぐにでも面会に行きたかったが、今夜は遠慮してくれと看護師から説得されて渋々了承する事になった。

電話を切った後は当然両親に報告した。父さんも母さんも…2人共泣いて喜んでくれた。そうだ、2人共…鈴音の事は好きなんだ。鈴音となら明るい未来を築けるじゃないか。いつの間にか俺は鈴音との未来を思い描くようになっていた―。




 午前7時―


「お待ち下さい!こんな早くに病院に来られても…!」


ナースステーションで俺は看護師に頭を下げていた。


「そんな事言わずに…どうかお願いしますっ!俺は…ずっと、ずっと…彼女の目が覚めるのを待っていたんです!どうか会わせてください!」


自分でも滅茶苦茶な事をしていることは分っていた。通常一般病棟の面会は午前10時から始まる。それなのに3時間も早く病院へ来てしまったのだから。


「で、ですが…」


年若い看護師は迷惑そうに俺を見ている。その時背後から突然声が掛けられた。


「いいでしょう、どうぞ病室へ行って下さい。加藤さんのお部屋は707号室ですから」


「え?」


驚いて振り向くとそこに立っていたのは40代位の女性看護師だった。


「看護師長…」


「特例ですよ。さ、どうぞ」


「ありがとうございます!」


看護師長に頭を下げると俺は急いでナースステーションを後にした。


鈴音…鈴音…!


最初に会ったら何て言う?馬鹿だな、事故に遭うなんて…。それともお前はそう簡単に死なないと信じていたさって言うか?面と向かって正直な事を言うなんて、そんな恥ずかしい事出来る訳ないからな。


そして俺は707号室の扉を開け…気付いたら鈴音に縋りついて涙を流していた―。




 「亮平…」


鈴音が弱々しくベッドに横たわったまま声を掛けて来た。なんと俺に自分の処では無く、忍の病室に行ってくれと頼んできたのだ。これには驚いた。


「な、何言ってるんだよ。鈴音…お前はいつ死んでもおかしくない状態で…主治医から3か月以内に目を覚まさなければ、もう回復しないかもしれないって言われてたんだぞ?大丈夫なものかよ…!お前…俺がどれだけ心配していたのか分からないのか?」


いつの間にか俺は弱っている鈴音をなじるような言い方をしていた。

違う、本当はこんな事言いたくないのに…お前が大事だから、お前の傍にいたいから、お前の事が好きだから…ここにいたいのにどうして俺の気持ちに気付いてくれないんだ?やっぱり鈴音にとっての俺は…ただの幼馴染でしかないのか?


鈴音のバイタルチェックをしに来た看護師が俺に大切にされている彼女だとさり気なくアピールだってしてくれたのに鈴音の反応は違った。

バイタルチェックが終わった看護師が去ると鈴音が言った。


「あの…看護師さん…完全に誤解しているみたいだね…」


「誤解?何を?」


一体鈴音は何を言い出すつもりなんだ?


「私の事…亮平の彼女だと…思っているみたいだよ…?そんなんじゃないのに…」


そして鈴音は弱々しく俺を見て笑った。


「鈴音…」


何でそんな事言うんだ?俺は…俺はあの看護師に鈴音が俺の彼女だと思われて、本当に嬉しかったのに…鈴音、お前は違うのか?俺が彼氏だと思われるのは嫌なのか?

所詮…俺はお前に取って…ただの幼馴染でしかないのか…?


そして鈴音は俺に言った。


「早くお姉ちゃんの処に行ってあげて」


鈴音。俺がこの部屋にいるの…ひょっとして嫌なのか?だったら俺は言う事を聞くしかない。


「分かった‥忍の処へ行って来る…」


頼む。鈴音…やっぱり行かないで、ここにいてと俺に言ってくれ…っ!

だけど、現実は残酷だ。


「うん…。もう今日はここへ来なくて‥丈夫だから…ね…」


「ああ、分かったよ。」


俺は絶望的な気持ちで鈴音に返事をした―。



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