亮平 12

 それは年明けの日だった。


 大晦日から忍の家に泊まり、2人で朝リビングのソファに座り、のんびりとテレビを見ながら静かな正月を過ごしていた。すると突然隣に座っていた忍が声を掛けて来た。


「ねぇ、進さん」


「何だ?」


進…この名前で呼ばれて返事をするのもだいぶ慣れて来た。最初は戸惑う事もあったけれど、忍の事を思うと否定出来なかった。


「私、鈴音ちゃんの住んでいるマンションに行ってみたいわ」


「な、何だって?」


耳を疑った。まさか忍の方から鈴音に会いたいと言いい出すとは思わなかった。けれど…鈴音に会えるんだ。俺は顔がにやけそうになるのを我慢すると言った。


「よし、だったらすぐに行こうぜ」


そして俺は忍を連れて車で鈴音のマンションへ向かった。



****


 ピンポーン…


 鈴音のマンションへ向かったものの、いくらインターホンを押してみても出てくる気配が無い。


「あれ…いないのか…?」


「ねぇ、電話してみたらどうかしら?」


背後にいた忍に言われた通りに電話をするとすぐに鈴音が電話に出た。鈴音は1人で近所の神社に初詣に来ていて今はその帰りだと答えた。…1人で初詣に行っていたのか…俺に言ってくれれば一緒に…いや、無理だな。そんな事忍が許すはずがない。そこで何処か駅前のカフェが見つかったらメールすると言って電話を切った。


「鈴音は今初詣に行ってるんだってよ。だから駅前のカフェを探して、そこで待とうぜ」


「鈴音…?」


一瞬忍の瞳が怪しく光ったように感じた。


「どうしたんだ?」


「いいえ。何でもないわ。でも、そう…鈴音ちゃんは今いなかったのね?分ったわ。それじゃカフェを探して入りましょう?」


忍が笑みを浮かべて言った。


「ああ、そうだな。それじゃ行くか」


こうして俺は忍を連れて駅前に向かった。…久々に3人で会える。きっと楽しい時を過ごせるだろう。愚かにもその時の俺は呑気に構えていた―。



****



 カフェで待っていると鈴音が店内へ入ってきた。そしてキョロキョロと周囲を見渡している。


「鈴音っ!こっちだ!」


手をふると、鈴音も笑顔で手を振ってくれた。鈴音…。そしてこちらへ向かって歩いてきた鈴音が突然足を止めて、表情が凍りつくのを見た。その瞬間、俺は思った。


失敗した―と。



 忍は会話が始まるとすぐに的はずれな事を言い出した。自分の妹を呼び捨てにするのはどうかと思う。馴れ馴れしいのではないかと言い始め、しまいには鈴音に同意を求めたのだ。青ざめている鈴音に俺は言った。


鈴音さんと呼ぶべきだったよな?と―。


 その後の忍も鈴音を傷つけることばかり言ってきた。骸骨みたいに痩せてしまって無理なダイエットをしているのでは無いかと。けれど鈴音はこわばった笑顔で言った。何となく食欲が無いだけだと。多分その話は事実だろう。その原因を作ったのは他でもない、俺と忍のせいだ…。


 忍は鈴音の存在を敢えて無視する態度を取る。だが、俺はそんな忍を咎めることが出来ない。忍の話に相槌を打ち、チラリと鈴音の様子を見ると青い顔でコーヒーを黙って飲んでいる。その姿が痛ましくて胸が傷んだ。俺は…一体何をしているんだ?ただ鈴音を傷つける為だけに呼び出してしまったのかもしれない。


 そして鈴音はコーヒーを飲み終える俺たちに言った。


「あの…それじゃ私、コーヒーも飲んだことだし…帰るね」


ああ、そうだ。もう鈴音を開放してやろう…その時、忍が俺の腕をギュッと掴んだ。次の瞬間―。


「え…?何だよ、もう帰るのか?折角久しぶりに忍と会えたって言うのに…」


俺は自分の考えと真逆の台詞を口走っていた。その後も帰りたがっている鈴音にまたしても俺は自分の意思とは正反対で鈴音を引き止めている。そして鈴音の腕を掴んでいる時、鈴音が真っ青な顔で言った。


お姉ちゃんの顔を見てと。


言われるまま振り返り、俺は息を呑んだ。そこには憎しみを込めた目で鈴音を見ている忍がいた。今まであんな目で…忍は鈴音を見ていたのか…?


俺は背筋がゾッとするのを感じた…。



****


 その日の夜、俺は鈴音に詫びを入れたくて明日、何処か2人で出掛けないかとメールを入れたが鈴音に断られてしまった。


まぁいいか。明日鈴音のマンションを訪ねればいいんだからな。




だが、翌朝…、俺はついにあの男と鈴音が一緒にいる所に出くわしてしまった。



あの男…川口直人に―。

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