亮平 8

 俺は鈴音が代理店から出て来るのをじっと待っていた。時計の針が18時を過ぎた頃…少し疲れ気味の表情を浮かべた鈴音が社員通用口からフラリと姿を現した。


鈴音!


「鈴音。待ってたぞ」


「亮平…」


鈴音は青い顔で俺を見た。何でだよ?何でそんな顔で俺を見るんだ?苛立つ気持ちを抑えていると鈴音が口を開いた。


「ごめん…亮平。私…今日は疲れていて…すぐに帰りたいんだ…」


そうか、そんなに疲れているなら出直すか…鈴音に詫びを入れて帰ろう。そう思っていたのに…。


「そうか、そんなにすぐにあの男の元へ帰りたいのか?やっぱりあいつは鈴音の恋人なんだろう?」


まただ…っ!また俺の口は自分の意思とは無関係に勝手に言葉を紡いでいる。何でなんだよ…?俺はおかしくなってしまったのか…?!


「あのねえ…あの人は確かに2年前は恋人だったけど、今はそんなんじゃないからね?隆司さんは親切で置いてくれているんだから。それに疲れているのは本当の話」


鈴音は溜息をつきながら頭を押さえている。それなのに俺は鈴音を追い詰める言葉しか口に出てこない。そして、気付けば鈴音と俺はファミレスにいた。自分の正面の席に鈴音と男が隣同士に座っていることに気付いた瞬間…正直ゾッとした。確か、この男は鈴音にキスした憎い男だ。けれど…。俺はいつのまに鈴音を…隆司と言う男とここのファミレスに来ていたんだ?自分の記憶がごっそり抜け落ちていることが恐ろしかった。


それなのに…ただでさえ、頭の中がパニックになっているのに、よりにもよってこの隆司と言う男は俺の目の前で鈴音にプロポーズしてきた。



「鈴音…愛してる。俺と結婚してくれ。必ず幸せにするから…!」


男は鈴音の右手をしっかり握りしめながら鈴音にプロポーズしている。そして鈴音は大きな目を見開いて、男を見つめている。その様子に俺は全身の血が沸騰しそうな怒りに震え、気付けば男を罵っていた。

俺と男は鈴音の制止も聞かずに店の中で激しい口論を始めた。鈴音は今にも泣きそうな顔でやめてと懇願して来るが、俺も相手の男も頭に血が上っているのか口論が止らない。が、次の瞬間―。


「お…お願い!もうやめてっ!」


鈴音の悲痛な叫びで俺と男は口論を辞めた。


「「鈴音…」」


2人で同時に鈴音の名を呼んだ時、突然俺のスマホが鳴り響いた。相手は忍からだった。


「え?し、忍っ?!」


どうした?一体何があったんだっ?!


「もしもし、どうした?忍!」


慌ててスマホをタップして、受話器を耳に押し当てた。


『た…助けて…進さん…』


弱り切った忍の声が聞こえてくる。


「助けてって…おい!忍っ!返事をしてくれっ!」


しかし、もう受話器から忍の声が聞こえてくることは無かった。どうしよう…!忍に一体何があったんだ…?!思わず身体が震える。


「亮平…お姉ちゃん…どうかしたの?」


その声にハッとなって顔をあげると、そこには俺を心配そうに見つめている鈴音がいた。そうだ…俺には鈴音がいる!


「頼むっ!鈴音っ!俺と一緒に…来てくれっ!忍さんが…っ!」


俺は藁にもすがる思いで鈴音に訴えた。それなのに…。


「駄目だ、行くことはない、鈴音。また…2人に利用されるぞ?」


隆司と言う男がふざけた台詞を吐いた。何だよっ?!お前は口出すなよっ!これは…俺達の問題なのだからっ!俺は男を憎々し気に睨み付け、次に鈴音の方を見た。


「鈴音…頼む。一緒に来てくれ…今の忍の状況を…お前に見て欲しいんだ…」


もう恥も外聞も何も無かった。ただ俺は鈴音を忍の元に連れて行きたかった。


「亮平…」


鈴音は青ざめた顔で俺を見つめていたが…その顔はゾッとする程美しかった。


頼む、鈴音なら分かってくれるよな?お前と俺には強い絆があるのだから。


そして…やっぱり鈴音は鈴音だった。


鈴音は元カレでは無く、俺を選んでくれたのだから―。


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