第18章 16 大晦日の朝

「うわ〜どれも美味そう。流石忍さんだ」


「本当、すごいごちそうだね」


亮平がテーブルの上に並べられた朝食に歓声を上げた。私もお姉ちゃんを見て言う。

今朝のメニューは冬野菜の鶏炊き込みご飯にだし巻き卵、切り干し大根にほうれん草の胡麻和え、豆腐とワカメの味噌汁だった。何だかいつも以上に気合の入った朝食だった。

亮平がいるからかな…?

するとお姉ちゃんが言った。


「ふふ…鈴音ちゃんがいるから、いつも以上に気合を入れて作ったわ。」


え?私の為…。そして改めてよく見ると、どれも私の好きな料理ばかりだった。


「あ、忍さん。俺だっているんだから、差別は無しですからね」


亮平は何故か畏まった言い方をする。


「そんな事無いわ。だって亮平君も好きなものばかりでしょう?」


お姉ちゃんはクスクス笑いながら言う。


「まぁ…それは確かにそうだけど…」


「はい、それじゃ皆でいただきましょう」


「「「いただきます」」」


お姉ちゃんの言葉に私達は声を揃えて言った。



「お姉ちゃん、この炊き込みご飯すっごく美味しいね」


炊きたてのご飯はお米もツヤツヤ光っていて、野菜と鶏のお出汁の味がよくしみでていて、とても美味しかった。


「このだし巻き卵もふわふわしていて最高」


亮平も美味しそうにお姉ちゃんの料理を堪能している。


「良かったわ、2人に喜んで貰えて」


お姉ちゃんは胡麻和えをお箸でつまみながら言う。でも…こうして3人で食事をするのもいいかも。この先もずっと…。


ずっと?


でも…この関係に甘えていいの?お姉ちゃんと亮平が結婚すれば、当然この家に住むことになるだろう。2人の新婚生活に私がいるわけにはいかない。だってどう考えてもおじゃま虫になるのは分かりきっている。


直人さんも私の側からいなくなってしまった。

そして2人が結婚した場合は、ここでの私の居場所はきっと無くなってしまうだろう。新婚生活に割って入るわけにはいかないから。


「どうしたの?鈴音ちゃん」


「どうしたんだ?」


お姉ちゃんと亮平が突然黙ってしまった私に声を掛けてきた。


「ううん、何でも無いよ、どれもすごく美味しいね」


心配させないように私は2人に笑みを浮かべて言う。そして思った。

私は直人さんの温もりを知ってしまったから…自分が孤独になる事を凄く恐れているのだと言うことを。

でも…。

どうか、今だけはもう少しだけ…この温もりを感じていたい―。



****


「え?お正月飾り?」


私はお姉ちゃんを見た。


「ええ、そうなの。うっかりして玄関に飾るお正月飾りを買忘れちゃって…」


「でも、忍さん。今日は31日だから、買って飾るのはまずいですよ?」


亮平の言葉にお姉ちゃんはため息をついた。


「そうよね…仕方ないわよね。今年は諦めましょう」


「うん、それがいいかもね」


私も頷いた。


「来年、また皆で集まるんだからそれでいいですよ。な、鈴音?」


「う、うん。そうだね」


来年…来年も私はここにいられるのだろうか?2人は私を…邪魔に思わないでくれるのかな?


その時、お姉ちゃんが言った。


「あ、いけない。そう言えばおせちを頼んでいたから忘れていたけど、年越しそばを買って来てなかったわ。今から行かないと」


それを聞いて私は思った。そうだ、お姉ちゃんと亮平を2人きりにしてあげないと。

そこでスマホゲームをしていた亮平に声を掛けた。


「私、留守番してるから亮平、お姉ちゃんと行ってきてよ」


「鈴音がついていかなくていいのか?」


「うん、ちょっと用事があるから」


「用事?もしかして井上に電話掛けるのか?」


またしても亮平が不機嫌になる。


「え?井上君…?何で?」


「お、お前…ひょっとして忘れてるのか?昨夜井上に電話かけ直すって言ってただろう?」


「電話…あ!そうだ!何か忘れてると思っていたら…井上君に電話掛ける約束してたんだ!」


「え?井上君て誰?」


お姉ちゃんが首を傾げる。


「井上って男は鈴音の同期の男ですよ。でも…そうか、忘れてしまうだけの存在なのか、井上って男は」


何故か亮平が嬉しそうにニヤニヤしている。でも、こっちはそれどころではない。


「ほら、亮平は早くお姉ちゃんと買い物行ってきて。私は井上君に電話掛けるから」


シッシッと手で追い払う仕草をする。だって亮平がいると落ち着いて電話出来ないんだもの。亮平は「何だよ、人の事ゴミみたいにして」とぼやきながらもお姉ちゃんと連れ立って買い物に行った。

1人きりになった私はソファに座ると、井上君に電話を掛けるためにスマホをタップした―。

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