第17章 3 嫉妬の涙

 突然頬を叩かれた事と、 恵利さんの言葉に驚いて私は言葉を失っていると何を勘違いしたのか恵利さんはますます怒り出した。


「何よ!そんな目で私を見て…!そうよ!どうせ私は貴女に嫉妬してるわよ!」


「え…?私に嫉妬…?」


ジンジン痛む右頬を押さえていると、恵利さんは俯いて肩を震わせると言った。


「あの日、突然父に社長室に呼ばれたのよ。私にぴったりの結婚相手を見つけたって。社長室にやって来るから、私にも来るように言われて父に呼び出されのよ。そして現れたのが川口家電の社長と直人だった。直人はまさに理想のタイプの男性だったわ。私の結婚相手はこの人なんだって思っていた。てっきりお見合いの話しなのかと思っていたのに…いきなり直人は一緒にやって来た社長と土下座して…『買収だけは見逃して下さい』って言って来たのよ!」


「!」


その話は衝撃的だった。まさか…恵利さんの父親は直人さんの存在を知っていた‥?それで買収の話を川口家電に持ち込んだの…?恵利さんの話は続く。


「最初、何の事か私には分らなかったわ。私はてっきり2人の縁談の話しで来たとばかり思っていたから。そしたら父が言ったのよ。娘と直人が結婚するなら買収の話は無しにして、合併する事にしようって。そしたら直人、即答して断って来たのよ?結婚を前提に付き合っている恋人がいるから無理だって!」


「…」


その話は知っている。動画で直人さんが教えてくれたから…だけど、まさか恵利さんのお父さんが直人さんを始めから恵利さんの結婚相手に選んでいなんて‥


「あれを聞いたときには本当に驚いたわ。だって私は父から直人が結婚相手だって聞かされて行ったのに…まさに直人は私の理想の相手だったのに、それなのに私と言葉を交わす前に結婚出来ないって即答するんだから!」


ギリギリと恵利さんは歯を食いしばって私を睨み付けている。


「直人も馬鹿よ…もっと遠回しに断れば…私の気持ちは変わったかもしれないのに‥。私はね、直人の恋人である貴女に物凄く嫉妬した。だから父を巻き込んで、結婚してくれないなら会社を買収してやるって言ったのよ。そしたら直人も、直人の父親も真っ青な顔になって…そして直人は父親に泣きつかれて、その場で結婚に承諾してくれたわ。フフフ…あの時の彼の顔、貴女にも見せてあげたかったわ」


「そ、そんな…酷い…」


気付けば私の目には涙が浮かんでいた。酷すぎる…。直人さんを無理矢理脅迫して結婚を迫ったなんて…。


「泣くのやめなさいよ!泣きたいのはこっちの方なんだから!!」


恵利さんがヒステリックに叫ぶ。


「結婚を承諾してくれた直人は私に命じられるまま、引っ越しをして、会社を辞めて…スマホを新しくしたわ。私の申し出には何でも応じてくれたわ。呼び出せばすぐに来てくれた。だけどね、直人から私に連絡を入れてきたり、何処かへ誘ってくれた事は…今まで一度も無いわ」


「え…?でも、以前2人で会った時…直人さんから電話かかって来ていましたね…?」


「それは私があの時間に鳴ったら私のスマホに電話するように言ったからよ」


恵利さんはふてくされた様に言った。


「え?どうしてそんな真似を?」


「貴女ねエ!ここまで言ってもまだ分らないの?!私と直人の中を見せつけて…貴女に嫉妬させる為に仕組んだ事だってまだ分らないの?!」


「わ、私に…嫉妬させる為だけに…?」


そんな事しなくても私は直人さんと恵利さんの仲を嫉妬していたのに?


「ええ、そうよ!直人は自分から…絶対に手を繋ぐ事すらしてくれないのよ?!キスしてってお願いしても結婚まではする気が無いって言って…!」


いつの間にか恵利さんは泣いていた。


「直人の心の中には今だって貴女しかいないわ。でも私は直人が好き。絶対に彼から離れてやらないんだから。直人はもう二度と貴女と連絡は取り合わないって約束してくれたけど、それでも不安でたまらなかった。何所かで隠れて2人で合ってるんじゃないかって。婚約したのに、式だって挙げるのに不安でたまらなかったから興信所を雇って…貴女を見張らせていたのよ…!」


それじゃ…-直人さんのマンションの鍵を返すように言って来たのは恵利さんの独断だったの?イブのホテルのチケットも?

すすり泣く恵利さん。私だって泣きたくてたまらないのに、彼女はそれを許してはくれない。早く…早く1人になって思い切り泣きたい。どうせ…もう二度と直人さんに会う事は許されない。だったら―。


「安心して下さい。私は絶対に二度と直人さんとは連絡も取ることも会う事もしませんから…約束します‥。そ、その代り‥私のお願いも…聞いて貰えますか…?」


「な、何よ!私にお願いなんて…図々しいわね!」


恵利さんは涙を拭いながら言う。


「分っています。でも…どうか聞いて下さい。」


頭を下げた。涙が零れそうになる。


「そこまで言うなら…言うだけ言ってみなさいよ。聞き入れるかどうかは別だけど。」


恵利さんが話を聞く気になってくれた。だから私は言った。


「どうか…直人さんを幸せにしてあげて下さい」


と―。

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