第14章 8 私を気にかけてくれる人は・・
ガタンガタン・・・・
22時05分―
私は総武線の電車に揺られていた。電車の中は空いていて立っている乗客は1人もいなかった。乗客のほとんどは仕事帰りとみられるOLやサラリーマンばかりで皆疲れた顔をして乗っている。・・私も明後日からは彼らの仲間入りをするんだ・・・・。もうすぐ久しぶりの仕事復帰だと思うと何だか緊張してしまう。
支店の皆は元気にしているだろうか・・同期の井上君は今も1人でビラ巻き頑張っているのかな?数日前に一度代理店に電話した時はしばらくはずっと内勤していていいと言われているけれども・・とにかく処方された薬をしっかり飲んで仕事中は絶対眠くならないように気をつけなくちゃ・・。
そこまで考えた時、『新小岩駅』到着の電車のアナウンスが聞こえた。
「あ・・着いたんだ・・・。」
やがて電車は止まり、立ち上がると私は電車を降りた―。
コツコツコツコツ・・
電車を降り、駅を出た私はマンションまでの道のりを歩きながら何気なく夜空を見上げた。あれほどの土砂降りが嘘のように、今は空が澄み渡り星が見えている。
「明日は晴れかな・・・。」
その時、不意にスマホに着信が入ってきた。
「誰からだろう・・?」
歩きながらショルダーバッグからスマホを出すと着信相手は亮平からだった。
「え・・?亮平・・?」
スマホをタップして電話に出た。
「もしもし?」
『鈴音、もうマンションには着いたのか?』
「ううん、まだだよ?」
『え・・・?まだなのか?今どのへんなんだよ。』
「まだ駅前だけど?」
『何だって・・?くそっ!』
ブツッ!
「え?ちょ、ちょっと!もしもしっ?!」
何故か突然電話を切られてしまった。
「もう・・一体何なの?」
立ち止まって再度亮平に電話をかけてみると今度は通話中になっている。
「え・・?自分から電話かけといて、今度通話中なんて・・・?もういいや。」
スマホをタップして電話を切ると、私は再びマンションへ向かって歩き始めた―。
5分ほど歩き始め、少し寂し気な住宅街に差し掛かる寸前、駆け足でこちらへ来る人影が見えた。・・こんな夜にジョギングかな・・?そう思っていると突然声を掛けられた。
「加藤さんっ!」
「え・・・?」
息を切らせながらこちらへ向かって歩いてくるのは川口さんだった。青いTシャツ姿にグレーのスウェットのズボンをはいた彼は素足にバンド付きのサンダルを履いていた。
「今晩は・・偶然だね・・。」
何と声を掛ければよいか良く分からなかったので、当たり障りの無い挨拶をした。けれど川口さんは安堵したかのようなため息をつくと言った。
「よ、良かった・・間に合って・・・。」
「え?間に合って?」
一体何の事だろう?すると彼は言った。
「加藤さんの幼馴染の・・亮平って男から電話がかかってきたんだよ。加藤さんが今マンションに向かっているから迎えに行って欲しいって。」
「ええっ?!」
亮平・・・!川口さんに何て事頼んでいるのよ・・!川口さんに迷惑を掛けさせたことで私の中に亮平に対する怒りを感じた。まずはでも謝罪しなければ・・。
「ご、ごめんなさいっ!亮平がとんだ迷惑な事を川口さんに頼んで・・!」
頭を下げて謝罪した。
「いや、そんな事は全然気にしなくていいんだよ。むしろこんな遅い時間に1人で歩いて帰ってくる方が心配だから。」
川口さんは笑みを浮かべながら言う。そんな彼を良く見てみると髪が濡れている。ま、まさか・・・。
「あ、あの・・・川口さん、ひょっとしてシャワーか何か浴びていた・・・?」
嫌な予感がして尋ねると、恥ずかしそうに頷かれてしまった。
「あ・・・やっぱり分かってしまったかあ・・・。」
「ほ、本当になんてことを・・・!ごめんなさいっ!」
再び頭を下げながら、私は心の中で亮平を呪った。マンションに帰ったら文句の一つでも電話で言ってやらなければ・・!
「いいから、いいから。さ、一緒に帰ろう。」
優し気な笑みを浮かべる川口さんに申し訳なくてしようがなかった。
「はい・・・。」
2人で並んで、マンションへ向かって歩いていると不意に川口さんが言った。
「加藤さん・・・やっぱり俺の連絡先・・登録しておいてもらえないかな?」
「え?」
歩きながら見上げると、背の高い川口さんはじっと私を見下ろしていた。彼の頭上には三日月が輝いている。
「でも・・それは・・。」
「心配なんだよ・・。」
突如ぽつりと川口さんが言った。
「え・・?」
「突然眠くなってしまう発作があるんだろう?歩いているときに発作が来る時だってあるかもしれないじゃないか?何かあった時に俺が駆け付けられるように・・。」
「・・・。」
何と答えれば良いか分からなくて視線を合わせくくて俯いた
「加藤さんの事が好きだから・・心配でたまらないんだ・・・。」
「!」
川口さんは・・・本当に私の事を・・・?亮平・・私は一体どうすれば・・・?
私と川口さんは・・・夜の住宅街で無言で見つめあった―。
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