第13章 21 思いがけない提案
「忍さんですが、今はもう日常生活には差支えが無い程に回復しておりますよ。家事もきちんとこなしています。以前は興奮を抑える薬を多めに飲んでいましたが、その量もかなり減りましたね。」
言い終わると服部さんはストローでコーヒーを1回転させた。
カラン
グラスの中で氷が鳴る。服部さんはストローで一口飲むと言った。
「ただ・・・まだ社会復帰・・というか、仕事に行くのは難しいかもしれませんね・・・。以前の仕事にはもう戻れないかもしれません。」
「そうですか・・。」
テーブルの上に置いた両手を私はギュッと握りしめた。お姉ちゃん・・・仕事好きだったのに・・・。
「会社には病欠扱いで休みを貰っているんです。幸い、姉は大手の商社に勤務していたので最大3年ほどの休職を認めて貰っていたのですが・・退職した方がよさそうですね。」
私の言葉に服部さんが言った。
「ええ。その事は・・・忍さんも了承済みです。実はもう退職願を手紙で出してあります。勿論・・・私からも手紙を添えました。すでに退職金も支給されています。」
「え?そうなんですかっ?!」
「はい。私の方から・・・その話をすすめました。」
「姉は・・何と言っていましたか?」
お姉ちゃん・・その時、どんな気持ちだったんだろう・・。
「そうですか、当然ですよねと・・言っておりました。今の忍さんは・・仕事をするとすれば、人と接しない業務から進めた方が良いと思うのです。例えば電話の応対が一切無いパソコンの仕事とか・・もしくは検品の仕事やピッキング・・・。」
「やはり・・まだ人とコミュにケーションを取る仕事は難しいという事ですよね?」
「ええ。そうですね・・・・・まずはそのような仕事から初めて、自分に自信が持てるようになれば、次の段階に進んでも良いと思うのですけど。」
「でも・・外に出て働いた方が姉の回復に繋がるのなら・・・私は賛成です。それで・・どうしても服部さんに伺いたいことがあるのですが・・。」
「はい、どのような事ですか?」
私は少しだけ声のトーンを落とすと言った。
「服部さんは・・・ご存じですよね・・?姉が・・多重人格だという事・・。」
「ああ・・・『解離性同一症』の事ですね?」
「はい・・・そうです・・・。」
私はそこでコーヒーを飲むと言った。
「私が・・・姉の家を出たのは・・姉のその病気が原因だったんです・・。」
「・・・・。」
服部さんは黙って私の話を聞いている。
「精神科の先生に話では・・・姉の中には私を憎む人格が存在しているようで、その人格のせいで私は姉に酷く嫌われて・・・家を出ざるを得なかったんです・・。」
「ええ、お話は伺っております。」
「姉の中には・・まだ私を憎む人格が残っているのでしょう・・・実は姉からメールを貰ったんです。」
「え?メールを?」
服部さんが反応した。
「はい。」
「すみません、加藤さん。もし・・・差支え無ければ私にそのメールを見せていただけませんか?」
「ええ、勿論ですよ。」
服部さんに言われ、私は座席に置いたショルダーバックからスマホを取り出し、姉のメールを表示させると、テーブルの上に置いた。
「どうぞ。」
「はい、では・・・拝見させていただきます。」
服部さんはテーブルの上に置いたスマホを手に取り、じっと食い入るように姉から届いたメールに目を落としていた。そしてスッと私の前にスマホを差し出した。
「ありがとうございます。読ませていただきました。」
「あの・・実はまだ姉に返信していないのです。服部さんとお話をしてからメールを打とうかと思って・・。」
すると服部さんが言った。
「加藤さん。」
「はい。」
「もしよろしければ・・これから私と一緒にご自宅へ行って・・忍さんと話をしてみませんか?」
「え・・?」
私は重いかげない服部さんからの提案に、目を見開いた—。
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