第11章 18 姉の要望
バレンタインから3日後―
今日は10時から笠井先生との面談だった。病院のエレベーターホール前で深呼吸すると私は祈った。
どうか、今日はお姉ちゃんと会いませんように・・・。
そして意を決すると私はエレベーターの呼び出しボタンを押した。
ピンポーン
到着音と共に自動ドアが目の前で開き・・私はエレベーターに乗り込み、5階行のボタンを押した。ドキドキする気持ちを抑えてじっとエレベーターのインジケーターを見つめていると、やがて5階部分が光り自動ドアが開いた。
そっと辺りをうかがいながらエレベーターを降りると、私は持っていた帽子とサングラスを被り、ナースステーションに向かった。
ナースステーションには5名の看護師さんがいた。
「あの、すみません・・。」
遠慮がちに声を掛けると、全員が一斉に私を振りむき、ギョッとした顔を見せた。
「あ、こ・これは違うんですっ!」
慌ててサングラスを外すと私が誰か分かったらしく、看護師さん達から安堵のため息が漏れた。
「ああ・・びっくりした。加藤さんじゃない?一体そんな恰好でどうしたの?」
すっかり仲良くなった30代と思しき看護師さんが声を掛けて来た。
「あの・・実はこの間、姉が廊下を歩いている姿を偶然見かけたので・・もし鉢合わせをしたらまずいと思ったから変装してきたんです。」
てっきり笑って流してくれとと思っていたのに。何故か看護師さんの顔色が変わる。
「え・・?そんなまさか・・・。」
何だろう?そんな対応されたら・・不安な気持ちになって来る。
「あ、あの・・どうかしましたか・・?」
すると、途端に看護師さんはいつもの表情に戻ると私に言った。
「あ、な・何でも無いわ。待っていてね。今先生を呼び出してみるから。」
そして看護師さんは電話を掛けると、すぐにつながったようだった。少しの間、看護師さんと笠井先生のやり取りが続き・・やがて受話器を置くと看護師さんが私を見た。
「笠井先生、後5分ほどで来れるそうなので面談室で待っていてくれる?今案内するわね?」
そしてナースステーションのカウンターから看護師さんは出てくると、「こっちよ」と言って私の前に立って案内してくれた。そこは前回面談した時と全く同じ部屋だった。
「それじゃ、ここで待っていてね?」
「はい、ありがとうございました。」
会釈すると看護師さんも笑みを浮かべてくれた。
カチコチカチコチ・・・
テーブルと椅子、そして壁掛け時計しかない部屋でいつものように待っているとドアからノックの音が聞えて来た。
「笠井ですが・・加藤さんはいらっしゃいますか?」
「はい、加藤です。」
するとカチャリとドアが開かれ笠井先生が面談室に現れた。
「こんにちは、笠井先生。」
椅子から立ち上って挨拶すると、笠井先生は笑顔で言った。
「こんにちは。加藤さん、お掛け下さい。」
言われて、再度椅子に座ると笠井先生も私の向かい側の席に座り、早速口を開いた。
「加藤さん・・実は今日お呼びしたのは忍さんの外出許可についてです。」
「え?外出許可ですか」
まさかそんな話になるとは思わなかった。
「ええ・・・忍さんはどうしても一度家に帰りたいと訴えているのです・・。しかも泊りがけで・・・。」
そ、そんな・・・お姉ちゃんが・・?でも・・・。
「あ、あの・・・これは私の意見なのですが・・とても今の姉が1人で家に帰るのは無理だと思うんですけど・・ましてや泊りでなんて・・。」
すると笠井先生も言った。
「ええ。私もそう思います。何しろ・・今も忍さんには部屋から出ないように指示を出していますから。」
「え?あ、あの・・私、この間姉が1人で病棟を歩いている姿を見たのですけど・・・?」
それを聞いた笠井先生の顔色が変わった。
「何ですって?そんな・・・絶対に部屋からは1人で出ないようにあれほど言いきかせていたのに・・。」
そして私を見ると言った。
「分かりました。忍さんには外出許可はまだ出せないともう一度本人に納得して頂くように説得してみます。では次に今行っている治療法なのですが・・・。」
こうして、この後も30分程笠井先の話を聞かされた。
****
「笠井先生、本日はお忙しい中面談の時間を取っていただき、ありがとうございました。」
エレベーターホール前まで見送りに来てくれた笠井先生に頭を下げると笠井先生も言った。
「いえ、こちらこそお仕事お休みさせてしまいましたね?それでは・・忍さんにはまだ外出許可は出せないと伝えておきますよ。」
「はい、ありがとうございます。」
そしてエレベーターが到着したので、私は軽く笠井先生に会釈すると乗り込み、新たに頭を下げ・・・私は病院を後にした。
だけど・・お姉ちゃんに外出許可を出さなかったことにより・・この後、私の身にとんでもない出来事が起こるとは、私も笠井先生も思いもしていなかった―。
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