第3章 4 戻った姉の自我

 亮平がお姉ちゃんを連れて階下に降りてきたのはそれから5分程経ってからの事だった。2人が降りてくる気配を感じた私は慌てて『東京ガイドブック』のページを開いて、何食わぬ顔で見ているふりをした。


「悪い、待っただろう?鈴音。」


亮平はすぐに声を掛けてきた。そのすぐ後ろにはお姉ちゃんがいる。今まで泣いていたのか、目が赤くなっている。


「ううん。気にしないで。それより、お姉ちゃん・・・よかった。顔・・見せてくれて・・。」


私が言うと、お姉ちゃんはフラフラとこちらへ向かって歩いてくる。


「お姉ちゃん。」


立ち上がって私のほうから近づくと、お姉ちゃんは私の首に両腕を巻き付け抱きしめてくると言った。


「今までごめんね・・・鈴音ちゃん・・・。ずっと迷惑かけちゃって・・・。」


お・・お姉ちゃんが・・しゃべった!

信じられなかった。進さんのお通夜の日から・・・お姉ちゃんは口も利くことが出来なくなってしまっていたのに・・・もう壊れてしまって・・二度と戻れないかと思っていたのに・・・。


「お姉ちゃん・・・お姉ちゃん・・・。」


私はしっかり抱きしめると言った。


「お帰り、お姉ちゃん・・・。」


するとお姉ちゃんは言った。


「ただいま・・・。」



 その後、私と亮平、お姉ちゃんの3人でダイニングテーブルの椅子に座ってケーキを食べる事にした。

お姉ちゃんが大好きなチーズタルト。いつもならカット済みのケーキを買ってきていたのだけど今回だけは特別。奮発してホールで買ってきてしまった。


「じゃーん!見て見て、お姉ちゃん。お姉ちゃんの大好きなチーズタルト・・・なんとホールで買ってきたんだよ?」


「まあ、すごい・・。鈴音ちゃん、高かったでしょう?」


すると亮平が言う。


「いいんだって!忍さん、遠慮しないで鈴音に好きな大きさをカットしてもらえばいいさ。」


「ちょとぉ~っ!買ってきたのは私なのに、どうして亮平がそんな事言うかなあ?」


口をとがらせると、亮平が笑いながら言った。


「ハハハハッ!お前のその顔・・・まるでひょっとこみたいだなあ?」


「まあ、亮平君。鈴音ちゃんひょっとこみたいな顔していないわよ?私の可愛い妹なんだから。」


お姉ちゃんは少しだけ笑みを浮かべた。

うん・・お姉ちゃん。今はまだ・・心の底から笑えるのは当分無理だと思うけど・・ちょっとずつでいいから・・また素敵な笑顔を見せてくれるよね?


私は次に亮平をチラリとみると心の中でお礼を言った。


ありがとう、亮平。


やっぱりお姉ちゃんには亮平が必要・・・そして亮平にもお姉ちゃんが必要・・なんだよね?


私は寂しい気持ちを押し殺しながら、ケーキを口に入れた。

そのケーキの味は・・・いつもよりもほろ苦く感じた―。



「鈴音。なんだ?ディズニーランドのページを見ていたのか?」


お茶の時間を終えた亮平が私の見ていたガイドブックをヒョイと取り上げた。


「う、うん。そうなんだ。」


まさか適当に開いていたページがディズニーランドのページだとは思わなかった。


「え?ディズニーランド?」


すると紅茶を飲んでいたお姉ちゃんが顔を上げた。


「鈴音ちゃんと亮平君・・・一緒にディズニーランドに行くの?」


「ハハハ・・忍さん。それは無理ですよ。だって俺と鈴音は休みが合わないんだから。行くのは俺と忍さんの2人ですよ。な、鈴音?」


「う、うん。そうだよ。」


「え・・・?それじゃ私と亮平君が一緒に・・?」


「忍さん・・・俺と2人じゃダメですか?」


「ダメって事はないけど・・・でも鈴音ちゃんに悪くて・・。」


お姉ちゃんは申し訳なさそうに私を見る。だから私は明るく言った。


「いいの、いいの。私は計画を立てるプランナー。そして遊びに行くのはお姉ちゃんと亮平。ほら、私って旅行会社に勤めているからさ?」


「でも・・・いいのかしら・・?」


そう言えば、お姉ちゃんはまだ一度もディズニーランドには行ったことがなかったんだっけ・・・。


「よし!鈴音さん。それじゃ今度の土曜日、俺と一緒にディズニーランド決定ですね!」


亮平が嬉しそうに言うのを、私は複雑な気分で見つめた―。



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