第1章 5 私のお願いは?

 結局、この日は夕方5時までかかって井上君と2人でビラ配りを頑張って、ノルマ分の600部を無事配り終える事が出来た。


「はあ~・・・つっかれたなあ・・・。」


井上君が空になった段ボール箱を畳みながら、肩をトントンと叩いた。


「ほんとだね・・・でもいいじゃない、井上君はさあ・・。今日は早番なんだから18時になったら帰れるでしょう?私なんか今日は20時まで仕事だもんね・・・。」


私は溜息をつきながら言った。


「そうなんだ、それは大変だなあ。」


井上君は心の籠っていない「大変だなあ」を言う。


「まあ・・・別にいいけどね・・。さて、それじゃお店に戻ろうか?」


「ああ、そうだな。」


そして私と井上君は2人で代理店へと戻った。




「お帰り、ご苦労だったね。」


私と井上君が代理店へ戻ると係長が労いの言葉を掛けてきた。


「いえ、それ程でも。」


井上君は嬉しそうに返事をする。


「係長、ビラを持ったお客さん・・・お店にいらっしゃいましたか?」


私が尋ねると係長は目を細めながら言った。


「ああ、君たちの頑張りのお陰で、今日10組予約が入ったよ。」


「えっ?!そうなんですかっ?!それで、その人達の売上って・・・俺達のノルマに入るんですか?!」


すると、背後から3年生先輩の大田さんが声を掛けてきた。


「そんなはずないだろう?接客をして予約を受けた俺達の成績になるに決まってるだろうが。」


「そうなんですね・・・。」


私はがっかり肩を落とした。


「まあまあ、明日は君たちはビラ配りに行かなくていいから。明日はデスク業務に入ってくれればいいよ。君達2人の代わりに大田にビラを配らせに行くから。」


「えっ?!か、係長・・・本当ですか・・・?その話・・・。」


大田先輩が露骨に嫌そうな顔をした。


「ああ、大田。君は新人じゃないから一人でビラを配りに行くんだぞ?」


係長は大田先輩を正面から見据えると言った。


「はい・・・了解しました・・・。」


そしてすごすごと大田先輩は自分の持ち場へと戻って行った。


その後私は電話応対や、新しい旅行プランのパンフレットの入れ替え業務等を行い、井上君は18時になると退社して行った。



 18時を過ぎると代理店に残る人数は半分に減ってしまう。それに今日は金曜日だから仕事帰りのサラリーマンやOLさん達がお店にやって来るので、閉店時間までは大忙しだった。


やがて20時になり、最後のお客さんも帰ったので私はシャッターを閉めに裏口から外に出た。


ガラガラガラッ!


シャッターを閉めて店へ戻ると、先輩たちが後片付けをしていた。すると入社4年目の川辺さんが私に声を掛けてきた。


「加藤さん、倉庫の戸締りしてきてくれる?」


「はい、分かりました。」


すぐに倉庫へ行った私は戸締りをし、電気を消した後店舗に戻ると、PCの電源はすでに落とされていた。


「よし、それじゃ皆帰ろうか。」


遅番だった係長に促され、私たちは店舗を後にした。


「お疲れさまでしたー。」


駅前で他の社員の人達と別れ、私はホームへ降りるとスマホを取り出し、地元の駅に着くまで、ネットで連載されている漫画を読むことに没頭した。


 電車に乗り込み、駅に着いたときには案の定、夜の9時を回っている。


「はあ・・・。」


私は溜息をついた。最近この付近で痴漢騒ぎが起こっている。しかもその場所が私の通勤する道と同じなのだ。


「嫌だなあ・・・。亮平・・・迎えに来てくれないかなあ・・・。」


私は駄目もとでスマホをタップして、亮平の携帯番号を表示させると、ダイヤルした。



5コール目で亮平が電話に出てくれた。


『もしもし?』


「あ、亮平。私・・・今駅に着いたんだけど・・迎えに来てくれないかなあ?」


『ええ~・・・何で俺がお前を迎えに行かなくちゃならないんだよ・・・。』


「だって・・家に帰るには途中薄暗い道を通らないとならないし・・・最近、あの辺痴漢が出てるし・・・。」


『大丈夫だろう?お前なら・・・棒があれば平気だって言ってたじゃないか・・・。忍さんなら迎えに行ってやってもいいけどさ・・。おい、もう電話切るぞ。今テレビ観てるところだから。』


「あ、そうだったの?ごめんね。邪魔しちゃって。」


『ああ、全くだ。それじゃ切るぞ。』


ブッ!


すぐに電話は切られてしまった。


「はあ・・・・・。」


私は溜息をついた。


「やっぱり駄目だったか・・・ほんの少しでも期待していたんだけどな・・・。」


仕方ない、1人で家まで帰るしかないか・・・。


そして私は家を目指して歩き始めた―。

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