時代遅れの風紀総番長「巴御前」、曲者の新入生に翻弄されるの巻

二式大型七面鳥

一万字短縮版 時代遅れの風紀総番長「巴御前」、曲者の新入生に翻弄されるの巻

「何事だい?」

 新入生の入寮日、あたし、清滝 巴きよたき ともえは、男子二人が部屋割りで揉めている現場に割って入った。

「あんた風紀委員か?じゃあ、部屋割り替える方法教えてくれ」

 その小柄で、腰までの長髪にフレームレスの眼鏡の美少女と見まごうばかりの彼は、あたしの風紀の腕章を見て、言った。

「部屋割り変更願いは生徒会扱いだけど、相手が気に入らないってだけじゃダメだよ。それに、どっちにしても新学期が始まらないとね」

 うちの学校は全寮制、基本的に二人部屋だ。

「先輩は、その生徒会じゃ?」

 もう一人の男子、大柄で髪は無造作に横分け、ミリカジを着た方があたしに尋ねた。

「執行部は休日返上なんだよ」

 苦笑しながらあたしは答える。

「で?訳を聞かせてもらえるかい?」

「いや、ちょいとね。全面的に俺が悪いんだが……」

 その大柄な方が、バツが悪そうに答える。あたしは努めて優しく、小柄な方に頼む。

「どっちみち今日はどうにもならないんだ。こいつもこう言ってる事だし、あたしに免じてこの場は納めてもらえないかい?」

「……わかった」

 小柄な方はそう言うと、大きな鞄を引っ張って部屋の中に入った。

 それを見て、ため息をついた大柄な方が、

「助かりました、先輩」

「まあ、仕事だしね」

 微笑んで返すあたしを、大柄な方は妙に嬉しげに見ていた。

「何?」

「いや、初日からこんな綺麗な先輩とお近づきになれて幸先いいなって」

 ダッフルバッグを担ぎ直して、彼は笑う。

「ばっ……」

 予想外の台詞に、あたしは言葉に詰まった。

 これが、大柄な方、滝波 信仁たきなみ しんじと、小柄な方、横井 寿三郎よこい じゅざぶろうとの出逢いだった。


「そりゃあんた、立派なスケバンだよ」

 あたしの悪友、紐織結奈ひもを ゆなはきっぱりと言い切った。

 数日後の昼食時。あたしは結奈に、あたしは周りにどう見えてるか聞いてみた。

「素材は悪くないけど、あんた垂れ目で、地毛とは言え茶髪のワンレンで。まんまお水だね」

「うっ」

 ド直球でそう言われ、あたしはへこむ。

「にしても珍しいわね、鬼の風紀総番長、巴御前が」

「あんたん所の新入りが、ちょっかい出してくるからさぁ」

 ぽろっと、あたしはこぼしてしまう。

「あらぁ、巴御前に春が来たっての?」

「そんなんじゃないけど……」

 そういう事じゃないはずだけど、あたしも一応、女の子ではある。男子にちょっかい出されたら、ちょっとは気になる。

「……信仁しんじか」

 流石に、結奈は鋭い。

 どういうわけか、例の二人は揃って結奈の居る科学部に入部している。

「あいつ「女子の会話に混ざれる」タイプと見たけど。多分あいつ、女兄弟居るんだよ」

「そういうもの?……そうだ、あんたん所のもう一人の問題児はどうよ?」

寿三郎じゅざぶろうの事?あれ、ただのツンデレだよ?」

「……はい?」

「あの二人、あたしに隠れてなんかコソコソ始めたから、そのうちとっちめてやるけど」

「わかった、ありがと結奈」

 あたしは、結奈に礼を言って席を立った。


 昼食後、剣道部員でもあるあたしは大体毎日、人気のない屋上で素振りの自主練をしている。

 基本の形を十五分ほどしてから、あたしはポケットからゲーセンのコインを取り出す。

 左手で木刀を腰にくように持ち、腰を落とす。呼吸が合ったと思ったところで、右手でコインを宙に弾く。高く宙に上がったコインの軌道を読み、木刀を抜きつける。

 甲高い音と手応え。あたしは、木刀を納め、深く息を吐く。


「……いや、大したもんだ、良いもん見せてもらいました」

「うわひゃ!」

 飛び上がって驚いたあたしが声の方を見ると、巨大なエアコン室外機の上から、見覚えのある下級生が顔を出していた。

「あ、あんた、ど、い、な……」

「はい、滝波信仁たきなみ しんじでございます。ここ、見晴らし良いっすね、正門も裏門もバッチリだ……おっと」

 焼きそばパンを囓りながら双眼鏡で正門の方を見ていた信仁が、呟いた。

「ビンゴ」

 あたしも、信仁が差し出した双眼鏡を受け取って覗く。と。正門付近に、明らかに学校関係者ではない大型乗用車が二台、停まった。

 あたしが信仁を見上げると同時に、スマホを操作していた信仁が室外機から飛び降りた。

「ちょ!」

 状況は掴めないが、とにかく、反射的にあたしは信仁を追う。その信仁は、正門じゃなく裏門に向けて走る。

「ちょっとあんた!そっちじゃ」

「そっちは頼みます先輩!」

 言って、信仁は走り去ってしまう。

「って、何よ、あんにゃろう!」


「……おう、三下が雁首揃えて、何の用だ?」

 あたしより先に正門に来ていた横井寿三郎よこい じゅざぶろうが、車から降りてきた三下数人に向けて啖呵を切った。

 ってんじゃねえぞコラとかなんとか、意味不明な威嚇を口にする三下に、あたしは、言う。

「部外者の校内立ち入りは禁止です。御用なら受付にどうぞ」

「俺達ゃこいつに用があんだよ」

 先頭の三下があたしに言いながら、寿三郎に手を伸ばす。あたしは、左手で寿三郎を制して一歩後ろに押しやる。

「清滝君、何の騒ぎです?」

 あたしの後ろから、次期生徒会長候補の甲子園勝利きねくに かつとしの声がした。やっと来たか。

「こちらが、彼に用があるんですって」

 あたしの言葉を受けて、甲子園が続ける。

「失礼ですが、御用なら、生徒会が伺いましょう」

「それじゃあ……」

 大型乗用車から、高そうなスーツを着た男が出てきた。

「こっちの姉ちゃんを借りていくってのはどうだい?」

 下卑た目であたしを見ながら、その男は言う。

「何の御用かは、言うまでもねぇだろ?」

 言いながら、男はあたしに左手を伸ばす。その時。

「お兄さん、おさわりは禁止です、よっと!」

 男の手を別の男の手が掴み、ひねりあげる。

「て、な、なにしやが、あ、あーっ!」

「アニキ!」

 相当痛いのだろう、アニキと呼ばれた男の額には脂汗が吹き出している。

「あんたら、俺たちがどこの学校に居るか、調べて回ってんだろ?ここに居るのわかったんだから、出直しな」

 三下共の背後から急に現れた信仁が、言った。

「てめ……」

 脂汗を流すアニキが、右手をスーツの懐に入れようとする。

「止めときな、仮にも極道が、高校生相手に得物抜いたら恥の上塗りだぜ?それとも、警察呼ぶか?」

 同じように懐に手を入れた周りの三下を見まわして、信仁が啖呵を切る。

「……引き上げだ」

 アニキとやらが、苦々にがにがしげに、言う。

 覚えてやがれとか何とか、聞き飽きた捨て台詞を残して大型乗用車二台が走り去るのに、さほど時間はかからなかった。


「……こんなとこか?」

「ま、こんなもんだな」

 寿三郎と言い合って、あたしに振り向いた信仁に、

「危ない事してんじゃないよ!」

 あたしは、目があった瞬間、思わずビンタをくれていた。

 危ない事するなってのは、本心だ。つい手が出るのはあたしの悪い癖。でも、やっちゃってから、しまったとは思った。一応は、こいつはあたしを助けようとしてくれたんだから。

 けど、信仁は何も言い返さなかった。あたしは思わず目を逸らしそうになったけど、それはあたしの矜持が許さなかった。

「……何がどうなってるのか、ちょっと説明してくれるかな?」

 そんなあたし達に、甲子園きねくにが声をかけた。


「入学式の四日前?渋谷で、寿三郎君が女子に間違われてスカウトされかけて、そこに通りかかった信仁君が、反社関係者が女子を勧誘していると勘違いして止めに・・・入った、と」

 生徒会役員室で要点をホワイトボードに書き出していた甲子園きねくにが、振り向く。

「止めただけで、そんなに恨みを買うものか?」

「まあ、肉体言語で交渉しまして」

 答えた信仁に、甲子園が眉を寄て、言う。

「警察は?」

「連中も藪蛇は避けてぇだろ」

「しかも高校生にやられたとなっちゃ」

 寿三郎と信仁が、交互に答える。

「それで、学校を探してた?」

 壁にもたれたあたしが、被せる。

「よくも探し当てたもんですよ、なあ?」

「ああ、バカにしたもんじゃねぇな」

 信仁が肩をすくめ、寿三郎が相槌を打つ。

清滝きよたき君、連中、また来ると思うか?」

 甲子園が、あたしに振る。

「もう来ないとは思うけど、人気の無いところで意趣返しはあり得るね」

「同感だ。二人とも、当面は誰かと一緒に登下校した方がいい。清滝君、頼めるか?早急に具体策は検討するが、それまでは……いや、妙案を思いついた」

 明るい顔で、甲子園が、言った。

「君たち、執行部に入部したまえ」


「生徒会なら常にあんたと一緒に居て不思議はねぇ、合理的だ。そいつは認める」

 生徒会役員室を出たところで、寿三郎じゅざぶろうが言った。

「女の下ってのは気にいらねぇが、そもそもあんたは上級生だし、肝も据わってる」

「つまり、よろしくお願いしますって事っすよ」

「勝手に訳すな」

「お?違ったか?」

「何よあんた達、仲いいじゃない?」

「そりゃあもう。同じベッドで寝る仲ですから」

「止めろ、二段ベッドだろが……コイツの能力は買う、それだけだ」

 ああ、結奈ゆなが言ってたツンデレって、この事か。

「……まあいいわ。もう五限目始まってるんだから、さっさと教室りましょ」


「教職員側から、実害も警察沙汰もない、内容も何らかの処分に相当する案件ではない、との返答を貰った」

 金曜の放課後、生徒会役員室。甲子園勝利きねくに かつとしが、あたし達に告げる。

「今後はそういった危険な行為は自重するように、との事だ。いいね?」

「は、了解であります」

「了解した」

 これで、学校側として今の注意以上の処分なしが確定。だが。

「でも、あの連中の件が片づいたわけじゃあ、ないわよね」

 あたしは、壁にもたれつつ呟く。甲子園も頷いて、

「そうだ。だが、教職員側は警察沙汰は避けたいらしい」

「まあ、そうでしょうね。当分は警戒するしかないか」

 ため息交じりに、あたしもそう認める。

「気にいらねーな。いっそ潰しちまえりゃあ……」

「物騒だな、俺も同感だけどな」

「んな事出来るわけないでしょうが」

「そりゃそっすね」

「まあ、当然だな」

 信仁が軽く答え、寿三郎が同意する。その二人の素直さに、あたしは逆に不安を覚えた。

――あの二人、あたしに隠れてなんかコソコソ始めたから――

 あたしは、結奈ゆなの言葉を思い出した。


「……こないだは悪かったね、ひっぱたいちまって」

 下校の途上。あたしは、ずっと引っかかってた事を、信仁に詫びた。

「いえいえ、むしろご褒美ですから」

「はい?」

 予想外の返事に、あたしは虚を突かれる。

「ったく、なんでオメーはこの先輩さんにそんなに懐いてやがんだ?この先輩さんは大したタマだがよ、何でオメーが、誰かの尻に敷かれてんだよ!」

 あ。そういう事か。あたしは、寿三郎って人間の一部が見えた気がした。だけど、信仁の返しは想定外だった。

「わかってねーな。あねさんの尻はな、こぉーんなに気持ちいいんだぞ」

「ぅにゃあああああっ!」

 突然尻を鷲掴みにされて、あたしは変な悲鳴を上げてしまった。

「何すんだこのスケベ!」

 瞬時に振り向いたあたしは、全力の右ストレートを信仁の笑顔に叩き込む。

「……これも、ご褒美か?」

 歩道に突っ伏した信仁が、サムズアップで答えた。


 その夜、門限過ぎ。寮の裏口ドアが薄く開き、人影が二つ、出てくる。その人影が駐輪場に移動し、バイクのスタンドを払った瞬間を狙って、あたしは言った。

「あんたたち、外泊許可は?」

 ぎくりとしたその二人は、

「やっぱ読まれてたか」

「なんでわかったんだ?」

「あんた達が悪巧みしてるとね、電波が飛んでくるのよ」

 適当な事を、あたしは言う。結奈ゆなから入れ知恵貰った事は黙っておく。

「で、門限破りしてこんな所で、何やってるのよ?」

 あたしは、愛用の木刀で肩を叩きながら、聞く。

「白状しちまうか?」

「半端な嘘は通じそうにないからな、姐さんにゃ」

 うん、いい心がけよ。

「いやね、ヤクザ屋さんに交渉に行こうかと」

「はあ?」

 思わず、今度はあたしが大声出しそうになった。

「このまんまじゃいつまでもらちあかないから、交渉して諦めて貰おうかなって」

「奴らの居所は絞り込めてる。交渉の材料も何とかなるはずだ」

 あたしは、混乱して、しばらく言葉に詰まる。

「……何をどう押しゃそうなるか、要点を簡潔に聞かせてくれる?」

「じゃあ、時系列で説明した方がいいかな……」

 そして、二人は、事の経緯を話し始めた。


 入寮日、寿三郎は、女子と間違えた事を水に流す代償に協力を信仁に提案、即座に某巨大ネット掲示板に「渋谷で違法ビデオのスカウトの三下が、高校生にされた」情報を写真を添付し投稿。それを見に来た奴にアクセス解析を実施したという。

「とはいえ、何しろ掲示板のアクセスは下手すりゃ万単位だからな。だから、画像に分散コンピューティング用のBotも仕込んどいた。思った以上に処理能力稼げたぜ」

「それ犯罪じゃないの?」

「立証できりゃあな。で、コメントも偽装して情報を小出しにして、どうやらその高校は都内北西部らしい、って話題になってきたところで」

「あいつらが学校に来た?」

「思ったよりは早かったな」

「だな。で、折角来ていただいたんで、発振器をお持ち帰りいただきました」

 秋葉で買ったジャンクスマホをベースに、一定間隔で付近のワイヤレスLANに進入を試み、成功すれば位置情報付きで発信する装置を科学部で作ったという。

「で、両方を照合して一番怪しいと踏んだ所に、これから行こうって所だったんすけど」

「あんたたち、一体何をどう交渉するつもりだったのよ?」

 寿三郎と信仁は、ちょっと顔を見合わせてから、言った。

「サーバの中身、全部抜いたぞ」

「全部、当局に密告チクるぞって。まあ、サーバの中身そのものはまだ抜けてないから、直接行って抜いてやろうかと」

 あたしは、開いた口が塞がらない、を通り越して、空恐ろしくすら感じた。この二人なら、本当にりかねない、今あたしが止めても、近い将来必ずやらかす、そう思った。

「……あんた達が本気でイカレてるってのはよくわかった。どうせ止めたって、また隙を見て行くんだろうし。だから、あたしもついて行く。そのかわり、あたしが引けって言ったら引きな。その条件呑むなら、見逃してやるわ」

「だ、そうです」

「って俺か?」

「そりゃ、俺はあねさんの尻に敷かれてるからな」

「わぁーった、大人しく言う事聞くさ」


 三十分ほど後。川口市の一角に、あたし達は居た。

 二人の視線の先にあるのは、曲がり角の向こうの貸し工場らしき建物。建物の大きさは15m×10mという所だろうか。工場の上は住居エリアになっているようだ。

 信仁は、盗聴電波探す奴みたいなのを操作して、

「おっとビンゴだ、SSIDが一致したぜ」

「じゃあ、どこまで潜れるか、やってみるか」

 寿三郎も、自分のタブレットを操作して何かを始めた。

「何を始めたんだい?」

 周りを警戒しつつ、あたしは信仁に聞いてみる。

「無線LANからサーバに侵入しようかと」

「侵入出来れば情報が取れる?」

「……そう簡単にはいかねぇな」

 寿三郎が、割って入る。

「外部からのアクセスは徹底的に警戒してやがる、WiFiそのものはザルなんだがな……」

「直接、親機サーバを叩けばいけるか?」

 寿三郎は、ニヤリと笑って、言った。

「誰に聞いてんだ?」


 監視カメラのあるシャッター側入り口はスルーし、明かり取り窓が三つある壁側に移動する。

「周囲の警戒、よろしく」

 言って、信仁はシャッターに一番近い窓のガラスを三角割という手法で割り、そこにボアスコープカメラを突っ込む。こいつ、ヤバい。

「中は誰もいないか?奥の明かりは事務所かな?」

 ボアスコープカメラをゆっくり振りながら、信仁が言う。事務所の明かりが気になる。

「……多数決だ、俺は行く、どうだ?」

 信仁が、寿三郎、あたしと続けて視線を合わせてから、片方の口角を上げ、言う。

「決まりだな。となりゃ……」

 錠を同様に解錠し、静かに窓を開けた信仁は壁に背をつけて中腰になり、ヘソの高さで両手を組む。寿三郎がその手を足がかりに工場内に侵入する。

 何、この息の合いっぷり。

 あっけにとられてるあたしに、信仁が促した。

「ほれ、あねさんも、早く」


「おっと……有り難ぇ、ログオンしっぱなしだぜ」

 明かりが点きっぱなしの事務所の片隅に置かれたPCをいじりながら、寿三郎じゅざぶろうが呟いた。

「なんだこりゃ、内部のセキュリティ、ザルだな……隣のサーバ室、頼む」

「あいよ。姐さん、行きましょう」


 事務所の隣のサーバ室のドアは施錠されていたが、信仁は手持ちのピッキングツールで解錠してしまう。コイツ、やっぱヤバい。

 部屋に入りドアを閉めた信仁はマグライトを点灯し、パソコンラックの脇にいくつか置いてある段ボール箱を物色し始める。

「おおっと、こいつは……」

 段ボールから取り出した、茶色い何かが入った袋を信仁はあたしに見せる。

「脱法系のアレ?」

「こんなに無防備に置いとくもん?」

「ガサ入れ喰らったらまるごと切り捨てるんじゃないっすか?」

 その時。離れた所から、水を流す音が聞こえた。


「しまった、トイレだったか?なげートイレだな」

 信仁が、呟く。確かに、工場の入り口ドアの脇にトイレらしきものはあったが。

「気付かれてない?」

「どっちにしても、騒ぐ前に黙らしましょう」

 小声で言う信仁に、あたしは頷き、ジーンズのポケットに数枚忍ばせておいたゲーセンのメダルに触れる。指弾、コイントスのついでに身についた技で使うものだ。

 足音が、ドアの前を通過する。事務所の前で、足音が乱れた。

「誰だてめぐぅ!」

 三下の怒声より一瞬出遅れたあたし達は、それでも信仁が背後から腎臓のあたりにマグライトの柄で突きを入れ、黙らす。

「不寝番居たのか……上に聞こえたか?」

 事務所から出てきた寿三郎じゅざぶろうが、聞く。

「聞こえてねぇといいんだが」

 その時、天井のさらに上から、複数の足音が聞こえ始める。

「今すぐ撤退は?」

 あたしは、一応、提案してみる。

「折角握ったネタだ、あと十分くれ」

「勿論、あねさんが強権発動するってんなら従いますがね」

「わかったわよ。その代わり、そのネタとやらできちんとケリつけられるんでしょうね?」

「ま、大丈夫だろうよ」

 寿三郎が、安請け合いする。

「頼むわよ」

 あたしは、竹刀入れから木刀を取り出しながら、言った。


 シャッター横のドアが乱暴に引き開けられ、どやどやと複数の人影が入ってくる。

「おい、電気」

 その人影の中央やや後方から声がかかる。一人が、配電盤の方に行こうとした、その時。

「ヘイ!兄さん方!」

 人影が揃って振り向いた、その時。

 死角に居た信仁しんじが、マグライトを点灯した。


 光に合わせて、あたしは隠れていた柱の陰から跳び出す。直後に光は消え、暗闇が戻る。瞼を閉じていたあたしの目は、惑わされない。

 相手は、七人。まず、手近な一人の鳩尾を突く。間髪入れず、もう一人。ちらりと見ると、信仁も一人して二人目にかかっている。あたしも手近な三人目に向かうが、この三人目はある程度目が見えているらしく、拳をこちらに突き出してくる。

 さすがに全員の目潰しは無理か、あたしがそう思った時。

 工場内全体が明るくなった。三下の誰かが、電灯をつけたのだ。

「……クソが!」

 言い捨てて、趣味のよくないスーツを着た男が、事務所に向かって走り出す。

「あ!アニキ!」

 それを見た、配電盤のスイッチを入れた男も、後を追って走り出す。

 あたしは即座に三人目をし、走り出しながら右手でポケットのコインを探る。そのあたしの目の前を、黒い棒状の何かがよぎり、アニキの後を追う三下の脚に絡みつき、転ばせる。それは、信仁のマグライトだった。

 やるじゃん。あたしは素直にそう思い、しかし脇目はくれず、アニキと呼ばれた男の後を追う。

 そのアニキは、事務所のドアの前で一旦立ち止まり、スーツの懐に右手を突っ込む。その右手を、あたしが放った指弾が穿つ。

「っあ!」

 痛みで顔を歪めたアニキの鳩尾に、あたしの木刀の切っ先がめり込んだ。


 気絶していた「アニキ」が、目を開けた。

「……え?な?……くそ、何だこの、おいてめぇら!」

 逆エビに縛られてるアニキが、ジタバタしながら毒ずく。

「兄さん、黒星ヘイシンたぁいい趣味っすな。ホルスターもなかなか」

 信仁は、アニキが落した拳銃を持ち、アニキから脱がせて自分が着けたホルスターを見せる。

「あっ……」

「でもね。カタギに銃向けるのはどうかと思いますぜ?そういうイケナイ銃は……」

 笑顔で、信仁はその拳銃をあっという間にバラバラにしてズタ袋に放り込む。

「くそっ、商売道具壊しやがって」

「俺達ぁ、あんた達をどうこうしようって気はねぇ」

 寿三郎じゅざぶろうが、口を開いた。

「取り引き関連書類は一切合切コピーさせて貰った。こいつを口外しない代わりに、あんたらはもう俺たちに関わるな」

 アニキの顔色が、青くなり、それから赤くなる。

「てめぇら、ガキの分際で、脅す気か?」

「ビジネスだよ。それが分かる相手だと踏んで、交渉持ちかけてるつもりなんだが?ここに居る全員が黙ってりゃ、何事もなかったのと同じだ、違うか?」

 精いっぱいのドスをきかせるアニキに、寿三郎は一歩も引かない。

「言っておくが、だまし討ちもなしだ。俺がデータ抜いただけで他は何もしてないとは思わない事だな」

 寿三郎が、ダメを押す。一介の高校生が言う事だが、その高校生に出し抜かれてこうなっている事を考えれば……

「……わかった」

 アニキは、食いしばった歯の間から、絞り出すように、言った。


「さすが、なかなか出来る判断じゃねえぜ。兄さん、やっぱあんた太っ腹、大したもんだ、なああねさん?」

 やや大げさなアクションで言って、信仁はあたしに振り向く。あたしも、ピンと来た。

「そうだね、惚れ惚れするって奴だね」

 こういうのは、女が言うって事に意味がある。褒め殺しだ。

「交渉成立だ。それじゃあ」

 そこら辺で見つけたカッターを手に、信仁がアニキに近付く。

「な、何のつもりだ!」

 信仁は、アニキの手と足を繋いでいたロープだけを切断する。

「これで少しは動けるだろ」

「待て、切るなら全部切りやがれ!」

「いやいや、後ろから撃たれちゃたまんねぇから、時間稼ぎはさせて貰うぜ」

 言って、信仁はそのカッターをアニキから少し離れた所に置く。

「あとは自力でな」

「二度と会わない事を祈るぜ」

 信仁に続いて、寿三郎が別れの言葉を口にした。

「ま、待ちやがれ!ほどきやがれ!おい!」

 床に半身を起こしたアニキがわめくのを無視して、二人はシャッター横のドアに向かう。

 あたしも、極力平静を装って、その後に続いた。


「あんた達、本っ当にイカレてるわね」

 貸し工場から少し離れた所で、あたしは二人にそう声をかける。

 あたしは、内心はビクビクものだった。あの連中が上部組織に連絡し、本格的に反社集団が動き出す事を恐れたのだ。

「でも解決はしたぜ?」

「何より、連中が一番怖いのは、一連の失態が上に知れる事でしょうからね」

「まあ、そりゃそうだけど。こんなの、生徒会にどう報告しろってのよ」

「ばっくれときゃ?半年もすりゃ自然消滅で」

「その頃にゃ別の問題が起きてるだろ」

「一番問題起こしそうな奴らが言うな……何してんのよ?」

 あたしは、歩きながら何かしてる信仁の手元を覗き込む。

「え?いや、いただいたお土産を組み立ててるんすけど」

「え、ちょっと待って、それ、ぶっ壊したんじゃ」

「しましたよ?通常分解フィールドストリッピングの限界まで」

「え?」

 あたしの疑問をよそに、信仁は組み立て直した拳銃を、革ジャンの下のホルスターに仕舞う。

「これくらい迷惑料っすよ。なあ?」

「だな」

 何でもない事のように信仁は聞き、当然の事のように寿三郎も答える。

「待って寿三郎、あんたも、もしかして」

「裏サイト関係の情報一式、コピーしてきたぜ?ま、当面は見るだけにしとくがな」

「見るな!んな危ないもん!あーもう分かった!あんた達は当分あたしの預かりだ!こんな危ない奴ら放っとけるか!」

「そりゃいい、俺は願ったりですぜ」

「やかましい!」

「ま、いいぜ。俺も、あんたの言うこと聞いてやる」

「へ?」

「腕も立つし機転も利く。確かに信仁おめーが言うとおり、大したタマだ」

「だろ?けど、あねさんの尻は俺のだからな」

「何であたしの尻があんたのだ!」

「だって俺、姐さん大好きだから」

「いや、その理屈はおかしいわよね?」

「じゃあ俺、姐さんの全部を俺がもらうってのは?」

「はい?」

「十年後、就職して稼いで、姐さんを嫁に貰うぜ!」

「はあ?」

「っは、ははは!」

 横で聞いていた寿三郎が、爆笑した。

「いいぜそれ!気にいったぜ!」

「な、何よそれ!」

「姐さん、俺は本気だぜ」

「だから!」

「諦めな姐さん、こいつは言いだしたら引かないぜ」

「ってちょっと、寿三郎あんたまでなんでそう呼ぶのよ」

「だって、なあ?」

「ああ、一番しっくりくるし」

「あーもう!」

 あたしは、腹を決める。

「わかったわよ!だったらあんた達、覚悟しときなさいよ、こき使ってやるから!」

「合点だ」

 二人の返事がハモる。この瞬間が、学校史に残る悪の二人羽織が結成された瞬間だった。


 かくして、これ以降、あたしの高校生活のかなりの部分は、こいつらのお守りに費やされる事になったのだった。

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