3―12

「結論を先に言うと、僕は最初のスコアは吉澤さんが作ったもの、あとのスコアは加賀谷くん、君が作ったものじゃないかと、そう思っているよ」


 と、林原は自分の考えを先ず表明した。


「最初にはっきりさせておくことは、白組と赤組のスコアは、今回まったく関係ないということだ。確かに114106の『アイシテル』は出来過ぎだけど、これは偶然そうなったとしか説明できない。なぜなら、それを故意に作ろうとしたら、他のチームと自分のチームの成績も出場者の走力差も全てコントロールしなければならない。そんなことはできるわけがない」


 ――江上……、恋愛能のお前との根本的な差が出たな……。


「だから、話は体育館倉庫にあった緑組と黄組の操作可能なスコアに絞れば良いことになる。先ず最初のスコア、140と195、これはお互いに1と自分自身を除いた約数の和が相手と等しくなる関係の数字で、数学では『婚約数』と呼ばれるものだ。吉澤さんは、ガヤのGと吉澤の……いや陽子のYが、そういう、月並みに言うと、恋愛関係に発展したいという意思表示をそこでしようとしたんじゃないかと思う」


 ――江上……やっぱり『アイシテイナイ』はただの偶然だったみたいだ……。


「で、これを君だけに早く見てもらうため、彼女は一計を案じた。つまり、彼女と前島くんが二人三脚で席を外すとき、用具係が体育館倉庫のスコアボードの付近にいく用事、例えば足りないスコアカードを取りにいかなければならないような状況をつくれば、高い確率で、君のほうがそれを取りにいくだろうと考えた。噂では江上さんは体育をサボる常習犯らしいからね。これは推測でしかないけど、吉澤さんは、あらかじめスコアに注目するようなことを、何か君に匂わせていたかもしれない」


 ――江上……、体育サボる常習犯らしいぞ? お前バレてるぞ……?


「ところが、彼女の目論見は外されてしまった。彼女が足りなくしたスコアカードはなぜか江上さんが取りにいってしまったからだ。体育館倉庫に残っているスコアボードの存在に気づいた君は、先回りしてそれを確認したのだろう。そこで吉澤さんの考えを察した君は、水筒がなくなったことにして、軽い熱中症になったフリをして、婚約数を見てないことにしようとした。君はそうやって、吉澤さんが今日、君に自分の意思を間接的に伝えたあと、その反応を見て、好意的なら直接的に伝えようと思っていた彼女のフラグを折ったんだ。そして、運動会が終わって、帰宅までそう間もない、夕方ギリギリまでその状態を引っ張って、そこでさらに追い討ちをかけた」


 ――目の前にいる林原の声は、もう遠くのほうから聞こえるようだった……。


「片付けのとき、少なくともそこでは、君が目にすることになるだろうと期待していた吉澤さんが見たのは、GとYが220と284、つまり自分自身を除いた約数の和が相手と等しくなる関係の数字、数学では『友愛数』と呼ばれるものだった。そこで初めて、吉澤さんは、君が実は吉澤さんのメッセージをすでに受け取っていたことを知った。と同時に、君が彼女に対して、自分たちの関係は友人の域を超えないという意思をメッセージとして伝えられた。そうすることで、君は完全に彼女から、それ以上アプローチされることを封じたんだ。おそらく、このままにしておくと、片付けのときに見てしまうとあとで気がつき、江上さんが取りにいったという事実ができた頃を見計らって、保健室から帰ってくる途中に体育館倉庫に寄って友愛数に変えたんだろう。もしかしたら、それに必要なスコアカードを3階の教室でそっと確保してからいったのかもしれないね。長くなったけど、僕の話は大体こんなところだよ」


 ようやく、林原の独演会が終わった。俺はなるべく、江上のことで気を紛らわせたりして、心に致命傷を負わないように踏ん張っていた。


「それで? 結局、林原はどうしたいんだ? 陽子や俺が何かやったかもしれないが、何もやってないかもしれない。スコアだって、他の誰かが触ったもので、婚約数も友愛数も、たまたま、偶然そうなったかもしれない。そういった可能性は排除できないぞ?」


 俺は精一杯の抵抗を試みた。


「まさにそれだよ」

「どれだよ?」

「君たちの関係は特別だ。一度壊れたら二度と元通りにはできないだろう。お互いにそうやって、気持ちは伝えるけど、はっきりとは伝えない。お互いに誰がやったとも明言しない。その偶然の可能性の逃げ道を残しておくことで、何もなかったように、その特別な関係を壊さずに守れるようにして、それでも、心は通じ合わせているんだ。実に興味深いよ」


 俺はギュッと握りこぶしを固めた。全身の血は冷たいのに頭がカッと熱くなり、もう少しでキレそうだったがなんとか持ちこたえた。


「それで、お前の知的好奇心を満足させたくて、こんな長話に俺を付き合わせたってことか……?」

「もし気を悪くさせたなら謝るよ。僕はどうも真実があると、どうしてもそれを求めてしまうんだ。真実がいつも最良の結果をもたらすわけでもないのにね。僕から君へのお願いは一つだけだよ。今、我がクラスには、不幸にも水筒の盗難にあった生徒がいたかもしれないというニュースが流れている。だから、それが誤報だったと周知してほしいんだ。勘違いしてただけで見つかったってね。僕が委員長をしているクラスでそんな不祥事が起きるなんていうのは勘弁してほしいからね」


 なるほど、よく考えれば、林原として、一言、俺に言いたい道理は確かにあったな。俺は少しだけ自分の浅慮を恥じるとともに、なぜこいつのことが好きになれないのか、わかったような気がした。


「水筒の件はわかった。委員長に余計な心配かけて悪かったな。水筒だけに水に流してくれ」

「笛が吹いたらノーサイドだろう? 気にしなくていいよ」

「どっちかと言うと、お前が笛を吹いて、俺は踊らされてる気分だけどな」


 ――俺がこいつが好きになれない理由……、それは同族嫌悪と言うやつだ。

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