3―3
「いや〜、ゴメンね〜。吉澤にバスケ部に入ってもらいたかったから、あんまし恨まれたくないんだよね〜」
ホームルームが終わったあとで、東咲が今ごろ謝ってきた。
すでに空いていた隣の席に腰を落ち着けるので、俺も帰り支度の手を一旦とめる。ちなみに陽子はすでに帰宅していた。朝と違って、帰りはたまに一緒になることもあるが普段は別々に帰っている。
「なんだ、まだ諦めてなかったのか?」
「まぁね〜。でも、秋大会で3年が抜けたら、1・2年の部になって、メンバー固まっちゃうから、もう無理かな〜って感じだけど」
「たぶん、今の雰囲気じゃ厳しいと思うぞ?」
「そうね〜。誰かさんと同じで、帰宅部がいいみたいだしね〜」
そう言いながら、東咲はフフンと鼻を鳴らした。
「でもさ〜、さっきの吉澤の言い方が、ちょっと狙いすぎって感じで、イラッとしちゃったから、一瞬、どうでも良くなって、かがやっちと組んじゃおかなって思っちゃった〜」
東咲が少し甘えた口調になって、顔を近づけ、急にさっきとは真逆のことを言ってきた。ニャッと笑う三白眼は、どこまで冗談で言ってるのか読ませまいといった感じである。
「あれな。同性から見ると、やっぱわざとらしく見えるよな」
陽子は昔から一つ一つの表情やしぐさがオーバーになるふしがあった。最初の頃は小柄なので大げさにしないとわかりづらいと思ったのかもしれない。きっかけはどうあれ、なまじ可愛いい童顔でそういったしぐさをするものだから、異性から見れば思わず庇護欲がそそられてしまいそうになるが、同性からはあまりウケがよろしくないご様子だった。色白ですぐに顔が朱くなるのは生まれつきなので、仕方ない要素もあるのだが。
「それで? そもそも、なんで俺と組んだら陽子に恨まれるんだ?」
俺は若干、気まずくなりそうな空気をごまかすように話を元に戻した。
「それ、本気で言ってる〜?」
「みんな誤解してるようだが、俺と陽子とはただの幼馴染みだぞ?」
ある程度、誤解されてしまうのは、自分でもやむを得ないとは思ってるけど。
「え〜っ、かがやっちはそう思ってるかもしんないけど、吉澤は違うんじゃな〜い?」
「まぁ、さすがに嫌われてるとは思ってないが……、そういうのとは違うと思ってる」
東咲が不思議そうな顔をする。
「なんでそんなふうに思うの?」
「理由は……、難しいな。俺が勝手にそう思ってるってだけだから。ただ……」
「ただ〜?」
「少なくとも、今まではずっとそうだった。ただの幼馴染みとしてお互い接してきた……と思う。だから今日のあれは俺も正直、なんだこいつ? ってちょっと驚いたよ」
「へ〜〜ぇ!」
正直、俺はここ最近、高校生になってからの陽子の態度の変化に内心戸惑っていた。東咲の三白眼がさらにニャッとなって、興味深そうに俺の顔をしげしげと眺める。
「あんたたちって、もうとっくに完璧夫婦かと思ってたけど、まだそんなとこ、うろついてたのね〜。意外〜」
「なんだよ? まぁ、なんかよくわからんけど、ちょっとは誤解が解けたんなら、なによりだよ」
――とりあえず夫婦じゃありません。ましてやネトゲの嫁でもないし、今期の嫁とかでもないから。
「ねぇ! かがやっち!」
東咲が唐突に嬉しそうな声で聞いてくる。っていうか、お前そんなに可愛い笑顔できたん?
「さっき、私がペア組むの断って、残念だった〜?」
「いや、結果的に断ってくれて助かった。お陰であのまま二人三脚に出させられなくて済んだし」
この裏切り者が秒で瞬殺しやがって、とは言わない。結果が良ければ全て良し。俺は正直に思ったまま東咲からの質問に即答した。
「かがやっち! それ〜っ! あんたのそういうとこだから‼」
「なにがだよ⁉」
さっきまでの天使のような微笑みはなんだったのか? 今度は突然、激おこモードである。もう、1話飛ばしたらどころか、CM中にちょっと違うチャンネルにまわしただけで、ついていけないくらいジェットコースタードラマのような展開だった。
「そうやって近づこうとする人の心の前に壁を作って、それ以上、入らせようとしないとこ。だから、たぶん吉澤とだってずっと幼馴染みのままなんじゃん?」
東咲はこれまた、あっという間に冷静になると、今度はたしなめるような口調で俺を諭してきた。
「いや、そう言われてもなぁ……」
「かがやっちは自分で思ってるよりスペック高いんだからさ〜」
「イケメン指数なら俺より前島のほうが高いと思うぞ?」
「あれはイケメンじゃなくって、ウケメンっしょ?」
「ひどいな、お前」
ようやくいつもの通常運転に戻ってくれたか? しかし、それまで座って俺と目線を合わせるようにして喋っていた東咲は、すくっと立ち上がり俺を見下ろすと、
「ひどいのは、かがやっちでしょ? その気がないなら早くわからせてあげないと残酷だよ?」
またまた真面目な口調に変わって忠告してきた。
「そんで、とっとと、吉澤がバスケ部に入ってもいいと思うように引導渡してちょうだい!」
「結局、そこかい! だから誤解だって!」
そのまま、遅刻、遅刻〜と言いながら東咲は部活にいった。最後はいつもの東咲だったが、今日の東咲はいったいどうしたのだろう? なんだか心がぴょんぴょんでもしたのだろうか……?
帰宅しようと教室を出ようとする俺に委員長の林原が呼びかけてきた。
「あぁ、加賀谷くん、今日はすまなかったね」
「笛が吹けばノーサイドだ。気にするな」
「……? なんだかよくわからないけど、用具係のほうも頼んだよ。じゃ、またね」
そう、この高校では部活をしていない帰宅部の面々は、運動会では強制的に用具係を任せられる。これは球技大会における運動部、文化祭における文化部との負担の公平化に対する措置だそうだ。だがそれは平等の思想であって、公平ではないと俺は声を大にして言いたい。学校から部費をもらって活動している連中が、学校行事に進んで奉仕するのは当然の義務だろう? 一緒にすんなや、まったく。
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