第28話 “咲夜御殿”とは何か(4)

 私たちはあれからツキカゲさんに楼閣の廊下を歩きながら、人型のツヨを改めて紹介する。


「……まさか、こんな愛らしい子になるとはねぇ」


 やはり、この世界でもツヨは可愛いようだった。

 ツヨは少しむくれた顔をする。


「僕、一応、性別でいえば男なんですが……」

「ん? そんなの、この世界では気にしない奴らが多いよ。このところ奴隷商売も多いからねぇ。皆の前でこの姿にならなかったのは正しかったよ」

「……」


 久しぶりの人型のツヨは、その言葉に泣き出しそうな顔だ。

 その様子にツキカゲさんはツヨの肩を軽く叩く。

 

「まぁまぁ、これから生き方でいくらでもいい男になるものさ」

「……ホントに?」

「大丈夫大丈夫。それより、ホラ、ここでゆっくりしていきな」


 そして、廊下の突き当りにある大きな障子を開いた。

 そこは何十畳もある大広間のようで、内部は薄暗く、奥には障子がなかったため、20~30mくらいの開口からは一面の星空が広がっていた。

 私たちは、ツキカゲさんに手を引かれながら、大広間の中を歩く。


――グニュッツ


 たまに感じる足の感触は畳の上にある何かを踏んでいるようだ。

 試しに一つ拾ってみると……これは着物?


「この子たちはねぇ、我が一族に伝わる宝物たちさ」

「この子たち?」

「まぁ、見てな。ほら、お前たち! 客人だよ!!!」


――ガタガタッ


 すると、大広間に灯りがともり、すべての宝物が、生きているかのように動き出し、喋りだした。


――オハヨー


「これは”八百万”(やおろよず)といってね。物の魂を呼び覚ます術さ。事前に筆で術式を組み込んであるのさ」


 私が持っていた着物もくるくる回りだすと狸の形になり、トコトコと歩きだした。


――シゴト、シゴトー


 まわりを見ると、掃除を始めるものや……。


――キョウハ、カクレンボー


 遊んでいるものもいる。 


「ひゃっ?!」


 そして、ツヨの周りには、着物や宝飾品がクルクルと回っていた。


――ワタシヲ キテミテー


――モットモット カワイクナルヨー


「あぁ。あの子達は、ツヨに着てほしいみたいだねぇ」

「嬉しくない~~~~」


 ……ツヨの魅力は恐ろしいものだった。

 ツキカゲさんはツヨに付きまとっていた着物たちを追い払う。


「じゃ、私は見回りついでに食事の準備をするからねぇ。愛紗とツヨは、何か手がかりがあるかもしれないんだろ? ゆっくり見ていきな」


 そしてそう言うと、いつくかの農具と食器たちを連れて大広間から出て行った。


 私は試しに”宙の法”(そらのほう)を部屋の宝物たちに向ける。


“名称:ツキカゲ祖母の着物――”


“名称:立体映像投影機(ツキカゲとツキカゲ母の発明品(失敗))――”


 こうみると、この宝物たちはツキカゲさんにとって大切な思い出があるもののほうが多いようだ……が……


“――半径20m以内、シンによる理ことわりの干渉率:約5%――”


 シンの手がかりにも近づいたようだった。


******


「――!!! これだぁ!!!」


 あれから三時間。

 ツヨを中心に宝物たちが群がりすぎてしまい……、


――コッチモキテミテー


――アー、ズルイ―


――ワタシモ、ワタシモ―


 なかなか思うように探索が進まなかったが……やっと手がかりになるものをツヨが見つけた。

 そんなツヨは、着物たちにの根気に負け、着物や帯を何着か身に着けている。


――……オナツカシヤ………………………………ツヨ・ソラノミタマノカミ サマ


 それは、私たちの近くで演奏していた和楽器のような集団の中の三味線のようなものだった。

 三味線は老人のようなゆっくりとした口調で話しかけてくる。

 だが、もう年代物のせいか、音色や演奏も大分反応が遅いように思えた。


「……ツヨ、この子大丈夫かなぁ」

「うん、だから僕の力を少し与えようと思う。この世界で十分なくらい零因子を吸収できたし」


 するとツヨは三味線のようなものに手をあて……


「君を”極弦”(きょくげん)と呼ぶ」


 とつぶやいた。


――シュウウウウウウウウウウウウウウゥ


 極弦はといわれた三味線は、みるみるうちに艶や音色を変えていく。


「オオ……これは、一体」


 曲弦は、ツヨに力を与えられるほど徐々に屈強そうな男性の声で話し始めた。


「聞きたいことがあったからね、僕の従者として力を与えたよ」

「……なるほど。この沸き上がる力、咲夜姫様と同じものを感じる……とても心地がいい」


 どうやら咲夜姫を知っているようだ。

 ツヨと私は思わず顔を見合わせる。


「……曲弦。君は咲夜姫の楽器だったのかい?」


 ツヨはゆっくりと質問を始めた。


「あぁ、咲夜姫様は、この俺たちで世界の調和を奏でていた……亡くなるまでお仕えしたよ」


 それは、少し昔を懐かしむような声。

 私はふと気になった質問を声に出してしまった。


「世界の調和?」

「……あぁ、咲夜姫様は、お前が持ってる”羅針銘”(らしんめい)で世界を創造したが、元あった世界と融合させることは難しかった。だから、俺たちの演奏と御殿の舞人形で二つの世界を融合させたんだ。何十年も何百年も……海から大地を引き出し、灼熱の大気を霧で冷やし、元いた種族と我らが種族の交流を図り……それは彼女が死ぬまで続いた。世界が完成するまで彼女は生きることがなかったけど、ほぼ完成した世界だから俺たちが悔やむことはないのさ」

「……君たちは彼女にとってとても大切なものだったんだね」

「そうさ。でもツヨ様のような御方なら、この世界の完成までもう一仕事してもいいぜ。あの舞人形だって、まだあそこに祀っているからな」


 曲弦は得意そうな口調で窓から別の楼閣を指す。

 きっとあそこに舞人形と呼ばれるものがあるのだろう。


「いや、僕はもう遥か昔の仕事の続きはしないよ。この世界で生きているものたちの生活が変わってしまいそうだからね。もう僕たちが関与することではないんじゃないかな?」

「そうかい……。まぁ、ツヨ様がいうのなら仕方ない」

「うん、ありがとう」


 曲弦は少し残念そうな様子だった。


「じゃあ、一体何でこの俺に力を与えてくれたんだい?」

「聞きたいことがあるんだ」

「ん? なんですかい?」

「その……シンはこの世界を訪れなかったかい?」


――ギコギコギコ


――バンバンバン


――ギャギャギャッツ


 すると曲弦を中心としたいつくかの楽器たちの音色が歪な音色へと変わっていく。

 音色は次第に大きな不協和音となり、その様子はほかのものたちを委縮させていく勢いだった。


「なんなんだい?! この騒ぎは?!」


 ツキカゲさんもその様子に慌てで大広間に戻ってきた……がその音は鳴りやむことはない。

 曲弦以外の楽器たちは……私たちを中心に回転を始めると、その音色は次第に恨めしい言葉へと変わっていった。 


――シンサマ、サクヤヒメ ト イイアイニ ナッタ

――”モウ、クルシム コトハ ナイ”

――”カノジョ ノ センタクハ マチガッテ イタ” 

――”チガウ ソンナコト ハ ナイ”

――”アノセカイ ハ ホロブベキダッタ” ト ソウイッタ

――”オマエハ オレノセカイガ キニイラナカッタノカ” ソウイッタ


「ツヨ……これは一体・・・・・・」


 私とツヨは背中合わせで、私たちのまわりをまわる楽器たちを見つめる。

 その中、曲弦は小刻みに震えながらゆっくりと私たちに語りかけた。


「……ツヨ様、なぜ奴を探すんだ? 奴は……咲夜姫の胸を貫くとを頭を切り落とし、俺の妻を連れて行った……そして御殿に”理の法”(ことわりのほう)を加え……”間違えることのない世界をつくる”……とつぶやいていたのさ。そんな奴のことが気になるんですかい! えぇ?! いくら新しい主人だからってそれはないんじゃないですかねぇ!!!」


 曲弦の怒りは次第にシンから私たちにも向けられているようだ。

 曲弦は、悲鳴のような音を上げると、まわりの楽器たちとともに外へと飛び出していく。


「「「!!!」」」


 すると、あの舞人形があるといった楼閣へと向かっていくようだった。


「まずいねぇ。あそこは」


 ツキカゲさんが私たちの横で呟く。


「あそこは私と母の発明品があるところだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る