第14話 裏側Ⅰ
1日の政務が終わり、私室に戻ったアレクサンダー王は一人がけのソファーに腰掛けると、肺から深く息を吐き出した。病み上がりの身には、中々に大変な問題が残っている。
「なんとも不可解だな」
第3王子アレクシスが王太子を毒殺した証拠として提出された資料を眺めて、アレクサンダー王は眉根を寄せる。
「何故、これに儂や前王太子が気づけなかった?いや、気づけぬ程周到に事を運ぶだけの能力をアレクシスが持っていたのなら、何故こうまで簡単に証拠が出てくる?」
色々とチグハグだと王は首を傾げる。
「考えたくないが、一番あり得るのは他国の介入か。だとすれば一体何処が?」
ルベリア王国は近隣で最も豊かな国だ。それ故に、その富や領土を狙う国は多い。
「此方に混乱を引き起こすことが目的だとすれば、此度のオスヴァルトの判断は最悪だな。警戒しておくべきか。はぁ〜」
今回の件で新南部諸侯は王家に対して不満を持っただろう。そして、民の中にも反感は高まっているかも知れない。
「マクシミリアンがもっとしっかりして居ればなぁ〜」
オスヴァルトが王太子に名乗り出た際、マクシミリアンがもっと強く反対するかと思っていたし、そうであれば、マクシミリアンを立太子させていた。
そうしなかったのは、オスヴァルトに舌先で丸め込まれたマクシミリアンをアレクサンダー王が頼りないと感じたからだ。
「あやつは自分が正しい者で有ることを重視しすぎている。自分が正義の側でないと気がすまない」
それはそれで、良いことに思えるが、やはり物には時と場合が有る。
「オスヴァルトのように舌先で攻めてくる文官は国内外どちらにも居る。むしろそういった者が多い。それに対抗できぬようでは王太子は務まらん」
第3王子との戦いの様に自分が正しい側だと思えば、躊躇なく進めるが、自分に都合よく解釈した正論で説こうとしてくる相手には途端に弱くなる。
「しかし、やはりオスヴァルトはアレだしの〜」
一方で、仕方なく立太子させたオスヴァルトは自分に都合よく解釈した正論を振りかざすだけで、人の心情を気にしない。その上に、一度口先で負けると途端に粗が目立ちだす。
経済面や財政面には強いので、財政系の文官としてなら文句はないが、王太子にするには力量も人間性も足りていない。
「此度の件で、オスヴァルトは痛い目を見るであろう、それで成長してくれれば良いが、しかし、成長する前に国が無くなっては意味がない。あの五千人は惜しかったなぁ〜」
元犯罪奴隷達五千人。彼らへのオスヴァルトの沙汰が、不満の残る内容であった以上、本来であればマクシミリアンが体を張って庇うべきだった。彼らの中にはマクシミリアンが決起した時から、戦い続けてきた者も多く、魔狼の育てられたと言う八人の子ども達を除けば、最もマクシミリアン支えた者たちだ。そんな彼らをマクシミリアンが庇い、約束通り無罪放免を勝ち取れば、オスヴァルトとの対比もあり、彼らはマクシミリアンに忠誠を向けたであろう。
しかし、マクシミリアンは保身を考えて動かず、実際に彼らを助けたのは件の少年たちの1人だ。
「此処30年。ランドール王国がエルフとの戦で動けなかった為、我が国と単独で事を構えられる国はなかった。国軍も対外戦争をしなくなって久しい。一方で、あの五千人は国内紛争とは言え、短い期間に何度も実践を重ねた精鋭だ」
そんな精鋭たちの忠誠心は、今回の件であの人外の強さを誇る少年に向けられた。
アレクサンダー王は、資料をとり、カイルを始めとする子ども達の経歴と戦果を確認する。
「魔獣が捨て子を育てるとはな。俄には信じがたいが、この強さはそうでもないと説明がつかん」
書かれている戦闘の詳細を読めば正に一騎当千と呼ぶに相応しい働きをしている。更には機転も効く。本来戦闘には不向きと言われる水の魔具で霧を発生させて同士討ちを起こさせるなど、将軍たちに教えてやりたいくらいだ。
「やはり、儂が直接話して縁を繋いでおいたほうが良かろうな」
手元の鈴を鳴らし、侍従長を呼ぶ。
「及びでしょうか?」
「明日にでも、件の子ども達を王宮へ招きたい。世が直接話すべきであろう」
「その件ですが、既に手遅れかと」
「何?」
侍従長の言葉にアレクサンダー王は眉根を寄せる。
「どういう意味じゃ?」
「勝手とは思いましたが、あの者たちは放置できぬと考え、私の方で密かに監視を着けておりました。其の者達の報告によると、彼らは王都で魔石や魔物の素材を売り、その金で魚や果物などを大量に買うと、すぐに王都を発ったそうです」
「何!?もう王都に居らぬのか!?しかし、昨日の今日じゃ。そう遠くへは」
「荷物に生物が多かったので、早く帰りたかった様で、見送った監視の話では馬のような速度で駆けたとか。彼らの体力から考えて一晩中駆け続けた事でしょうし、今から馬を跳ばしても到底追いつけるものでは無いかと」
侍従長の言葉に王はこめかみを抑える。完全に遅きに失した。1日くらいは王都に滞在すると思っていた自分の見通しが甘かった。
確かに、マクシミリアンからの報告を見ても、彼らには夜は暗く危ないから、移動を止めると言うような考えはない。
魔狼や狼と共に育ったのだから当然だ。考えておくべきだった。
「しかし、何故その様な物を大量に?」
「オババ様や群れの仲間への土産だそうです。監視が気づかれまして、止む終えぬので接触し、尋ねたところ、そう返答が帰ってきたそうです」
「オババ様?」
「マクシミリアン殿下の報告書に記載されていますが、あの子達が所属する群れを纏める白銀狼王のようでございます。リガート山脈近隣の村々では、「山神様」や「山の王」と呼ばれて崇められているとか」
「ああ。その個体か。確かに目を通した。象より大きな白銀狼王とはな。ひょっとすると竜とも良い勝負をするやも知れぬな」
冗談を飛ばしながらも、アレクサンダー王は嘆息する。
「しかしそうか。山に帰ったか」
「会われて、どうするおつもりだったので?」
「とりあえず今は縁を繋いでおこうと思った。ゆくゆくは王国の臣として力を振るって貰いたかったがの」
「確かに、10万人に1人の魔術師は惜しいですね」
「それは当然じゃが、他の子らもじゃ。強さも機転も申し分ない。特にこの少女らについてはこの国に新たな風を吹かせてくれるかも知れないんだ」
「少女が新たな風?」
首を傾げる侍従長に、国王は苦笑する。どうやら侍従長は「“少女が”新たな風を吹かせる」と言うことに懐疑的な様だ。長年仕えてくれた優秀な彼ですらそう考えることに、この国の弱点を感じる。
「此度、儂の治療を行ったのは医官では無く薬師じゃ」
「存じております」
アレクサンダー王が倒れた際、王宮に務める優秀な医官達が、総出で治療に当たったが、上手く行かなかった。それを治療したのは、王都近郊の町で有名だった薬師だ。
医官達が匙を投げる中、王妃が噂を聞きつけ、藁にもすがる思いで探し出してきたその薬師は、王の容態を確認し、医官に話を聴くと、何度か頷いて手持ちの薬草で薬を煎じ、毒味をして見せた後、布に染み込ませ、意識のない王に少しずつ飲ませた。それを3日間、繰り返すと王は意識を取り戻したのだ。医官達が驚く中、どうやって治療したのか尋ねた王妃に薬師は苦笑しながら、「高価な薬草だけが良い薬草ではありません」と返したそうだ。
「あの薬師は女じゃった」
「それも存じております」
評判の薬師が小柄な老婆であった事に酷く驚いたのを侍従長は覚えている。
「この国では医者ま皆男じゃ。薬師は男も女も居るが、何故か男の薬師の方が信用できると言われて薬を多く売れると聴く。しかし、女でも、医官達が匙を投げるような状況から、世を回復させるような者も居る。おそらくまだまだ他の分野でも、その様に優秀な女性は居ろう。そういった者たちがもっと才能を発揮できるようにしていきたいと思っておる。さすればこの国は益々良い方向に向かうじゃろう」
「それは、難しかと」
王の言葉に侍従長は困った様な表情を浮かべる。男尊女卑の考え方はルベリア王国だけでなく、大陸中に、常識として根付いている。それを覆すのは王であっても容易ではない。
「無論難しい。故にあの少女達に力を貸して欲しかったのじゃ」
「何故あの少女達に?」
「強さは目に見えて解りやすく、周りに与える衝撃も大きい。彼女等が戦場で男以上に活躍し、不動の地位を築けば、それだけ他の分野でも女性が力を発揮しやすくなる」
「確かにそれは」
一度前例が作られれば、2人目以降はぐっと楽になる。それは今までも侍従長は見てきた。
「まあ、今と成っては全て机上の空論じゃがの。しかしそうか、山に帰ったか」
アレクサンダー王は暫く考えた後、侍従長を見る。
「使いを遣る事は可能か?」
「彼らの群れがあるリガート山脈深部は大魔境。彼らに会える前に死体になるものが続出するでしょうな」
「彼らの縄張りは山脈の外縁部にまで広がってるはずだ。マクシミリアンが彼らと遭った辺りは外縁部だと報告を受けている」
「それはそうですが、運良く彼らと遭遇できるとは限りません。群れを構成する大半が狼や魔狼です。そういった獣に出くわせば、どうなるか」
「それはそうだがな」
それからも暫く、アレクサンダー王は侍従長と問答を繰り返したが、ついに諦めた様にため息を吐く。
「諦めるしか無いか」
アレクサンダー王は深いため息を吐いた。
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