Awake-02



 * * * * * * * * *



 ラヴァニが向かった先はラヴァニ村だった。長期に渡って人が住んでいなかったために、畑があった場所には草が生い茂ったようだ。冬になって枯れたその姿は、まるで毛足の長い黄色の絨毯だった。


 ≪コノムラガ、 アナタガ住ム村カイ。ズイブント 荒レ果テテイル≫


「ここは故郷だ。今は誰も住んでいないけど、もうすぐ新たな住民が越してくるよ。流石にまだジェニスさん達は到着していないか≫


 ≪ヴィセの足で7日かかったのだから、もう3,4日ではないだろか≫


「ねー、その間ここにずっといるの? 泊まる所がないよ」


「んー、どうしようか。完全には焼け落ちていない家も残ってると思うけど」


 ≪我は町よりもこちらの方が過ごし良い。構わぬ≫


 誰もいない代わりに物もない。座る椅子さえもない。だが、秘密を共有し合うにはもってこいの場所だ。ヴィセはかつて住んでいた家の前の付近を捜し、見覚えのある懐かしい岩に腰かけた。


「よくここで縄を編んでいたんだ。バロンもとなりに、ラヴァニはバロンの膝の上、土竜さんは俺の膝に」


 ≪コチラガ マサカ人ノ腕ニ抱カレルトハネ。 長生キハ スルモノダ≫


 土竜は短い手足で器用にヴィセの足をよじ登り、大きすぎる体を膝の上で横たえる。人とこのように接するのは初めてだというが、それにしてはよく慣れていた。


 ≪……コノ地ハ、血ノニオイガ スル。悲シミヲ 纏ッテイルヨウダ≫


「分かるのか?」


 ≪コチラ、土ト共ニ生キテオルノデネ≫


「そうか。この場所は……俺が住んでいた村の住民は、隣村の連中にみんな殺されたんだ。俺の母親は目の前の畑の中で死んだ」


 ヴィセの寂しそうな表情に気付いたのか、バロンが心配して見つめる。


 ≪ソウカ。人ハ……コトナル志ヲ持ツ者トノ共生ガ 苦手ダカラネ≫


「ああ、俺もそう思うよ」


 ヴィセは土竜に世界の現状を説明した。ヴィセ達は、この時代にしては広範囲を旅している。土竜にとっても偏りのない真実を語ってくれる者の存在は貴重だ。


「俺達は今、この世界の霧を消し去り、ドラゴン達にドラゴニアを無傷で渡したいと思っているんだ」


「今ね、浮遊鉱石を探してるところなんだよ。モニカの地下にいっぱいあるかもしれない」


 ≪モニカとは、先ほどの石切り場の付近にあった町のことだ≫


 ≪浮遊鉱石……ソレガ ドラゴニアトイウ大地ヲ天ニ舞イ上ガラセタノダネ≫


 土竜は浮遊鉱石という言葉を知らず、ドラゴニアを見た事もないという。


 ヴィセは、安心していた。土竜にとって浮遊鉱石が特別なものでないのなら、使う事を反対しないと考えたからだ。


 ≪霧ニ毒サレタ土ハ、コチラノ力ヲモッテシテモ 浄化デキルカワカラナイ……≫


「ラヴァニみたいに、霧を毒じゃなくできるの?」


 ≪コチラガ触レタ土ハ、アル程度ハ綺麗ナモノニ戻セル。ソチラガ 空気ヲ浄化デキルヨウニ、コチラハ土ヲ浄化スル≫


 ≪ほう。確かに我らはこの大気を吸って吐くだけだ。土に滲み込んだ霧毒には成す術もない≫


 土竜はヴィセ達の旅と目的を聞き、考え込んでいた。仮に空気の浄化が成功したとしても、そのままでは低地に人が下りる事は出来ない。土竜1体がいくら大きかろうと、大地の全ての毒を取り除く事など不可能だ。


 しかし、土竜は数百年もの間封印されており、他の仲間がどこにいるのかは分からない。1体ではこの大陸ですら、何千年掛かっても終わらないだろう。


「ねえ、どりゅーは何で封印されたの? 地震が危ないから?」


「そういえば、ラヴァニはドラゴンを匿おうとする人々と約束をしたんだったよな」


 ≪ああ、そうだ。誓いは……果たせなかったがな≫


「どんなことを言ったの? どんな約束?」


 ≪遠い昔のことだ、知ったところでどうしようもない≫


 ラヴァニはかつてのラヴァニ村を懐かしんで、当時の記憶をヴィセ達に見せる。長閑な光景は500年前もあまり変わっておらず、ヴィセは寂しそうに笑う。ラヴァニの記憶は、土竜にも見えていたようだ。


 ≪コチラトシテハ、ソノヨウナ村バカリダト ウレシイノダケレドネ。コチラヲ封印シタ人々モ、ソノヨウナ生活ヲ望ンデイタ≫


 今度は土竜が自身の過去を語り始めた。冬の昼間は短く、気が付けばもう日は西の空で赤く染まり始めている。日が落ちたなら、気温は氷点下にまで下がってしまうだろう。


 バロンとラヴァニが枯れた木の枝を探しに行き、ヴィセは土竜の話を聞きながら火を起こす準備を始めた。


 ≪コチラガ最初ニ人ト関ワッタノハ、モウ随分ト前ダ。暦トイウモノヲモタナイノデネ、イツノ頃カハ、ワカラナイ≫


「人の世界だと、土竜は恐ろしい存在として描かれていました。工場……あー、土を汚すような行いをした時、それを止めるためにあなたが現れるのではないか。俺達はそう考えました」


 ≪アア、ソウダネ。ツチガヨゴレテハ困ル。多少ハ仕方ガナイケレド、人ハ時々加減ヲ忘レテ大地ヲ破壊シヨウトスル。大地ヲ守ルタメ、幾度カ汚染ヲ止メヨウトシタ≫


「ラヴァニと一緒か。じゃあ、封印される事を受け入れたのは?」


 村人たちはドラゴンを絶滅させまいと、ラヴァニに身振り手振りで意志を伝えた。ラヴァニを狙う者は村人が力づくで追い返し、ラヴァニの傷が癒えるまで面倒を見てくれた。ラヴァニは村人を信じ、封印を施された。


 ≪コチラハ土ノ汚染ガ酷クナリ、トテモ弱ッテイタ。ケレド人々ハ知ッテイタ。コチラガ棲ム地デハ、豊穣ガ約束サレルト。ハタケトイウモノヲ大事ニスル者タチト、汚染ヲイトワヌ者ハ、ヨク衝突シタ≫


「空でも大地でも、人がやってる事は一緒だったか」


 ≪コチラハ、ツカレタ。他ノ地デ生キヨウカトモ考エタ。ケレドモ、コチラヲ庇ッテクレタ心優シキ者達ヲ見捨テラレナカッタ≫


 当時のマニーカの人々は、鉱業や工業を優先する者と、自然の恵みを優先する者で対立していたという。土竜はその争いの度に大地を守ろうと暴れた。


 ≪コチラガ動キスギルト、大地ハ大キク揺レテシマウ。罪ナキ者ノ住処ハ崩レ、生キ物ハ傷付ク。ドチラモ救エヌノナラト、応ジタノダ≫


「封印であると理解できたのはなぜ?」


 ≪目ノ前デ、大キナ生キ物ガ チイサクナッタ。ソシテ気配ダケトナッタ。シバラクシテ、戻ッタ。邪魔ニナリタクナイコチラハ、承諾シタ。必要ナ時ハ起コシテクレルダロウト≫


「それで目覚めたらこんな事に……石碑はあなたを封印した地だと発覚し、場所を移した跡だったのかも」


 ≪コウシテ、意思ノ疎通ガデキテイレバ マタ違ッタ結果モアッタカモシレナイネ≫


 土竜は当時のマニーカ周辺の様子を思い浮かべ、ヴィセに見せる。広大な草原の中に巨大な町が聳え立ち、郊外は畑や家畜を飼う者達の長閑な生活が広がっている。


 町並みはむしろ今よりも発展し、コンクリートと鉄骨の大きな建造物が幾つも見えた。


「これが、昔のモニカ、か。ラヴァニ村はずっとあんな感じだったのに」


 ≪コチラハ、ラヴァニ村ノ方ガ好キダ。ソウイエバ、ラヴァニサンノ ラヴァニッテ、村ノナマエダネ」


「ああ、そうなんだ。土竜さん、あなたの事も土竜という種族名じゃ呼びづらいから……」


 ヴィセが名前を付けたいと提案したところで、バロン達が戻って来た。手にはたくさんの枯れ枝や細い木の幹を抱えている。


「はいはーい! あのね、名前はね、マニーカが良いと思う!」


 ≪マニーカ……マニーカニ生キタ、土竜ノマニーカ……イイネ、気ニイッタヨ≫


 提案が通り嬉しいのか、バロンが満面の笑みでマニーカを撫でる。仲良しの証とでもいいたいのか、バロンは宝物にしているキャロルの仮面を鞄から取り出した。


 と、その時……弾みでこぶし大の包みがこぼれてしまう。


「あっ! 浮遊鉱石!」


「おい、割れたらどうすんだ、大切に扱えよ……あー危ない」


 ヴィセが浮遊鉱石に傷や割れがない事を確認してホッとする。


 ≪ソレガ、浮遊鉱石カイ!?≫


「ああ、そうなんだ。これが大地を浮かせたり、霧毒を……」


 ≪ヒ、人ハ……マサカ、マニーカニ眠ル、ソノ浄化石ヲ……掘リ尽クシテシマッタノカ!≫

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