Quest-09



 ラヴァニは封印を解くように指示し、バロンが全ての封印を解放する。周囲の者が驚く暇もないまま、ラヴァニは天高く舞い上がり、瞬く間に見えなくなった。


 空には細長い2本の雲が伸びている。ラヴァニはスルツキーに自身の飛行跡雲を見せつけたかったのだろう。


「本当だ、ドラゴンが飛んだ後に雲が出来ている……ドラゴンの飛行跡雲が本物なら、土竜の記述もきっと本当だ」


 スルツキーが笑顔でラヴァニの置き土産を眺め、写真を撮れば良かったと呟く。


「ラヴァニ、戻って来る?」


「ラヴァニが俺達を裏切った事なんてないだろ。俺達ももちろん裏切らない」


「うん」


「仲間から土竜や当時の事を聞いて来てくれる。仲間が今いる所まではちょっと遠いらしいから、2,3日は戻って来ないかもしれないけど」


「大丈夫かな、途中で怪我しないよね」


「何かあればラヴァニの仲間が黙っていない。何かあっても俺達が助け出す」


「うん」


 ラヴァニを見送ったヴィセはスルツキーに礼を言い、銀貨を1枚握らせた。


「え……えっ!? こ、これ、古貨じゃないか」


「お礼です。色々と有難うございました」


「いや、いやいやいや! お、お礼でこんなものをもらう訳には」


 ヴィセは首を横に振って笑顔を作り、土竜にまつわる伝説を調べようと立ち上がる。


「あ、待ってくれ! まだ話は終わってないんだ」


「はい?」


 スルツキーがそんなヴィセ達を呼び止めた。スルツキーはもう一度座ってくれと言い、印刷された大きな紙を広げる。


「印刷代が高かったんだ、大事に使ってくれ」


「これ……地図?」


「ああ、古地図だ。土竜が目撃されたラスタヴエリ山、石切り場、旧モニカ、鉱山、それぞれを記してある」


 スルツキーはヴィセ達が現地調査に行くことを見越し、地図を探してくれていた。ヴィセ達が霧の毒に侵されない事はおおよそ広まっている。スルツキーも人づてに聞いていたようだ。


「君達ならきっと現地を確認できる。俺達は霧の中で食事も用を足す事も出来ない。ガスマスクや防護服を脱ぐことができないからね。かつては旧モニカの探索に向かった者もいたが、生還者の割合は30%くらいかな」


「危ないから、行かないのが賢明です。慣れないと視界も悪いし、霧の中には霧に順応した突然変異の化け物もいますからね」


「そういう訳で、俺が出来るのはここまでだ。いやあ、久しぶりに研究欲を満たせたよ」


 スルツキーはそう言って豪快に笑い、それじゃあと言って立ち上がる。


「とても素敵なお礼を有難う。現金な奴めと思うだろうが、君達の役に立てて良かった。俺が力になれそうな時はいつでも訪ねてくれ。次は無料だ」


 スルツキーは歩き去りながら片手をひらひらと振り、展望公園から出ていく。


「いっぱい物知りなおじ……おにいさんだったね」


「そうだな。勉強って大事だなと分かったよ。知ろうとしなければ分からない事、考え方が分からなければ進めない事が多すぎる」


「俺、勉強しなくても生きてきたよ」


「勉強して文字が読めるからドーンファイブの絵本を楽しめる。だろ?」


「あっ! それもそう!」


 バロンは鞄から嬉しそうにキャロルのお面を取り出し、変身のポーズを見せる。ヴィセもお面を取り出し、うる覚えなポーズをして見せたなら、バロンは跳び上がって喜ぶ。


「ヴィセ強そう!」


「まあな。よし、資料館に行こうと思ってたけど、昨日と今日で頭を使い過ぎた。買い出しのついでに面白い場所がないか探してみよう」


「今日、自由の日?」


「ああ、ホテルに帰るまで自由の日だ」


 自由の日とは、バロンの中で旅の休憩の1日を指す。目的なく散歩をしたり、お小遣いで買い食いをしたり、意味のない行動を好き勝手にできる日だ。


 バロンは久しぶりにヴィセと歩き回ることが出来る。間欠泉を利用した噴水に負けないくらい跳び上がり、早速やりたい事を指折りで数えている。


 ヴィセにとっても自由の日だが、大抵は不自由の日だ。まだ遊びたい盛りで興味に真っ直ぐな年頃のバロンのため、親のように付き合って過ごす。


「俺ね、猫の家行きたい!」


「猫の家?」


「うん! あのね、猫がいっぱいいる家!」


「……野良猫じゃ駄目なのか?」


「そっちも可愛いけど、すぐ逃げるじゃん! そうじゃなくてね、ジュースとか飲みながら猫触れるとこ! そういうお店だよ。猫喫茶店っていうの」


「なるほど。ラヴァニが一緒だと猫が震え上がるだろうし、今じゃないと行けないな」


 そう言いながら、ヴィセはゆらゆら動くバロンの尻尾を見つめる。自分のルーツだから好きなのか、それともただの猫好きなのかは分からないが、バロンは今にも駆け出しそうだ。


 ラヴァニが晴天に残した白い帯の下、バロンは「ねこ、ねこ」と楽しそうに口ずさんでスキップをする。


「おい、置いて行くな、俺はその店知らないんだぞ」


 いくらルーツだとしても猿喫茶は嫌だなと苦笑いし、ヴィセは小走りでバロンを追いかけた。





 * * * * * * * * *





「おはよう、バロンくん」


「おはよー! ねえねえ、俺ね、昨日猫喫茶店行ってきた!」


「ああ、大通りにある喫茶店ね」


「ヴィセがね、連れて行ってくれた!」


「連れて行ったというか、俺がついて行っただけ。時々猫を見つけて追いかけまわしてたけど、あんなに猫が好きだったか」


 翌日、10時にはテレッサの店に立ち寄った。わざわざ今日はバロンと資料を漁りに行くと言いに来たのだ。数少ない友達として、協力者として、テレッサに会いに行く口実が欲しかったのだろう。


「おはよう、ヴィセくん。背が高いから店に来たらすぐ分かっちゃう。ラヴァニさんはいないのね」


「おはようテレッサ。ラヴァニはちょっと里帰り。今日は顔を見せに来ただけなんだ」


「あら、私に会いに来たってこと?」


「た、他意はないんだけど」


 テレッサは冗談よと言ってくるりと回り、カウンターへと戻っていく。一昨日よりも短くなった髪がふわりと揺れ、新調した赤い靴の踵の音が心地よい。


 昨日のうちに店に並べる商品が届いていたのか、今日は木箱や紙袋が山積みになっている。


「あー……忙しそうだし、手伝おうか」


「ううん、これは私の仕事。というのは建前で、触って変形したり落としてしまった時、ヴィセくん絶対に落ち込むでしょ。だからあなたのため」


 バロンは紙袋を触ろうとした手を引っ込め、ビクビクしながらヴィセの後ろに隠れる。壊してしまうのが怖いのだ。


「そ、そうか。よく考えたら全部売り物だし、俺が変に触ってもまずい……」


 ヴィセが周囲を見回していると、爽やかな鈴の音が鳴り、背後の扉が開いた。


「いらっしゃいませー」


「こりゃ背の高い兄ちゃんだ。おっとボク、横を通らせてくれよ。テレッサちゃん、革のバッグはもう届いているかい」


 入って来たのは恰幅の良い中年男性だった。中折れの黒いハットをかぶり、灰色のスーツの下にはサスペンダーが覗いている。


「届いてますよ、もうガトリンさんが来る頃と思ってました」


「待ちきれなくてね。おやテレッサちゃん、雰囲気が変わったねえ、良く似合うじゃないか」


「あ、分かる? ちょっと切ってもらって、内巻きにしてもらったの」


「靴もピカピカだし、そこの背の高い兄ちゃんはカレシかい? おめかしだね」


「もう、やだガトリンさん! そんなんじゃないの」


 テレッサは終始笑顔で応対し、黒い牛革のショルダーバッグを丁寧に紙袋へ入れる。


「有難うございましたー!」


 テレッサは客の男を店先まで送り、笑顔のまま店内に戻って来る。しかし店の扉を閉めて振り向き、腕組みをしてムッとした。


「もう、ガトリンさんは気づいてくれたのに。女のお洒落に気の利いた誉め言葉の1つくらい」


「え、えっと……あの、似合ってるよ」


 テレッサはプッとふきだし、次回はちゃんと気付く事と言って作業を再開する。


「ねえヴィセ、俺こんなに物があると何か壊しそう」


「分かった、じゃあ一緒に調べ物に行くか。あの、似合ってる、本当に」


 ヴィセが気にして再度テレッサを褒める。それが可笑しかったのか、テレッサは大声で笑いだした。


「ありがと。2回目のは本物ね、有難く受け取っておくわ」

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