Quest-07



 * * * * * * * * *




「大変な旅やったねえ。もっと詳しく聞きたい所やけど、ここで話す内容じゃあないね。1日や2日、村に寄れる時間はあるだろう?」


「はい、調べたい事が色々と片付いたら必ず」


「それじゃあ、あたしらは買い物を済ませて向かおうかね」


 昼食を済ませた後、ヴィセ達は展望広場へ、ジェニス達は商店街へ向かう事になった。束の間の再会だったが、それぞれモニカを訪れた目的は異なる。


「ヴィセさん、俺達が故郷を守っているから。いつか必ず帰って来てほしい」


「はい、村をお願いします」


 オースティンからは不安など微塵も感じない。彼らは本当に生活をやり直すつもりでいた。


「こんな大人が情けないと思うだろう。まだ若い君や、高齢のジェニスさんに頼らなきゃならないなんてね。まともに生きる方法がないはずはない。なのに俺にはそれが分からなかった」


 オースティンは仲間の男達と顔を見合わせ、苦笑いする。


 彼らは貧しく、教養がなかった。だからと言って、同じ境遇の者が全員悪人になるかと言われると、そうではない。むしろ悪人の方が少ないだろう。


 富を持ち、学業に秀でていても、ドナートのような極悪人はいる。ただ、オースティン達は自分達の状況を境遇のせいにし、仕方がないと考えてしまった。


 盗みや詐欺などの違法行為も仕方がない。そんな生き方をする大人達に囲まれ、それは当然だと信じていた。


 だが、彼らにだって、まっとうで穏やかな暮らしへの憧れはあった。


「あのね、おじちゃん」


「お、おじちゃん……? ま、まだ27歳なんだけどな、『おにいさん』は」


「ふーん」


 唐突にバロンが口を開き、オースティンが肩を落とす。これまでの生活のせいか、確かに顔はやつれ、人相も悪い。体格は年相応だが、雰囲気が若々しいかと言われると、同年代よりも覇気がなかった。


「若々しさが足りないのは……まあ自業自得だ、分かってたさ」


「俺もね、スラムにいたときはね、一緒だったよ」


「君は、あの男のせいで……親がいないんだったな。俺には親がいたが……心は君よりも劣悪な環境下にあったかもしれない」


「ヴィセもね、大変だったんだよ。でもね、凄い。ヴィセは凄くなった!」


「あー……えっと、誰かや何かのおかげで変われたのは、俺もバロンも同じだって事です。人は変わろうとして、その手段が分かれば、変われるんだなって」


 ヴィセがバロンに確認をし、バロンは大きく頷いた。ジェニスが「あんたらこそ、さんざん人を変えてきただろうに」と笑う。


 ≪ヴィセ、そなたは誰の助けもなかったであろう≫


「俺が村を出られたきっかけはラヴァニだろ。それにラヴァニがいなきゃ、俺はモニカで撃ち殺されてたさ。バロンがいなきゃ、ただの放浪だった」


 ≪……我の方こそ、ヴィセに助けられたつもりだったが≫


「お互い様ってことさ」


 ≪そうか。少し気分が良いな≫


 ラヴァニが数回翼を羽ばたかせ、勇ましさをアピールする。オースティン達にはラヴァニの言葉が聞こえない。それでも喜んでいる事は伝わっただろう。


「さーて、湿っぽい話は終わりだよ! こんなババアをあんな山奥まで歩かせるんだ、その覚悟が少しでも萎れたら、谷底に突き落としてやるからね」


「え、ジェニスさん……歩いて向かうんですか?」


「当たり前だろ。あたしだけエゴールに運んでもらう訳にはいかないさ」


「オレは提案したんだけどね。自分で歩くと言って聞かないんだ」


「俺達も、ずるいだ何だと言うつもりはない。むしろ先に行って待ってて欲しいくらいだ」


 ジェニスはオースティンを睨み、腕組みをしている。老婆扱いするなとでも言いたげだ。


 ≪我が背を貸してもよいぞ、鞍はある≫


「ラヴァニが皆さんを乗せてもいいと言ってますが」


「心配無用だよ。ほら、必需品を買い足しておいで! あたしは山道に向かう手前で待ってるからね」


「は、はい!」


 オースティン達がヴィセに軽く頭を下げ、駆け足で商店街へと消えていく。ジェニスが「まるでガキンチョだよ」とため息をついた。


「オースティン、ライツ、ジョージュア、レイ。4人共、追う背中を選べなかった連中さ」


「え?」


「あの4人の生い立ちを聞いたが、まあ酷いもんだよ。親から物を盗んで来いと言われる、悪い事をしなきゃ殴られる。あの子らはこんな老いぼれの背中すら、大きいと感じてるんだ」


「おばーちゃん、背が伸びたの? 俺もね、いっぱい伸びた!」


「はっはっは! そうじゃないさ。あたしゃ縮む一方だよ」


 ジェニスの眼差しは、力強くも優しい。彼らには今、ジェニス以外に頼れる「まっとうな」者がいない。ジェニスは師匠、もしくは彼らを我が子か、孫のように思っているのだろう。


「物ってのはね、近づけば大きく見えるもんなんだ。遠くの山も、近づけばとてつもない壁となって立ちはだかる」


「まあ、遠くのものは小さく見えるし、そうでしょうね」


「でもね、人というのは時に遠い程大きく、近い程小さく感じるんだ。憧れ、目標としていた人物に追いついた時、あれ、この人はこんなに小さかったのかと感じる」


「成長したら、そう思うってことですか」


 ジェニスは少し難しい話だったかと言って笑う。バロンもヴィセと自身の身長の差を気にしている辺り、分かってはいないようだ。


「まあ、成長と言えばそうだろうね。山道を登り切った時、きっとあの子らの視界が開ける。その時、あたしの事が小さく見えていたらいい。こんな婆さんくらい、簡単に追い越して欲しいのさ」


「だから敢えて、一緒に歩くって事ですか」


「ああ。山道を歩くのだってきついババアの事を、いつまでも大きいと思ってちゃ駄目だ。それに気付いて欲しい。本当の成長ってのは追いつく、追い越すだけじゃない」


 ジェニスがエゴールを見つめ、ヴィセとバロン、最後にラヴァニをじっと見つめる。


「自分より小さくなったそいつを、守れるかどうかだよ。いずれ自分も小さくなる。驕る者、久しからずと言うだろう」


「はっはっは! どうだい、ネミア経由でうちを訪ねた彼らも、こんなジェニスに懐くまで半日と掛からなかった。俺は……今もジェニスの事を偉大だと思ってるよ」


「フン、あたしはそんな小さな男の家に押し掛けたつもりはないけどね」


 ジェニスは照れた顔を逸らし、町の出口へと歩き始める。エゴールがヴィセ達に待っているよと言って、そっとジェニスの荷物を持つ。


「俺もまだ敵わないな。偉大な人だと思う」


「おばーちゃん小さいけど、凄い人!」


「そうだな。さ、行こう」


 ヴィセとバロンは展望公園を目指して歩いていく。自分達が背中を見せ、誰かの希望になっていることなど知りもしない。


 13時まではまだ時間があったが、展望公園に着いた時には既にスルツキーが待っていた。今日は白衣ではなく、黒いシャツにカーキのズボンだ。向こうから手を振ってくれなければ、気付かなかったかもしれない。


「やあ、早く伝えたくてね、早めに来ちゃったよ」


「すみません、お待たせしてしまいました。こっちは一緒に旅をしているバロンです」


「やあバロンくん、宜しく」


 スルツキーがニッコリ笑い、バロンが目線を合わせたままおそるおそる頭を下げる。


 ≪何か果報を持ってきたようだな。調べた事を早速聞こうではないか≫


「ああ。それで、どこでお話を聞きましょう」


 スルツキーは南の展望台近くのベンチを指差す。


「あのベンチでいい。周囲に盗み聞きできる場所もないからね。仕事以外に目を向ける事がなくて、生まれ育った町なのに知らない事が多すぎると気付かされたよ。伝承を調べるうち、面白いことが分かったんだ」


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