Levitation Stone 10



 ≪その話はいったんドラゴニアに戻ってからじゃ駄目かい≫


 ≪我は……確かにヴィセやバロンと出会う事で見識も広がった。一生の友が出来たと思っている。だが人のドラゴン化が正しい行いとは考えておらぬ。返答によっては許せぬのでな≫


 ≪なるほど、ドラゴンの立場で人を心配してくれるんだね、優しいドラゴンさんだ。安心していい、影響が分からないわけではないけど、エゴールの杞憂も解決だ≫


 フューゼンはそう言ってアマンを背に乗せた。鱗や体の形状のお陰なのか、鞍がなくてもしがみつけるのだという。


「ラヴァニ、今はいったんドラゴニアに戻ろう。霧を消す方法として浮遊鉱石が有効な事もハッキリ分かった」


 ヴィセがラヴァニを元の大きさに戻し、鞍を付け直して背に乗る。3人と2匹は霧の上に浮かぶドラゴニアを目指し、研究施設を後にした。





* * * * * * * * *





 ドラゴニアに着いて案内されたのは、ヴィセ達が一夜を明かした場所とは少し離れた場所だった。


 岩場ではあるが湧き水があり、小さな洞穴もある。最低減滞在するのに困らない場所だ。


「さーて。君たちの荷物は?」


「もう少し南の岩陰に」


「そっか。じゃあ先にフューゼンさんの話から。俺達は明日食料調達のためにドラゴニアを離れるつもりなんだ」


 岩場には食料の入った鞄が1つ。動物の骨は、フューゼンが狩りをしたウサギだという。ドラゴニアには今も鹿や小動物などが暮らしているのだ。


 ≪さて、先ほどの話だ。オレは……確かにアマンを息子と同じ目に遭わせてしまった。最初はまさか自分の血が家族をドラゴン化させるなんて知らなかった。アマンの時には分かっていたけどね≫


 ≪エゴールの杞憂とはどういう事だ。あの者は心身の変化に苦しんでおった≫


「あの、エゴールさんのためにもきちんと説明してくれませんか」


 ラヴァニとヴィセが本題へ入る事を促す。フューゼンは昔話をやめ、ラヴァニ達が知りたがった事を語り始める。


 ≪結論を言うと、オレの姿はオレの意思だ。オレは妻が死んだ時、人であることをやめた≫


「やめた?」


 ≪ああ。おそらく君達もドラゴンの姿になる事は出来る。オレも、戻ろうと思えば人の姿になれるだろうね≫


「でも、ドラゴンの鱗が肌に残っちゃうんだよね。エゴールさんは、それが嫌だから普段は隠してるって」


 エゴールはドラゴンに変身している時間が長いと、人に戻った後で無意識に動物を狩って貪ってしまう。肌の鱗は年月と共に増えていき、今では人の肌の割合の方が少ないくらいだ。


 ドラゴンの姿を保ち続けるフューゼンも、体に大きな影響が出ていると考えられた。


 ≪簡単だけどとても難しい理由。それは自分を人と認識し続ける事だ≫


「……? エゴールさんは自分は人でありたいと言っていました。人に戻りたいと」


 ≪それじゃ駄目なんだ。ドラゴン化しても人でありたい、元に戻りたいって思いはいらない。君達もいつかはエゴールと同じようになる。でも、人の姿でいる事はできる≫


「戻せるんですか! 方法は、どうやるんですか!?」


 ヴィセが食いついた。ヴィセはドラゴン化せず人の姿を保てる方法を探してきたのだから当然だ。


 バロンも自分がドラゴン化する事を恐れている。完全な人に戻る方法がなくとも、せめて見た目だけでも変わらなければ、人として生活ができる。


「……やれやれ。人の姿になるのは200年ぶりなんだが」


 そう言ってフューゼンが立ち上がった。目を閉じて何の意思も発しない。一体何が起こるのかと不安に思いながら、ヴィセ達はその様子を見守っていた。


 暫くすると、ふいにフューゼンの体が小さくなり始めた。翼が消え、尻尾もなくなっていき、2本の足で立ち上がる。ドラゴン化で黒光りしていた鱗はすっかりなくなり、色白で茶色い髪の男の姿になった。


「……うう寒い、服を貸してくれないか」


「あ、は、はい」


 ヴィセが防護服を脱ぎ、その下に羽織っていたコートを渡した。ドラゴンの状態の時に頭の中に響く声とは少し違う。だが目の前の男はフューゼン以外にあり得ない。


「いやあ、人の服は持ち歩いてなくてね。見苦しい姿を見せてしまった」


「おじさん、全然ドラゴン化してない」


 バロンが驚いたように、その肌にはドラゴンを連想させる鱗が全くなかった。エゴールよりも年上なのだから、ドラゴン化が進んでいてもおかしくない。


「これはコツのようなものだ。元に戻りたいじゃなくて、人の姿になりたいと思って人の姿になっているだけだ」


「何が違うんですか」


「これは根本的な問題でね。ドラゴンの血を体に宿した以上、オレやヴィセくんはもう人じゃないんだ」


 フューゼンはにっこり微笑んで語るが、その言葉は重たい。人のままでいたい者の前では些か不躾にも思えた。


「ああ、誤解しないでくれ、これは血の話だよ。生物学的に純粋な人というよりは、亜人種と言える。感情的には受け入れられなくても事実だ」


「……それで、元に戻ると人の姿になるの違いは何ですか」


「言葉の綾とも言えるけれど、オレ達にとって、元の姿というのは亜人種。つまりドラゴン化した姿なんだ」


「えっ」


「オレは自分の事を人竜と呼んでいる。竜人でもいいんだけど、ドラゴン化は進行するし、オレは人である事を捨てたから。本来の姿は、顔の半分以外ほぼドラゴンの鱗で覆われているよ」


 ヴィセやバロンは人ではない。亜人種としての姿が別にあるという事になる。ヴィセはそのような事を全く考えた事がなかった。


 ヴィセやバロンは人でもなくドラゴンでもない。半人半竜の存在だ。


 ≪何故ドラゴン化は進むのだ。止める手立てはないのか≫


「人は成長する。体が大きくなり、生殖機能が発達し、体毛が濃くなり、成人になる。オレ達の場合は、成長によって体が鱗で覆われていく事になる」


 ≪エゴールはまだ成長途中にある、という事だな≫


「そういう事。人竜の寿命は長い。外見年齢という意味での成長は止まっても、人竜としての成長は終わらない。俺は300年以上続いたかな」


 フューゼンの話を踏まえると、ヴィセやバロンは人竜として赤ん坊に等しい。まだまだ人としても未成熟な上に、ドラゴンの血を宿してからまだ数か月だ。


「そうか、だからエゴールさんのお母さん……あなたの奥さんは、エゴールさんよりもドラゴン化が早かったんですね」


「ヴィセ、どういうこと? 俺分かんない」


「俺やバロンはまだ人竜として安定していない。それは、俺やバロンがまだ人として大人になりきれていない、人として成長している途中ってこと」


「俺まだ大きくなれるの? 背伸びる?」


「ああ。そうですよね、フューゼンさん」


 ヴィセの推理に対し、フューゼンは嬉しそうに頷いた。どうやら正解のようだ。


「人竜としての成長よりも、人としての成長が上回ってしまう。人としての成長が止まってから、少しずつドラゴン化が進行するんだ」


「ドラゴン化を止める方法は……」


「ないと思う。手術で成長を促す脳の機能を停止させるとか、医学的にはあるかもしれないけど。人竜は人にもドラゴンにもなれる。人の見た目を維持したければ、人である自分に変身すればいい」


 ドラゴン化を止める事は出来ない。それはヴィセやバロンにとって重いものだ。人と恋をする事も叶わず、全身はいつか鱗で覆われる。


 けれど、根本的な解決はできずとも、人の見た目を維持する事は出来る。最悪の想定よりはマシだった。


「人の姿の自分をしっかり記憶しておきなよ。写真でもいいし。さあ、霧の中にいた君達の目的は、俺の話じゃなくてアマンの話じゃないかい。浮遊鉱石の話はアマンに任せるよ」

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