Contrail 02



 * * * * * * * * *




「おお! 兄ちゃん戻っていたか!」


「こんばんは、2人いいですか」


「ああ勿論だ! おい、お前ら席を詰めろ!」


 ヴィセは以前立ち寄った酒場にいた。深夜0時まで開いている事も、今日が定休日ではないことも把握済み。酒のつまみになるものが主だとしても、バロンが好きな肉や魚のメニューは豊富だ。


 マスターのもみあげまで繋がった立派な髭は健在で、強面ながらヴィセを見つけるなり嬉しそうに微笑む。店員の女性も、ヴィセが店を強盗から守った事は知っている。驚いて目をまんまるにしながら声を上げた。


「あ、あーっ! みんな聞いて、この男前のお兄さんよ! 強盗を捕まえて店を守ってくれた旅人さん!」


 女性が大きな声でヴィセを指差す。その場の酔っ払い達が一斉にヴィセへと注目し、マスターに本当かと確認する。


「ああ、そうだ。この店の恩人だ。このモニカでドラゴン連れの男の噂を聞いた事ねえなんて、旅人さんらはモグリか?」


 被害を完全に防ぐ事は出来なかったが、犯人を捕まえてくれた事の前には関係ないらしい。マスターは我が事のように胸を張る。


「あの気の毒なくらいボロボロに負けた強盗の事か! 去年の霧の時にもあいつらにやられた店があってな、もう皆で大喜びさ!」


「ドラゴン連れの旅人と知り合いって事になれば、盗人も命欲しさに近寄らねえってな、はっはっは!」


 客の中には他所の店の者もいるらしい。ヴィセの事をまるで魔除けか何かのように拝む。


「いや、守れたのは売り上げと売り物くらいで、店は壊されちゃいましたし……」


「そんな事はいいんだよ、ん? 今日はあの小さな英雄はいないのか。そっちのボウズは」


「バロンです。訳あって一緒に旅をしています」


「なんだ、綺麗な姉ちゃんでも連れて歩いてるかと思えば」


 マスターは早く座れと促し、カウンターに座ったバロンにニッコリ微笑んだ。木製のカウンターには乱暴に水が置かれ、マスターは料理の準備を始める。メニューが読めないバロンの為に読み上げてやっていると、他の客達が興味津々で集まってきた。


「あんたら、マスターがいっつも言ってた兄ちゃん達か」


「ドラゴンがいるって本当か? 今日はいないのか」


「俺が先に聞いてんだよ! なあ、どうやって追い払ったんだ」


 ヴィセはドラゴン化の事を伏せ、簡単に当時の事を振り返った。ドラゴンは元の姿に戻って町の外にいると告げると、見せてくれとうるさい。


「しかしドラゴンが町を襲わないとはなあ……ドラゴンってのは人を見かけると殺しちまうんだろ?」


「ばーか。それならどこの町も今頃無人だろうが。ドラゴンが襲うのは環境に悪かったり、危ないと思う連中だけって話だ」


 どうやらこの1,2カ月の旅で、多少なりともヴィセ達の行動や発言が旅人の間に広まっている。良い傾向だと頷いたところで、痺れを切らしそうなバロンのため、読み上げを続ける。


「う、い、ん、なー、さか、な」


「正解。大きなウインナーセット、魚の包み焼き」


「俺食べたい!」


 ヴィセはマスターにサラダ、ソーセージ、魚の包み焼き、サイコロステーキ、魚のフライ、鳥の揚げ物を頼む。自身の飲み物はビール、バロンはオレンジジュースだ。


「いい匂いがする!」


「来て良かっただろ」


「うん!」


 バロンはホテルで食事が出来なかった事などすっかり忘れ、目の前で用意されている料理の匂いを嬉しそうに嗅いでいる。流石に子供はあまり来ないのか、マスターもバロンの反応に嬉しそうだ。


「ビールお待たせしましたー! はい、バロンくんにはオレンジジュース。マリサよ、よろしく」


「うん!」


 マスターは早く出せるものとしてハムの盛り合わせ、じゃがいもなどを出してくれる。ヴィセとバロンは大地の恵みに感謝の祈りを捧げ、すぐに食べ始めた。


「腹が減ってたのか。まあ腹一杯になって倒れるまで帰さねえけどな、はっはっは! あの後も色々とあってな、いつか話せる機会があればと思っていたんだ」


「俺達も色々と。バロンとはユジノクのスラムで出会ったんです」


「へえ、ボウズも親なしか。まあ珍しい事じゃねえけどな」


「ユジノクって、スラムが畑と工作所に変わって、子供達は養育施設に入ったんでしょ? 読み書きや計算を教えて、将来の働き手になってもらうって」


「あ、もう早速始まっているんですね。バロンの友人が通っているはずです」


 バロンはオレンジジュースを飲みながら頷く。マリサの話では、元々命がけで霧の下に潜っていた子達なのだから、何でもやり物覚えも早く、とても評判が良いのだという。


「あのね、俺ね、父ちゃんと母ちゃんを殺した奴を捕まえた!」


「……お前、親を殺されたのか」


「えっと、あの、えっと……姉ちゃんがいるとこ、何ていう町だったっけ」


「ドーンだ」


「そう! ドーンをね、火つけて燃やした悪い奴!」


 バロンの話が断片的なため、イマイチ伝わっていない。ヴィセは時々補足を入れながらも、バロンに全て説明させた。自分が何でもやってあげては、バロンの成長にならないからだ。


 ドーンのドラゴン襲来の真相に関しては、モニカにも話が伝わっていた。紛れて放火や殺人を繰り返した男が遺族の手によって捕らえられたと知り、皆が仰天したものだ。


「うちを襲った火事場泥棒みたいな奴も、そいつほどまでになると厄介だな。ドーンのそいつ、毎日市中を手枷足枷のまま引き回され、日中は見世物みたいになってるらしいぜ。あと30年は続くらしいが」


「俺達が何の悪い事もしてねえかと言われると、自信はねえ。でも悪党になっちゃ駄目だっつうのは分かってる。だから尚更悪党は許せねえんだよなあ」


「そうそう。悪い事もせず真っ当に生きているのに浮かばれねえ俺達は、悪党が懲らしめられる事で自分を認めるのさ」


「悪党を野放しにするのも、結局は悪党の味方みたいなもんなのよね」


 ヴィセは、先ほどデリング村に復讐をしてきたばかりだ。マリサの言葉に、まだどこか割り切れていなかった気持ちが少し楽になっていた。


 その後、気を良くした客達やマスターの好意により、頼んでもいないビールの追加や、頼んでもいない希少部位の肉などが並び始め、その場が大宴会になっていく。


 ウインナーは口に入れて噛めば、プリっとした食感と共に皮が弾ける。サイコロステーキは鉄板の上で肉汁が跳ね、魚のフライはサクサクで、真ん中で割ればブワッと蒸気が溢れる。


「美味しい!」


「ああ、美味いな。ラヴァニの分も取っておこう。まあ……あの巨体でどこまで足りるかは分かんねえけど」


 バロンが食べる度に嬉しそうに微笑み感動するため、周囲の者は面白半分であれもこれもと食べさせる。


 バロンは旅の間、大勢での食事を殆どしていない。とても楽しそうに、そして美味しそうに食べながら、時々「これはラヴァニの分」と皿に分けていた。





 * * * * * * * * *





「バロン、大丈夫か」


「うーん……苦しい……」


 ヴィセ達は2時間弱で店を出た後、やっとの思いでホテルに戻った。食べ過ぎて動けず、バロンはヴィセに負ぶわれて、シャワーを浴びた後はもう動けていない。


「おい、もう寝るぞ。昼には紹介所でジェニスさん達と合流だ」


 部屋着に着替え、ヴィセはバロンをベッドの壁側に追いやる。寝相が悪いバロンがベッドから落ちないようにするためだ。


 1人用の部屋に泊っているため、当然ベッドは1つ。これで大丈夫だと思ったのだが……。


「……おい、冗談だろ?」


 夜中、ふとヴィセが目覚めた時、バロンはヴィセを寝返りで乗り越え、しっかりとベッドの下に落ちていた。余程疲れていたのか、それでもぐっすりだ。


「ハァ……よいしょ」


 ヴィセはバロンをベッドに戻してやる。ところが朝になって陽が昇った後、ヴィセは再び床の上のバロンを見つけた。


「落ちたら痛いだろうに、起きないのかよ」


 ヴィセはもう1人部屋には泊まるまいと心に誓った。

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