Fake 06
砲弾を浴びせたと聞き、ラヴァニが怒りから翼を広げようとする。ヴィセはそれを押さえつけながら俯き、じっと耐える。
まだ自身の手を見る限りではドラゴン化していない。しかし、手や顔がピリピリし、皮膚の下の組織が蠢いている感覚はある。
ラヴァニがあと少しでも怒りを増せば、ヴィセはミハイルにドラゴン化した姿を見られてしまうだろう。
「ヴィセ! なんか顔がいたい!」
「俯いてじっとしていろ! ラヴァニ、落ち着いてくれ。頼む、お前が知りたい事を話して貰わなくていいのか」
≪……我が仲間を砲撃だと? 浄化せねばならぬ程大地を汚し、空気を濁らせ、水を腐らせた者共が我の仲間を!≫
ミハイルは驚き、恐怖のあまり椅子から飛び退く。ラヴァニの声は店のガラスがビリビリと鳴る程の咆哮としか聞こえていない。だがラヴァニの怒りは十分伝わっていた。
「ラヴァニ! ミハイルさんが砲撃した訳じゃない! 同族だから責任がある、代わりに殺すってなら俺だって人族だろう、俺を殺せばいい」
≪我の仲間を討ったのは……こいつらなのか? 我が友の死はこの町の愚者共のせいか≫
「聞きたいなら落ち着け! 聞かずに怒り散らかすのならラヴァニだけでなんとかしろ。俺はバロンと黒い鎧の男を探す」
ミハイルの視界の端では、バロンが膝を抱えて震えている。なぜ震えているのか、その理由を正確に把握した訳ではないものの、ミハイルは努めて冷静にヴィセへと声を掛けた。
「お、落ち着かせてくれ。恐らくこの町がドラゴンへ砲撃したと聞いて怒ったのだろう? それは勿論事実だが、きちんと最後まで聞いて欲しい。後ろの坊主も震えているじゃないか」
ヴィセは振り返ってバロンを確認し、ラヴァニにもその姿を確認させた。
「ラヴァニ。バロンは仲間だよな。仲間をあんなふうに震えさせるのがドラゴンの流儀かい」
≪……話の内容次第では怒りは抑えられぬぞ≫
ラヴァニの殺気が収まり、首から背中にかけてたてがみのように連なるトゲも鋭さを失っていく。ラヴァニが聞き入れた事に安堵しながら、ヴィセはミハイルの話を促した。
「バロン、もういいぞ、こっちにおいで。ミハイルさん、続きをお願いできますか」
ミハイルはため息をつき、いったん店の奥に消えていく。そしてしばらくすると木製の丸椅子を3つ抱えて戻って来た。
「悪いが扉に掛かっている開店の札を裏返しにしとくれ。それから扉の鍵を掛けろ。こっちも片手間じゃなくちゃんと話してやる。あんたらも聞かれちゃ困る事があるんだろう」
「あ、有難うございます……」
「俺がひっくり返す!」
邪魔が入ると込み入った話は出来ない。ミハイルがしっかりと話すには、ヴィセ達も自身の素性や旅の目的をある程度打ち明ける必要がある。
午前中から店を閉めてまで対応してくれるその誠意に、ヴィセは頭を下げて礼を言う。ラヴァニもそんなミハイルの誠実な姿勢は理解していた。
「ねえ、ヴィセ! 合ってる?」
「……ああ、大丈夫。鍵のレバーを回して」
「どっち? あ、回った!」
バロンは得意気に戻って来てヴィセの横に座る。ミハイルは本でも読んでいなさいと言ってくれたが、生憎バロンが読める文字は「バ」くらいしかない。
「文字が読めんのか」
「はい、バロンは孤児で、モニカのスラムで生活していました。霧の下に潜って廃墟から物を持って帰って来て売るという毎日で、読み書きを習う機会がなかったようです」
「そうか。それなら後で良いものをやろう。息子がまだ小さかった頃、字の勉強をしていた書き取り帳がある」
「有難うございます。実は、そのモニカの霧の下で、ドラゴンの亡骸を見つけました。ラヴァニの友達だったようです」
ミハイルはヴィセの言葉を聞いて、ラヴァニの怒りの意味は、砲撃された事よりも、友の死に結びついていると分かった。恐れ憎んでいる存在とはいえ、死んだドラゴンへの鎮魂の祈りを捧げるため、顔の前で右手の拳を握って目を瞑る。
≪この者は何をしている≫
「仲間の死を悼んでくれているんだ」
≪……そうか≫
「おおよそ分かった。その砲撃でドラゴンが傷付き、霧の下で息絶えた。そう思った訳だな。仲間の死を悲しむ気持ちはドラゴンも一緒という事か」
「はい。人同士の絆も理解しています。ドラゴンは人を襲うのではないんです。この世界を再生不可能な程破壊してしまうものを浄化しようとしているんです」
ヴィセの発言は、この町が考えていた事と一致している。ドラゴンに襲われて以降、この町の鉱山は大幅に採掘量を減らし、霧の下へ不要なものや汚水を垂れ流すのをやめた。
それがドラゴンに対する答えかどうか、実際にドラゴンに尋ねる訳にもいかない。この瞬間、ようやく正解だと分かった事にある。
「人的被害は、あくまでも工場を破壊し、鉱山を潰す過程での被害に過ぎない、と」
「完全にそうだとは言い切れませんが、おおよそは」
≪いや、その通りだ。我らはこの世界を守るために汚染源を浄化する。抵抗する者を排除するのはやむなく、もしくは我が身を守るためにすぎない≫
「汚染源がなくなる事が目的で、攻撃されたなら身を守るために反撃するとの事です」
ヴィセが通訳して伝えると、ミハイルはため息をついた。
「色々合点がいった。どう判別したのかは分からないが、この町で特に被害が大きかったのは兵器工場だ」
「兵器。ですか。それは何故?」
「平和論者はそれぞれの町が霧に隔てられ、諍いが起きる理由がないと思っている。しかし、残った土地の中でも優劣がある」
「この町は住みやすい条件が整っているという事ですか」
ミハイルは頷き、そして立ち上がってまた店の奥に消えると、1枚の地図を手に持って戻って来た。
「汚染されていない湖、肥沃な牧草地、畑や牧場を作っても余裕のある広さ。おまけに鉱脈もあって極寒の地よりは環境も厳しくない」
「羨ましがられ、乗っ取られる、と」
「そういう事だ。話し合いで解決なんて馬鹿な事も言われるが、それは相手が攻撃をやめてもいいと思える程の対価が何かを話し合うだけなんだよ。収穫無しで諦めるくらいなら、最初から戦争なんか仕掛けん」
このドーンの町が取ったのは貢ぎ外交ではなく、武装による防衛力を付ける事だった。ドーンは豊かな町で、資源もある。ドーンが本気を出せば、他の土地は攻撃を仕掛けても負ける可能性が高い。
「ああ、そうか。地下資源は兵器を作るために過剰に採掘されたんですね」
「そうだ。皮肉なものだよ、町を守る武力が原因でドラゴンに破壊されたのだからね。おまけにドラゴンに目を付けられた町として、どこも物理的、経済的な攻撃をしてこなくなった」
「ねえ、ドラゴンはどうなったの? 追い払った時に殺しちゃった?」
ミハイルはこの町が何故攻撃されたのか、背景から話に入っていくつもりだったが、バロンにはまだ難しかったようだ。ドラゴンがどうなったのか、それが気になって仕方がない。
「結論を言うと、殺してしまったのかは分からないんだ。砲撃用の戦闘飛行艇も出撃したが、大半はドラゴンにやられた。地上からの砲台も炎を吐かれて殆ど使い物ならなかったと聞く」
「じゃあラヴァニの友だちはやっつけてないの?」
「そうであることを願う。この町周辺でドラゴンの死体は見つかっていない。殺したという者もおらんのでな」
≪傷付いた可能性はあるという事か。我が友は……ドラゴニアに戻ろうとし、途中で力尽きたのかもしれぬ≫
断定はできないが、友の死に関係している可能性は高い。ラヴァニは再び怒りを
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