Fake 04



「あ、あの……すみません、ここで何を?」


「あ、紹介所が開くのを待っているんです、お邪魔でしたか」


 女性はバロンと同じ猫人族だ。ほっそりとした顔に黒縁の大きな眼鏡をかけ、長い黒髪を掻き上げながら少しかがむ。そうするとラヴァニとも目線が合ってしまい、女性は驚きで後ろに飛び退いた。


「あああやっぱり生きてる!」


「へっ!? あ、あの、大丈夫ですか」


 女性は5段ある階段の3段目から歩道まで転げ落ち、痛そうに腰をさする。コンクリート製の階段の角で頭を打っていたら大変だ。ヴィセとバロンが慌てて起こし、散らばった荷物を拾ってやった。


「痛たた……有難うございます、大丈夫みたい」


「驚かせたようですみません、このドラゴンはラヴァニ、人に危害は加えませんから」


 ≪我は危害を加えないと言った覚えはないが、ヴィセ達の敵でないならばそうしよう≫


「おねえちゃん敵じゃないから襲わないって言ってる!」


 赤黒のチェック柄のロングスカートの埃を払いながら、女性は引きつった笑いを見せる。7年前にドラゴンが現れた町だからか、流石に怖いようだ。


 ≪我は鞄に入っていた方が良いか≫


「今更だからいいよ」


「えっと、あの、もしかしてドラゴンとお話されてます?」


「え、ああ……まあ、そうですね、話せます」


 ドラゴンを連れているといっても、町の者達の不安を煽りたいわけではない。ヴィセは場所を移動しようと立ち上がる。


 宿ではバロンの行動のお陰で警戒を解いて貰えたが、やはり住民からの視線は痛い。


 ラヴァニ同伴では聞き込みの成果が出るとは思えない。紹介所が開くまで身を潜めようと移動を始めるヴィセに対し、女性が呼び止めた。


「あの、め……目立つので、宜しければ中で待たれては」


「いいんですか?」


「え、あ、その……でもドラゴンは、ちょっと」


 ≪我はどこかに身を潜めても良い。高い建物の屋根にでも≫


「ラヴァニ、撃たれたるかもしれないだろ。駄目だ」


 ラヴァニが警戒されているのなら、ヴィセだけが中に入り、ラヴァニをどこか公園などで待たせてもいい。しかしそれならば開くまでヴィセも公園で待っていた方が安全だ。


 幾らラヴァニを警戒しようと人が一緒なら狙撃も難しい。


 ラヴァニとバロンのコンビでは不安しかないが。


「実はこのドラゴンを売れと言って、強引に連れ去ろうとする商人がいるんです。そのせいでこんな早くから来る羽目に」


「この町はドラゴンの攻撃で一部が破壊され、死者も出ています。問答無用でそのドラゴンを殺そうとされても当然だし、売れというのはまだ優しい方では」


 女性が言う通り、ドラゴンに対する憎しみはあるだろう。バロンの事がなければホテル側も商人側についていたかもしれない。ただ、ヴィセはその考えに対して納得できなかった。


「このドラゴンがやった訳ではなくとも、同族だから責任がある、代わりに殺すという事ですか。素直に売ってやれと」


「え?」


「ドラゴンが何に対して怒ったのかも考えず、怖いから、憎いから殺す。こいつに罪はないがドラゴンだから殺すと」


 ≪ヴィセ、この者は食い殺しても構わぬか≫


「場合によっては好きにしろ。ああ、こっちの話です。こいつも、憎しみで行動していいのなら……あなたを襲ってもいいのかと聞いています」


「ひっ……!」


 女性は目をまんまるにし、尻尾の毛もやや膨らんでいる。ドラゴンが怖いからどこかにやれと、そう苦情を言いに来たのだと理解し、ヴィセはため息をつく。


「おねえちゃん、ラヴァニの敵になっちゃったね。俺もラヴァニの事嫌いな人はきらーい」


 ≪ヴィセ、どうするのか≫


「聞き込みはしたいけど、どうするか……仕方ない、ラヴァニ、鞄に入ってくれ。時間を改めて聞いて回ろう。ラヴァニ用の鞄を探してもいいな。肩からかけるより、背負う鞄の方が便利だ」


 鞄に入れと言われて大人しく潜り込んでいくラヴァニを見て、女性はまた驚く。バロンがそんな女性に向かって顔をしかめ、舌を出してプイッとそっぽを向いた。


「いや、あの……追い払うつもりじゃなくて」


 女性は慌てて引き留めるが、ヴィセは軽く会釈し、バロンもすぐにヴィセのコートの後ろを掴む。もう振り向く事はない。


 2人はそのまま町の中へと消えていった。




 * * * * * * * * *




『へえ、もうドーンまで行ってるのね! どう? 何か繋がった?』


「ああ、黒い鎧の男と会ったっていう男の子を見つけたよ。ドラゴンの死骸も発見した。……俺達が飲まされた血は、そのドラゴンのものかもしれない」


『ドラゴンの死骸!? へえ、なんだか順調みたい……って、今俺達って言った?』


「そうだ。黒い鎧の男に会ったという少年がね、ドラゴンの血で助けられていたんだ」


 ヴィセは聞き込みの間、モニカの町にいるテレッサへと電話を掛けていた。町の役所のすぐ近くの路上で公衆電話を見つけたのだ。


 霧の大地に電話線を引く事は出来ない。そのため、近隣の町や雲の上に出ている場所に中継塔を立て、電波で通信をする。通話料金は1分で200イエン。決して安いとは言えない。


『そうなの……他にもそういう人がいるのかな。ヴィセは大丈夫? 危ない目に遭ってない?』


「ああ、なんとかね。ドーンはドラゴンに襲われているからか、ちょっと肩身が狭いな。一緒にいるバロンのお陰でホテルでの印象は悪くなかった」


「ねえヴィセ、だれ? だれと話してんの? 好きな人?」


『今の声がその子? なんだか結構小さい子じゃない? 大丈夫?」


「ああ、10歳……くらいかな」


 ヴィセの電話はまだ1分ほどしか経っていないが、じっと待っている事にもう飽きてきたのか、バロンはヴィセの会話の内容を聞きたがる。好きな人なのか、可愛いから好きなのかなど、横槍がうるさい。


「バロン、ちょっと黙ってろって」


『あはは、丸聞こえ。好きじゃないって否定されたらムカつくけど、好きな人って言わせても申し訳ないし、友達って言っておいて。それよりドーンなら仕入れ先があるの』


「本当か? 紹介してくれないか」


『うん、分かった。あ、お願いする電話代はヴィセに付けておくから。店の名前はスプートニク革製品店と、トカーチ織工房。私の紹介って言っておく。名刺は……っと、東3地区、1281番地。トカーチ織工房は、東2区73番地。書き留めた?』


「ああ、メモにしっかり。有難う」


「頼ってくれてありがと、体に気を付けて』


「うん、テレッサ、君も元気で」


 1回の通話で600イエン。そう毎日毎日掛けられるものでもない。それでもヴィセは離れた所にいる者と通話が出来る事がとても心強く思えた。


「スプートニク革製品店を探そう。東地区は……うえぇ、滅茶苦茶遠いぞ」


 役所の前にある地図を見れば、中央地区から約6キルテある。ヴィセはラヴァニを鞄に入れたまま、すぐ近くのバス停に並んで便を待った。




 * * * * * * * * *




 機械駆動四輪のバスを待つ事10分、20人乗りのバスに揺られて15分。ヴィセ達は東地区を歩いていた。


 高い建物は然程なく、2階、3階建てが主だ。商業区域とされているのか、殆ど民家は見当たらない。青空が広がり見通しの良い大通りを数分も進むと、目当ての店が見つかった。


「ここ、か」


 灰色の真四角なコンクリートの建物は、入り口と窓枠だけが木製で、通りに面したショーウィンドウ代わりのガラスも大きい。電球の明かりが優しく床の木板を照らすお洒落な雰囲気は、窓際に革製品が置かれていなければ喫茶店と間違える程だ。


 ヴィセは小さく咳払いをした後、ゆっくりと扉を内側に開いた。

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