3-10.『俺の心配もしろよ』
腕を
手を取って引き倒し、うなじに
全方位から迫り来る群衆を、五十人のアルバートが押し止めていた。
〈ダンタリオン〉によって生み出した
死なない程度の重傷を負わせて動きを封じる
「……偽物のお前さー、もっといっぱい出せなーい?」
「出来るならとっくにやってる」
張り詰めた神経を
『――キリが無いな』
『このままじゃジリ貧だ』
まるでトランシーバーを通したような、
『倒しても倒しても湧いてきやがる』『いずれ押し潰されるぞ』『こんな水際対策じゃ無理だ』『速く突破口を見つけないと』『相棒が射手を仕留めるまでの辛抱だ』『
何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も――
絶え間ない思考の
自分の
〈ダンタリオン〉の弱点――それは多重発動すれば自分自身を見失って、自我が
だからアルバートは幻影に自律行動させず、
普段の十倍以上にも及ぶ、五十人の
「そろそろ
「
言葉を切って、ワイスは
「片腕はシルヴィが噛み砕いてくれた。もう矢は飛んで来ないよ」
「なら充分だ」
ワイスの〈
弓というものが片手で引ける構造をしていない以上、片腕を失った射手に狙撃は不可能。
あとは烏合の衆を蹴散らして
「ワイス、お前の〈
「まぁ必殺技ならでき……あーやっぱダメ。ナターシャも巻き込んじゃう」
「範囲攻撃なら俺の心配もしろよ」
「ハ、なに言ってんの? ――自分だけ安全圏まで逃げてるくせに」
「馬鹿言え。本物ならお前の目の前にいるだろ」
いきなりなにを言い出すのかこの
「……ほんっとムカつく、お前のそういうとこ嫌い」
アルバートは小さく嘆息しつつ、頭痛を堪えるように額に手をやる。
現状を打破するための最適解が見つからない。
どうすればこの
『お願い――殺さないで』
――さっきからずっとこうだ。
ひとつ策が浮かぶたび、アナスタシアの震える声が脳裏に蘇る。
残虐な発想の数々――普段なら一片の
毒矢の脅威が去ったのを皮切りに、思考に響く声が減り始めているのも、
数人掛かりで組み付かれた何体かの
頭をもぎ取り、心臓を
一方で、人の潮流は満ちるばかり。
退屈しのぎに
偶然この場に居合わせた不幸な通行人も、
みな平等に〈
もはや
「シルヴィが戻るまで耐えろバートッ!!」
なにかが飛来する風音を
「ッ!!」
息を詰まらせながらも声を飛ばす――より速く、飛んできた濃緑色の矢が相棒のジャケットの袖を
「――は、ぁ?」
ワイスは珍しく困惑に
「なッ、んで……弓を引く腕を噛み砕いたんだ……シルヴィが確かに粉々にしたッ。なのに――」
震える独白を
アメフト選手じみた巨漢による死角からの
「
地面を
だが相棒の姿に意識を向けていられない。既にアルバートも複数の洗脳兵に組み付かれていた。
まるで四肢をもぎ取ろうとするかのような乱暴さで、あっという間にアナスタシアから引き剥がされたそのとき、
「お願い――も う や め て ッ!!」
絶叫が響き渡ったその瞬間、
鋭い風音とともに飛来した二本の矢が、アルバートの額と心臓を
空気のみならず脳まで震わす悲痛な叫びは、そこに込められた願いも虚しく――
わずかに一瞬、届かなかった。
◆◇◆◇◆◇
顔を上げた先で、アナスタシアは赤い
「……ぃや、ぁ、」
開き切った
脱力し
「そ、んな……嘘、」
震える声を漏らして見ていることしかできないアナスタシアの前で、やがて肉が溶解していき――
消えた。
腐食した肉の一片、黒ずんだ血の一滴さえも、デジタルドットとなって
アルバートは包囲網のどこにもいない――
「え……?」
当惑するアナスタシアが
ある者は顔面蒼白で尻餅を突いて後ずさり、またある者は呆然とした顔で立ち尽くしている。
溶け落ちた人肉と立ち込める腐臭に、
何故か我に返った洗脳兵たちが、一転して狂騒を生み出している。
先ほどまでの統率の取れた動きなど、まるで嘘のように。
「サンキュ、ナターシャ。助かったよー」
と、
緩く抱き締めるようにしなだれ掛かり、肩に顎を乗せるワイス。
その身体に臨戦態勢の
「エーデルワイスさんっ、ア、アルバートさんが……っ!!」
「あーうん、気にしなくていいって」
泣きそうになりながら訴えるアナスタシアだが、ワイスは死した相棒を
別の一点を見つめたまま、その横顔には不敵な笑みが刻まれていく。
「だってあたしの相棒、ここにいないもん」
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