3-2.『腕は良くても頭が悪い』

「――今度はなんだよッ」


 苛立いらだちを叫びながら後ろを見れば、すぐ真後ろに高級車。

 追突の衝撃でバンパーはボコボコに殴られたように歪み、外れたボンネットが文句でも言いたげに間抜けな開閉を繰り返す。


ッ、てぇ……な!!」


 キレたワイスはサイドウィンドウを開けつつ、上着の内ポケットからナイフを取り出した。吹き込んだ風に逆立さかだてられ、銀の怒髪どはつが天を突く。


 窓から身を乗り出し、無造作に腕を振る。

 フロントガラスをナイフは、運転手の眉間に命中。

 車は乱雑に蛇行したのち横転し、対向車線とを隔てるコンクリ塀に派手に突っ込んだ。


 後続車が何台か玉突き事故に巻き込まれ、耳障みみざわりな破砕音が連鎖する。

 アルバートは思わず口笛を吹き、座席シートに沈み込む相棒へ視線を投げた。


「ワイス、投げナイフは百発百中なのに銃の命中率がからっきしなのはどうしてなんだ? なんかの病気か?」

「ナイフはみんな素直だから、投げれば狙い通りの場所に行ってくれる。けど銃はダメ。アイツらさー、撃つと暴れんの」

「お前は撃ち方と姿勢が悪いんだ、だから反動で照準エイムがブレる。今度レクチャーしてやろうか? 手取り足取り丁寧に教えてやるよ」

「いらなーい。お前にベタベタくっつかれるくらいなら、死んだ方がマシ」

「今すぐ飛び降りてもいいんだぞ、ドアのロックは外してある」

「横」

「分かってる」


 窓を開け、一瞥いちべつもないまま左へ発砲。

 弾丸は併走していた車のガラスを突き破り、助手席の男が握り締めていた手榴弾グレネードに着弾。

 吹き荒れた爆炎が、搭乗者もろとも車内を破壊する。


 一息つく――暇もなく、リヤドアにけたたましい金属音が連鎖。防弾ガラスがあっという間に弾痕まみれになる。


「おいおいおいおいおい……」


 ――修理代バカにならないんだぞ!!

 アルバートの悲痛な叫びは、鳴り響くアサルトライフルの掃射音に掻き消された。

 苛立ちのままアクセルペダルを踏み込み、右を走っていた軽乗用車の前へ躍り出る。


 リヤドアから響いていた滅茶苦茶な音階の がぷっつり途切れ、盾代わりになった後方車両の運転手がヘッドレスト越しに頭を撃ち抜かれた。

 急減速する軽乗用車をね飛ばし、黒塗り高級車が左に並んでくる。


「バート退いて」


 相棒の声より速く、横合いから飛んできたナイフが鼻先をかすめた。

 弾倉交換リロードを終えたスーツ男が車の天窓から上半身を


「ワイス、投げナイフの腕を褒められたからって調子乗ってんのか? いま俺に当たるとこだったぞ」


 出した瞬間、その眉間みけんをナイフが貫く。

 白目をいたスーツ男は、舞台に開いた奈落へ落ちるように


「いやー、せっかくめてくれたからさ、ちゃんとお礼しようと思って」


 天窓から引っ込む。引き金トリガーごと銃把グリップを握り締めて硬直したのだろう。

 隣の車内からくぐもった乱射音と悲鳴と断末魔が


「前言撤回、さっきの無しだ。腕は良くても頭が悪い」


 漏れ聞こえてくる。

 くもり一つ無かったガラスは血飛沫ちしぶきで汚れ、肉を貫くだけでは飽きたらない銃弾たちは車窓を破砕、血の尾をいて飛び去っていった。


「分かったー、次はちゃんと狙うから。不愉快な言葉を思い付くその脳味噌に、ふかーく刺さるように」

「だから——」


 激突音。揺れる車内。

 噛みそうになったアルバートはあわてて文句と一緒に舌を引っ込める。


 ひとり難を逃れた運転手が、急ハンドルを切って車をぶつけてきたのだ。

 割れ砕けたガラス窓の向こうで、大柄な髭面ひげづらの男が鬼の形相ぎょうそうで身体を傾けている。


 横合いからの衝撃で右によろけた装甲バンになおも幅寄せされ、やがて車線の端にある壁に叩き付けられた。

 粗いヤスリのようなコンクリ表面によって、助手席側のドアが削れる。

 火花と悲鳴じみた騒音に、ワイスが鬱陶うっとうしそうに眉根を寄せた。


「うっさぁ……この曲、間奏の転調がかっこいいのにさー。聴こえないじゃん」

「くつろいでんじゃねぇよ」


 足下のスピーカーを覗き込んでいる相棒への文句とともに発砲。

 銃弾が運転手の額に紅い花を咲かせると、車体を押さえ付ける力が消えた。


 もう一度体当たりをかまそうと、逆向きへハンドルを切っていたのだろう。そのまま左へよろよろと離れていく。


「ワイス。の次は、何に乗りたい?」


 眉を怪訝けげんそうに震わせたワイスだったが……すぐに表情を明るくする。


「……が良い」


 アルバートは口角を持ち上げ、アクセルペダルを思い切り踏み込む。

 末期まつご痙攣けいれんのように小刻みに蛇行し始めた車を追い抜かし、急ハンドルを切る――


 と、視界の端でワイスが動くのが見えた。


 車窓の上にあるアシストレバーを握り込むと、片手で懸垂けんすいのように身体を浮かせ――そのまま窓から器用に両脚を出したのだ。


 ブーツの底がすぐ真横のコンクリ壁を踏み締めたのも束の間、ランニングマシンの比ではない速度で流れていくそれを壁走りの要領で駆けていき――


 アルバートが急ハンドルを切るに大きく蹴り付けた。


 壁に亀裂を刻むほどの〈悪魔憑きフリークス〉の筋力パワーが加えられたことによって、装甲バンは回転。

 空転するタイヤから煙を上げながら独楽こまとなって、死体を載せた鉄の箱を弾き飛ばす。


 後続車の群れがボウリングのピンのように軽々と蹴散らされていく一方で、装甲バンは余剰な回転エネルギーを制御し切れず――



 どがしゃあ、と向かいのコンクリ塀に頭から突っ込んだ。



◆◇◆◇◆◇



「――なぁワイス、なんでわざわざ壁を蹴った? なんで無駄に勢い付けた?」

「コーヒーカップってさー、回しまくって先にゲロ吐いた方の負け、って遊びっしょ?」

「チキンレースやれなんて誰も言ってねぇだろうが。装甲バンこいつの馬力と俺の運転ハンドリングで充分だったんだよ。それを……」

「やー、車ん中でじっとしてんの、飽きちゃったんだよねー」


 んーっ、と伸びをしたワイスは、期待に輝く目を窓の外へと流す。

 今や装甲バンの周囲には、無数の黒塗り高級車が停まっていた。降りてきたギャングたちが一斉に銃火器を構え、物々しい音が連鎖する。


 カーオーディオから流れるゴキゲンなロックナンバーはアウトロに差し掛かった。

 まるでこちらの不利を悟ったように、暴力的な爆音サウンドがフェードアウトしていく。


 窓ガラス越しの敵意と殺意が、車内にいてもなお潰されそうな重圧プレッシャーとなってのしかかる。


 闘争の匂いに口許を緩ませるワイス。

 げんなりと表情をしおれさせたアルバートは、もう何度目かも忘れた溜め息を吐いた。


「決めたよ。たいに、お前と一緒に遊園地は行かない」

「ハ、そんなのこっちから願い下げー」

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