2-8.『さっさと帰れ貧乏人』

 扉を開けると、重い腰を上げる老人のように蝶番ちょうつがいうめく。

 踏み入った店内は、物々しい威圧感に満ちていた。


 壁に張り巡らされた金網に、所狭ところせましと掲げられた銃火器。

 並び立つウィンドウケースに収められているのは、ハンドガンやアタッチメント、金塊のように輝く弾丸たち。


 かつては有名な喫茶店だったらしいが……店主によるほどこされた今では見る影もない。

 かろうじてその面影を残すカウンターの前には、椅子に腰掛けて週刊誌を読みふけ痩身そうしんの老人。


 ひとつ結びにしたせた灰色の髪の下、シャープな輪郭りんかくの顔。

 年季の入ったしわが、そこに高慢と偏屈へんくつの表情を刻む。

 丸眼鏡の奥にある猛禽もうきんの瞳が動き、来客を胡乱うろんめつけた。


 マルス・ヴァルター。

 このさびれた銃砲店ガンショップ『ハルファス』の老店主にして、大量の武器弾薬を各所に流す武器商人。


「景気はどうだ?」

「はろー」


 出会い頭に皮肉を投げるアルバート。

 気の抜けた挨拶あいさつもそこそこに、店内を彷徨うろつき始めるワイス。


「さっさと帰れ貧乏人。万年不景気のお前らほど、俺ァ落魄おちぶれてねぇ」


 ヴァルターはいわおのような顔を歪め、しゃがれた声を荒げる。

 たかる羽虫を追い払うような態度にアルバートは溜め息ひとつ、わざとらしく肩をすくめた。


「そんな横柄おうへいな態度で良いのか? 今じゃ俺らが数少ないだろ」

「笑わすな。その面構えと同じシケた買い物しかしねぇクセによ」

「極東の島国には、『お客様は神様です』って言葉があるが」

「そいつァ店側の心構えだ。客のフリしたクソ野郎を許すための免罪符めんざいふじゃねぇ――神様VIPを気取りてぇなら、おとこらしくでけえ買い物するこったな。クソ野郎アルバート


 せせら笑うヴァルターが顎をしゃくった先にあるのは、店の一番目立つ位置に飾られたバカでかい機関銃ガトリング


 表情筋をひくつかせるアルバートの前で、ワイスは『おー』と感嘆の声を上げる。 

 ――駄犬バカが餌に食い付きやがった。


「あれ良いじゃん、買いなよ。豆鉄砲ハンドガンじゃ火力不足だと思ってたんだー」


 確かに火力としては魅力的だが、携行けいこうに向かない。なによりあんな大物を担いで歩けば、喧嘩を売られるのがオチだ。

 命のやり取りが大好きなワイスと違い、アルバートは荒事あらごと全般を極力避けたい性分だった。


「……あたしが買ったげよっかー?」


 にへら、と笑いながら、ワイスが顔をのぞき込んでくる。


「いらねぇよ。取り回しが面倒だ」

「なんだアルバート、いつから飼い犬の首輪のになったんだ?」

「また物忘れがひどくなったな。こいつは俺が世話してやってんだよ」

「あたしを犬って呼ぶなー」

「おー、怖ぇ怖ぇ」


 二人の冷ややかな視線に射竦いすくめられ、ヴァルターは薄ら笑いのまま大仰おおぎょうに肩を縮こまらせた。

 一睨みくれながら、アルバートは小さく歯噛みする。


 事務所兼自宅のローン、仕事に使う車両バンの維持費に加え、居候いそうろうしているワイスの生活費までまかなわなければならない。


 仕事の売り上げは、入ったそばから湯水のごとく流れていく——悲しいことに彼は万年金欠だった。


 休日オフは二階に引きこもり、爆音でロックを垂れ流しながらゲームにきょうじ、デリバリーピザやジャンクフードをむさぼる――

 戦闘以外は役立たずの穀潰ごくつぶしの方が総所得が高いとは……世界はあまりに不条理だ。


「で? 冷やかしなら試し撃ちの的にすンぞ」

「誰が用も無く来るかよ」アルバートはカウンターに拳銃と紙幣しへいをまとめて叩き付ける。「デカい仕事が入ったんだ。銃の点検メンテと、あと弾薬たまもくれ。ワイスは?」

「ナイフちょーだい。前と同じやつねー」

「あいよ、毎度」


 カウンター奥の木棚から十数本のナイフを見繕みつくろった後、アルバートの愛銃を分解しながら、老職人は神妙な顔でぼやき始める。


「そういやァこの前、盗みが入ったんだ」

「ここに泥棒が入るとは……とんだ命知らずがいたもんだな」

「ボケて鍵掛けんの忘れただけっしょー?」

「いんやァ、鍵は開けられてねぇし荒らされた形跡も無い。……どこぞのクソ〈悪魔憑きフリークス〉の仕業だろ、お前ら知らねぇか?」

「「……さぁ?」」


 さも二人が犯人かのように睨みを利かせるヴァルター。

 そろって顔を背けるアルバートとワイス。


 どうやら中年男が〈権能インペリウム〉で転送していた銃器は、この店の商品らしい……道理で見覚えがあるはずだ。


「別にいいじゃん、ー?」

「ここの商品は全部だろうが。大した損失じゃないだろ。……てか、なんでこんなクソ高いんだよ」


 〈悪魔憑きフリークス〉であるヴァルターが持つ〈権能〉――店名の由来でもある〈ハルファス〉――は、『一定の空間内に武器弾薬を無制限に創造する』という能力だ。

 故に原価も無ければ、この枯れ木のような老人が死ぬまで在庫切れとも無縁。


 ワイスの言葉と便乗したアルバートの文句に、ヴァルターは露骨に顔を歪めた。


「こちとら老骨に鞭打むちうってつくったものをられてんだぞ、大損だろうが。原価というならそりゃ俺の労力だ。貧乏人にゃ分からんだろうさ」


 腹立たしいことに、彼も口先だけの無能ではない。

 やはり〈悪魔憑き〉としての練度が違うのか、値は張るが性能は申し分ない。

 悪魔と契約した武器職人。その作品を一度でも使ってしまうと、二束三文の既製品では物足りなくなってしまう。


 そうでなければ、こんな偏屈老人が仕切る店に足繁あししげく通ったりはしない。


「老後の軍資金が欲しいのは分かるが、客からしぼり取るのはどうかと思うね」


 アルバートの嫌味に、悪徳商人はにやりと口角を持ち上げた。


「実はな、新しい業態ビジネスを考えてンだ」


 枯れ枝のような指が小突いたカウンター下に、見慣れない貼り紙が一枚。

 読み進めるにつれ、アルバートとワイスの眉は胡散うさんくさそうに跳ね上がっていく。


「「——、始めましたぁ?」」

「おうよ。なんでも“本土”じゃ、近頃の配達は無人機ドローン一般的メジャーらしいじゃねぇか」


 ワイスは小難しい顔をして首をひねり、アルバートは納得の声を上げた。


 聞いたことがある。仕事の機械化・自動化の一環として、大手物流会社が始めたサービスだ。

 事前に住所を登録すると、オンラインショップで購入した商品を小型の無人機が玄関前に運んでくれるのだとか。


「面白そうなんで、俺も真似してやろうと思ってな。……


 言って、ヴァルターは今しがた点検メンテを終えたばかりの拳銃をこれみよがしに掲げる。


 銃身が波打つ光を放ったかと思うと、飴細工あめざいくのようにけて形を変え始め……またたく間に手のひらサイズの黒いからすに姿を変えていた。


 間抜けなしゃがれ声を上げながら飛び来て、アルバートが掲げた掌に止まる。


 一見して本物と見まごうが……羽毛には生物ではありえない鉄の光沢。

 それを見止めた瞬間、輪郭が再び融解ゆうかいし拳銃の形に戻った。


「客が少なくなったら、今度はを飛ばして押し売りか?」

「事前予約制だ。電話一本でいつでも届けてやるよ」


 親指と小指を立てて受話器のように耳に当て、ヴァルターは老獪ろうかいに笑った。

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