第50話「信じているわ」

 お茶会は大過なく終えて俺たちは屋敷に戻ってきた。


「殿下に魔族のことを伝えられたのは成功だと思う。俺の独断になってしまったが」


 ユーリが淹れてくれたお茶を飲みながら、アデルに言う。


「大丈夫でしょ。お父様だって陛下に魔族の件、どう伝えようか頭を悩ませていたのだから、むしろすばらしい援護だと言えるわ」


 彼女は微笑みながら答える。


 そう言ってもらえるなら心丈夫だけど、この子は俺に対してけっこう甘いところがあるからな。


 お屋形様の返事が来るまで安心しないでおこう。


「それにしてもユーグが不埒ものを叩きのめすところ、見てみたかったわ」


 とアデルは言った。

 殿下のお誘いに応じたことを後悔している、なんて解釈できそうな発言だ。


 だから帰宅してから口にしたのだろう。


「けっこう好戦的だよな、アデルって。天使みたいにきれいな顔をしてるのに」


「褒めてくれてありがと」


 俺の言葉にアデルはニコッと笑い、次にすごみを表す。


「でも顔と性格が一致するはずがないでしょ?」


「それはそうだな、ごめん」


 まずいと思ったのですばやく謝る。


「ふふふ、すぐに謝ってくれるからユーグは好き。それにそんなつもりじゃなかったのはわかっているわ」


 言葉のあやだったのは理解されていたようだ。


「アデルも理解があるから好きだな」

 

 と答えておく。

 こういうことは日々の積み重ねらしいとこっそり教わった。


「ふふ」


 アデルの機嫌はよくなる。


「今日ダーリンと一緒に登下校できて楽しかったし、明日からもだと思えばうれしいわ。とても素敵よね」


 と彼女は歌うように言う。


「うん、俺もだよ。アデルがいるからこそ、素敵な日は続くんだよな」


 彼女といる時間が素敵なのは事実なので、負けずに話す。

 実はかなり恥ずかしいし、まだまだ慣れていない。


 だけど、彼女にだけ言ってもらうのは不公平だもんな。

 俺だって彼女に何かを与えたいのだ。


 俺たちの会話を聞いているユーリや他のメイドたちは、表情をしっかり殺してひかえているから立派だ。


 俺だったらいまごろ砂糖を吐いて悶絶してるかもしれないのに。


「明日から授業ははじまるんだっけ?」


「ええ。実戦形式の授業もね」


 俺の問いにアデルはさらりと答える。


「実戦ね。俺は必要なのはわかるけど、君には必要なのかな?」


 と疑問を口にした。

 俺は彼女の護衛を兼ねているし、ユーリもそうだから鍛えるのはわかる。


「護身ができるかどうかが重要だそうよ。お母さまの受け売りだけど」


 とアデルは返事した。


「そうか。たしかに最低限のことができると、俺としても助かるな」


 心の余裕が変わってくるだろうなと思う。


「でしょう? あなたの足手まといにはなりたくないのよね。なるべくだけど」


 アデルはけなげなことを言った。

 なるべくと言うのはやはり限界を知っているのだろう。


 限界を超えて無茶されたくないのでありがたい。


「気持ちはうれしいけど、無茶はしないでくれ。俺がきっと助けるから」


 こういうおだやかなお茶会で言うことじゃない気がするが、流れ的に言っておいたほうがよさそうだった。


「ええ。信じているわ、ダーリン」


 アデルの笑顔は透明感がある美しさで、思わず見とれてしまう。

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