第42話「侯爵令嬢の婚約者候補」

「あれがユーグ・デュノか?」


「貧乏騎士からアデル嬢の婚約者候補に成り上がった男」


「何であんな奴がアガット侯爵家に取り入れたんだよ」


 学園の校門をくぐったあたりから、一気に視線が増える。

 好奇心がこもったものから、敵意や嫌悪が多いものまでさまざまだ。


 やはりと言うか、平民になるはずの貧乏騎士の息子はアガット侯爵家のご令嬢にふさわしくない、と思いたい輩はすくなくないらしい。


 ユーリは落ち着かない様子でソワソワしているが、アデルのほうは平然としていた。


 血によるものか教育のたまものかはわからないけど、肝の座り方が違う。


「ダーリン、平気?」


 俺を気遣う余裕まであるくらいだし。


「ああ。わかりきっていたことだから」


 アデルのような美少女で国を代表する大貴族のご令嬢と、なんてことになれば当然ねたみが集中する。


 郎党たちだって実は全員が歓迎しているわけじゃない。


「ふふ。あの人たちの評価を塗り替えちゃえばいいのよ」


「そのつもりだよ」


 と小声で答える。

 珍獣のような扱いにひるむ気持ちはない。


 むしろ予想よりも敵意やねたみの視線がすくないことに、驚いているくらいだった。


「意外と興味ありそうな反応があるね」


 小声でつけ加えると、


「新しい力を排除したがる愚者ばかりじゃないのよ」


 とアデルが答える。


「そういう人は警戒したいわね」


「見習うこともありそうだね」


 彼女に俺が言うと前方に人だかりが見えてきた。


「あれはクラス分けかな?」


 と疑問を口にする。


「ええ。もっともわたしたちはAクラスに決まってるって連絡があったでしょう?」


 アデルに言われて、


「ああ。つまり一般枠の人たちか」


 と理解した。

 アガット侯爵家に縁ができていなかったら、俺はあそこにいたのか。

 

 入学できなかった可能性のほうが高いかな?


「Aクラスの場所はこちらになります。案内いたしますね」


 とユーリがここで告げ、彼女の先導で俺たちは白い石造りの校舎の中に入る。


 一年のAクラスは二階の階段のすぐ近くの部屋で、気のせいか内装にお金が使われていそうだ。


「あら、気づいた?」


 とアデルが目ざとく反応する。


「うん。侯爵家で勉強したからね」


 派手さはないが質のいいものを見きわめる訓練なんて項目があったのだ。


 信頼できる者に任せるのは上の役目だが、誰が信頼できるのかわからないといけないと。

 

 クラスは推測だけど全員が貴族か、その関係者だろう。


「席は自由らしいのですが、いかがなさいますか?」


 ユーリがひかえめにたずねてくる。


「もちろんわたしとダーリンは隣よ。ねえ?」


 断る理由がないので黙って首を縦にふった。

 ユーリはあたりを見て三人分横一列に座れる席を見いだし、


「こちらへどうぞ」


 と言って俺たちに椅子をひいてくれる。

 偶然じゃなくて、みんな似たような事情だから確保しやすかったのだろう。

 

 教室内の雰囲気を見て何となく理解する。


「あれがユーグ・デュノか」


「本当に強いのか?」


「強くないとアガット侯爵家に抜擢されないだろう」


 ここでもひそひそ声が聞こえてきた。

 好奇心やねたみじゃなくて、値踏みされているような感じだ。


 値踏みや腹の探り合いは貴族社会だと当然らしいし、これくらいは可愛いものなんだろう。


「あら、ようやくお会いできましたわね」

 

 金髪の縦ロールの美少女がこちらにやってくる。


 後ろにはふたりの綺麗な女の子を従えているけど、雰囲気的にはユーリの立ち位置っぽい。


「初めて御意を得ます。アガット様。こちらはレーナ・フィリス殿下でございます」


 右側の栗色の髪の少女があいさつをしてくる。

 殿下ってことはこのいかにもお嬢様って感じの女の子が。


「大変失礼しました、レーナ・フィリス殿下。ご尊顔を拝謁する栄誉を賜り、恐悦至極に存じます」


 ほぼ同時に気づいたアデルは立ち上がり、優雅なあいさつをした。

 俺もその隣で無言で礼をする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る