ドヴェルグのギイ

ギイと名乗ったドヴェルグは、巫女姫を見て


「大丈夫かの?」


 気遣うように声をかける。

 巫女姫の顔色はかなり悪いが、気丈に答える。


「先に行っていてください。落ち着いたら、私も行きますので。」


「うむ、無理をせぬようにの。」


 巫女姫とギイというドヴェルグのやりとりを見ながら、考える。

 ドヴェルグというのは北欧神話に出て来ていた種族。ファンタジー小説などでは、ドワーフと同義として扱われることが多い。ただ、ドワーフはその作成した道具に魔力が宿るとされるが、北欧神話におけるドヴェルグが作成する道具はそんな生易しいものではない。神々でさえ逃れることができない呪いを纏うものさえある。"ベイオウルフ"に登場する"ニーベルングの指環"などは最たるものだ。


 そして、ドヴェルグとドワーフの大きな違いは、性の対象となる存在の違いだろう。ドワーフは同族の女性でなければならないが、ドヴェルグは違う。女神フレイヤが道具の作成依頼をした代償に、その身体を要求したことさえある。

 さて、目の前のドヴェルグはどうなのか・・・。


「ついて来なさい。」


 その言葉にふと巫女姫の方を見る。こちらの視線に気づいたのか、小さく頷く。「心配しないでください」とでも言っているかのようだ。それを確認し、ギイの後をついていく。



 5分ほど進み、巫女姫らの姿が見えなくなったところでギイが話しかけてくる。


「なにがあったのかな?」


 あの場面を見れば、当然の疑問だろう。全てを正直に話すことにする。仮に、ここで誤魔化したとしても(巫女姫は話さないだろうが)、従者の二人が話せば同じことだ。むしろ誤魔化したことにより、このドヴェルグの信用を得ることができなくなる。

全てを話し、


「思ったことを、馬鹿正直に口にしすぎた。」


 との反省に、


「たしかにそうじゃな。馬鹿正直すぎじゃ。」


 ギイは笑っていた。どうやら、悪くは思われていないようだ。


「そういや、お主の名はなんというんじゃ?」


飯島龍弥いいじま・りゅうや

、リュウヤでいい。」


「ほう、リュウヤか。」


 ここでふと思う。巫女姫らの名前を聞いていなかった。

 そのことを口にすると、


「彼女らは、誰も名を持っておらぬよ。」


 こともなげに、ギイは言う。


「彼女ら龍人族は、今、名をつけられる者がおらぬでな。」


「龍人族?」


 聞きなれぬ種族名だ。でも、普通の人間に見えていたんだけどなあ。その疑問に気づいたかのように、


「龍人族は、その力の多くを失っておるからの。」


 なるほど、それで人間とほとんど変わらないようにみえる、と。ならば、


「その力を取り戻すために、俺は召喚されたということか。」


 当然の帰結だろう。


「だいたい当たり、じゃな。」


 とはギイの弁。


 通路も緩やかな坂道になり、上へと続いていく。

 他愛のない話しをしながら30分ほど歩く。その会話のおかげて、いくつかの疑問を解消することができた。

 特に、この身体の本来の持ち主の少女のこと。

 この少女、数年前に両親を亡くしているのだという。

 そんな境遇ながら明るく、みんなから可愛がられていたそうだ。そして、依代には自分から志願したという。ただ、志願した理由は、ギイは知らないのだそうだ。



 大きな扉の前まで来ると、


「巫女姫さんが来るまで、ここで待つとしようかの。」


 ギイはそう言うと、どっかと腰を下ろす。


「巫女姫さんじゃないと、開けられないんじゃよ。」


 自分の疑問を先回りするように、口にする。


 今少し、巫女姫がくるまでギイと話しをすることにしよう。


この大きな扉がある場所は、周囲を見渡せるほど高い。

 眼下に広がるのは荒涼とした大地。大きな川も湖もなく、オアシスが点在しているだけ。まるで砂漠のようだ。

 そしてそびえる山々も岩山ばかり。


「殺風景じゃろ。」


 ギイが話しかけてくる。


「たしかに。少し気が滅入ってくるよ。」


 自分の住んでいた日本は、緑豊かな国のひとつだった。平地こそ少ないが、水も豊富で実り多き"瑞穂の国"。地震や台風の直撃が多いのが玉に瑕ではあるが、まあ、暮らしやすい国。


「これでも、昔は森に覆われ豊かな土地だったんじゃぞ。」


 それが事実なら、大きな気候変動でもあったのだろうか?その疑問もギイの次の言葉で解消される。


「この地の守護者たる、"始源の龍"の力が衰えたからじゃよ。」


 "始まりの龍"とも、"原初の龍"とも呼ばれる存在。龍人族をはじめとする、この地に住む者たちの守護者だったという。

 なるほど。ならば、自分が召喚されたのはその"始源の龍"が関連しているということか。始源の龍の力を復活させる鍵、それが自分なのだろう。なぜ"鍵"となっているのかはわからないが。


「ドヴェルグは影響を受けているのか?」


「いや、ワシらは受けてはおらんよ。ただ、龍人族は著しく受けておるが。」


 龍人族というのは始源の龍の眷属であるため、影響を強く受けているのだという。始源の龍の力が著しく衰えたため、現在では人間族とたいして変わらない力しかない。

 また、美形が多いために人間族らによる奴隷狩りの対象とされているそうだ。そんな危険な場所となっているにもかかわらず、この地に留まっているのは始源の龍の存在と、故郷を捨てられない強い思いからなのだろう。


「ドヴェルグから見ても、龍人族は美形なのかい?」


「間違いなく、美しい種族じゃ。一番はドヴェルグじゃがな。」


 そう言って笑う。

 この世界のドヴェルグは、北欧神話のドヴェルグのように無節操な好色ではないらしい。


「ここには、どれだけ住んでいたんだ?」


「ふむ、最盛期なら・・・」


 と少し考えると


「ドヴェルグが三万人、龍人族が一万人。他は、獣人族やらなんやらで、ざっと十五万人といったところかの。」


 二〇万人近い人口を支えられる食料生産が、この地にはあったということか。


「それも今は昔というやつでな。今ではドヴェルグが5000人余りと、龍人族は1500人ほどじゃ。」


 奴隷狩りだけでなく、ここでは食べていけなくなったために、新天地を求めて旅立った者も多いのだとか。


「ギイは、旅立とうとは思わなかったのか?」


「ここは良い銀鉱山でな。質が良いだけでなく、真の銀ミスリルも取れる。なかなか出て行く気にはならんよ。」


 かつては、ドヴェルグの銀細工を求めて来た商人も多かったようだ。


 陽もより傾いてきているところをみると、もう夕暮れといったところか。ギイと随分、話し込んでいたようだ。



「おまたせいたしました。」


 ギイと話し込んでいたため、巫女姫が来ていることに気づかずにいた。


「おお、来たか。」


 ギイが巫女姫に言葉を返す。

 巫女姫の表情も、先ほどよりはかなり良くなっている。


「それでは、扉を開けます。」


 巫女姫が手をかざすと、扉がゆっくりと光に包まれていく。これも魔法というものだろうか?

 扉がゆっくりと開き出す。


 人が入れるくらいに開くと、巫女姫に促されて中に足を踏み入れるのだった。

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