第87話

 夜中のテンションのままに事を進めてはいけないと立花は思った。

 目の前には立花が空間を拡張して場所を確保し、創り上げた生物がとぐろを巻いて浮かんでいた。

 薄暗がりの霞の中、青緑に鈍く光る鱗は背中側程濃く、腹側は薄っすら発光しているように白かった。鬣は柔らかそうな銀色で、後ろに伏せているような耳の後ろから途中で二股にわかれた角が左右それぞれに一本ずつ生えている。目つきは鋭く瞳孔は人間と同じ丸型。閉じている口から牙は見えないが、開ければおそらく鋭い牙が並んでいるのだろうと容易に想像できるぐらいには迫力があった。

 見た目はいいのではと立花は思う。見た目は。

 生み出された青龍は開口(口は開いてないが)一番、こう言ったのだ。


〝主上の命により、我ここに参上。主上の願いを果たさんがためこの命尽きるまで世の穢れをこの身へ受け入れん〟


 設定しといてアレだが、立花は思った。

 古語はやり過ぎた。そして設定上青龍に寿命はないし、何かにやられたとしても核が移動して再生するので厳密に言えば命尽きる瞬間は無い。


「すごいの出来ましたね!」


 やっちまったーと思っている立花とは違い、キラキラとした目をしているフレイミー。細かい事は気にしない青年だった。


「こいつ、本当に威圧と畏怖のスキルあるのか? なんも感じないけど」


 水を差すように指摘するテルミナだったが、フレイミーの耳には届いておらず一人はしゃいでいるので、苦笑して立花は頷いた。


「ちゃんとついてますよ。みなさん精神耐性かなりついてますから感じないだけです」

「あぁ……あれの成果なのね」


 一瞬思い出して顔色を悪くするテルミナ。


「言葉の言い回しが独特だが、これは普通の村人に通じるのか?」

「全世界対応型のつもりだったので、言語ではなく思念を念話で伝えて、伝えられた側が勝手に言語化するようにしています。やっぱり独特です?」

「私が聞く限りある程度学問を修めた者なら問題はないと思うが」


 製作段階でフレイミーと話しているうちに、威厳があった方がいいよねという事であれこれやっていた結果こうなっていたのだが、これを見たら倉橋は何というのだろうなと立花は見せたくない思いでいっぱいだった。

 見せれば十中八九厨二病と言われそうだ。


「いやーいいなぁ……どの角度から見てもいいなぁ……」


 じっくりしっかり回り込んで観察しまくるフレイミーだったが、青龍は全く気にした様子はなくじっと立花を見据えていた。

 それが言葉を待っているように見えて、あーと言葉を探す立花。


「それじゃあ、この辺の瘴気を吸収していてもらえますか」

〝御意〟


 目を伏せ服従しているかのような青龍の姿に、だんだん恥ずかしくなってくる立花。

 御意、はないだろと思うが後の祭りだった。黒歴史確定だなと現実逃避しつつ、立花はここに来るまでに通ってきた山の中に転移でぽいっと送った。

 その途端立ち込めていた靄がフッと消えて薄暗がりだったテント内が元の明るさに戻った。霞も、明かりを落とす効果も、全部神様っぽいという事でつけたオプションだったが、自分でステージを盛り上げるべく照明をセットしてドライアイスを焚いているようなものだ。これについても今更どうよと思うが、以後略。


「あー……もうちょっとじっくり見たかったです」

「ははは……まぁ、また創るかもしれないですし」


 惜しがるフレイミーに、心にもない事を言う立花。次創るにしても、演出オフ版にするつもりだった。


「なあ、あれってスザクよりも瘴気を吸収する量は多かったりするのか?」

「いいえ。同じですよ」

「大きいと多いってわけじゃないのか」


 テルミナの疑問に、あぁと立花は説明した。


「見た目のサイズはあんまり関係ないんです。能力は使用した核の量と質に依存しますから」

「って事は、鼠でも一緒ってことか」

「まあそうなりますね」


 頷く立花の横で、フレイミーはハッとした。


「立花さん、ネですよ」

「ね?」

「子丑寅卯、干支ですよ。青龍白虎朱雀玄武だと四種類ですけど、十二支なら十二種類、いろいろ出来ますよ! 朱雀は酉の枠で、青龍は辰で」


 何やら楽しそうに勢いこんで言うが、実際虎ならまだしもネズミとかウサギとか、うっかり丸呑みされそうな奴はさすがにどうだろうと考える立花。そう言ったらじゃあ巨大にすればとか言いそうなので口にはせず、話を変える。


「それもいいですが、ファンタジー生物系でもいいんじゃないですかね。ユニコーンとか、天馬とか、フェアリーとか」


 あ、フェアリーは人格に近いから面倒そうと言ってから思う立花。


「フェアリー! いいですね。この世界にはエルフは居ますけどフェアリーは居ないんですよ~」

「ま、まぁ、今日のところはもう休みましょう」


 疲れたし、疲れたからとフレイミーを宥めて寝袋結界に押し込む立花。

 まだ魔物の核はあったのだが、これ以上の黒歴史を作りたくないと必死だった。

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