第5話
「ひとまず、これを見てもよくわからない事はわかりましたが……」
強いて言えば倉橋が前衛で立花が後衛的なステータス配分という事ぐらいだが、それ以上の事は立花にはわからなかった。
倉橋にディスプレイを返し立花は肉に噛みついた。固かった。そして微妙に獣くさかった。塩気もないので噛むのも飲み込むのも大変だった。
「なので、やはり、何が、あった、のか、聞かせて、もらえない、でしょう、か」
「あの、無理に食べなくても……」
噛みきれなくて、飲み込めなくて、四苦八苦しながら食べようとする立花を見かねて言う倉橋。
「いえ、これは倉橋さんが命がけで用意してくれたものですから。このような恰好で道具もなく……道具がないな………倉橋さん、これはどうやって?」
刃物も無いのにどうやって?あと、今更だけど何で草の腰蓑?と疑問が浮かぶ立花に、倉橋はあははと愛想笑いした。
「一通り説明しますね。
えー、まず。私は帰り道でした。仕事からの」
そこは立花も知っている。赤信号へ直進する姿を見たのだ。
「いきなり誰かに腕を引かれて、反射的に肘鉄しようとしたんですけど、スカッと外して次の瞬間には水の中にドボン。かと思ったらシャボン玉みたいな、空気がある中に移動? したのか、なんなのか」
段々説明が怪しくなってくる倉橋。そして何気に筋力千越えから肘鉄くらいそうになっていた事を知ってぞっとする立花。
「そこに立花さんも倒れていて、息があるのを確認していたらまわりを覆っていたシャボン玉が壊れて水の中に逆戻りで、なんとか岸までたどり着いて、身体が冷えてたので火を探したら火があって」
段々説明が雑になっていく倉橋。そして、火を探して火があるという事があるのだろうかと疑問になる立花。もしやステータスにあった魔法とやらか?と想像していた。
「とりあえず二人とも服脱いで絞って乾かして」
魔法が使えるのは純粋にワクワクすると考えていた立花は一瞬で現実に引き戻された。あ、俺見られてるのね、と。
「森がざわざわしていたので見張ってたら、大きい猪が突進してきて、叩いたら頭が破裂して」
はれつ。破裂?聞き間違いか?いや、事実だろう。そう自問自答する立花。なにせ筋力千越え。己の三がいくら低いと言っても限度がある筈だ。
微妙にどす黒いシミを作っている倉橋の服の意味も理解した。そう、倉橋は紛れもなくゴリラだったのだ。しかもスーパーゴリラだった。
「立花さん聞いてます?」
倉橋は野生の勘も鋭いらしい。立花は至極真面目な顔で頷く。知力がそうしろと囁いていた。
「で、風でスパスパ出来たので、解体してどうにかこうにか木の枝に刺して炙って。炙ってる間も周りが騒がしかったのでちょっと間引きと、バリケードがわりに土木工事をしてきたところです」
何やら風でスパスパという擬音語が聞こえたが、こちらはおそらく風の魔法だろうと当たりをつける。が、それよりも後半が気になった立花がよーく目を凝らすと、何やら木々の間から地面から突き出した棘のような物が見えた。
うん?なにあれ?と、さらに目を凝らすと、どうもその棘は地面が姿を変えたもののようだった。水辺を除く森側をぐるりと囲むように地面がひっくり返り盛り上がりトゲトゲを形成している。立花の脳裏に森林破壊の文字が浮かんだ。決して土木工事なんてものではない。
「………なるほど。で、それは?」
何がどうなるほどなのか、だいぶん思考を放棄しながら立花は倉橋の腰蓑を指差した。
「あぁ、これって虫除けなんです。たぶん」
「たぶん?」
「実家の山にあったのに似てるんですけど、同じかどうかまでは……なにせ、あんなのがいるところですし」
あんなの、と指さした先には木に括り付けられている猪と鹿を足して二で割ったような生き物。よく見れば首がさっくり切れており、逆さまに吊られたそれはそこから血抜きされているところだった。風下に置かれていたようだったが、ふっと一瞬風向きが変わり鉄さびのような匂いが立花に届いた。
立花はそーっと視線を外した。ちょっと、気持ち悪くなった。理性では食料が大事な事も、今まで食してきた食べ物もああいう姿があった事は理解している。だが、いきなり直視するとくるものがあった。これまでさんざんたんぱく質でお世話になっているわりに、そういうのには弱かった。
「あ、大丈夫です? 男の人って血がダメな人多いんでしたっけ」
女の人は生理で慣れてますしね。と、あっけらかんと言う倉橋に青い顔した立花は尊敬の目を向けた。
「血がダメというレベルを超えている気が……倉橋さんは屠殺に慣れているんですか?」
「とさつ?」
「その、鳥とか豚とか締めて肉に加工する事ですが……」
「あぁ。いえ、全然。初めてですよ。魚とかは捌いた事ありますけど、こんな大物を手にする事なんてまずないじゃないですか。最初は風でスパスパし過ぎて内臓含めてミンチにしてしまって申し訳ない事をしました。次は半分ほど内臓ぶちまけてダメにしてしまって、今度のあれはなんとか先に内臓を出してしまおうと考えてるとこです」
「………そうですか。それは、いろいろと手間をかけたようで」
深呼吸を繰り返し、込み上がる酸っぱいものをなんとか宥める立花。倉橋はおかまいなしにもぐもぐしているが、正直これ以上食べられそうにない。そういえば倉橋さんの精神は三百後半だったなと思い出す。だが、立花の精神も同程度。単純に地の違いだった。
「そういえば水はどうしているんですか?」
遭難の時は水と食料が重要だと立花が聞けば倉橋はあっさりと水辺、二人が落ちたと思われる湖を指さした。見た目的には透明度が高いのだが、湧き水という感じではない。
「……まさかとは思いますが、直に?」
「はい。おいしいですよ」
いやー自然の水はおいしいなーと呑気な倉橋。まじかと思いつつ鑑定をかける立花。
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黒の森の湖
大型の魔物が多く生息
毒性はないが微生物が多いため飲み水には煮沸が必要
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「倉橋さん、お腹壊してない?」
「はい、大丈夫ですよ」
そういえば、ステータスに毒耐性あったなと遠い目になる立花。果たして微生物とか細菌とかそういうものにも毒耐性が有効なのか、そもそもの体力が化け物なのかは判断が揺れるところだった。
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